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コトハノサイ  作者: 新納弘華
第一章
5/15

金城

 ゴールデンウィーク二日目。

 世間ではちょうど昼食をとっているようなそんな時間帯。

 金城と呼ばれる男はとある学生寮の一室にいた。

 学生寮の入り口にあるポストで苗字と部屋番号を確認した後、ここを訪れた。

 『荒木』『四〇五号室』

 それがこの場所を端的に示す唯一の言葉だった。

 ドアは蹴飛ばして開けたため、無残にも外れかかっている。

 金城は入って早々、人が隠れられそうな場所を部屋中一通り見て回った。

 ベッドの上の布団を剥ぎ、クローゼットの中身はすべて出し、トイレやバスルーム、そしてベランダまで隅々と探した。

 しかし、この部屋の主はどこにも見当たらない。

「先を越されたか……。まあそれはそれで問題ない」

 休日の学生は昼まで寝ているものだとばかり考えていた金城は自分の認識の甘さに不快感を覚える。

 ふと本棚を見ると単行本のマンガや雑誌など、金城にとってはくだらないものがたくさんあふれていた。

 金城が部屋を荒らす前から脱ぎっぱなしの衣服が床にそのまま置かれており、洗濯機の中に生乾きのままの衣類がそのままになっていた。

 しかし、料理は一応それなりにしているらしく、キッチン周りだけはきれいだった。

 金城はこれが自分の計画を邪魔している人間の部屋だと思うとひどく辟易する。

「全く、こいつのどこがいいんだか。……本当に罪深いよ」

 そう言うと金城は足元に転がっていた空のペットボトルを思い切り蹴り飛ばした。


 ゴールデンウィークを間近に控えたある日、東京のとある廃校に住んでいるという男のもとを訪ねた一人の少女がいた。

 空き家であろう建物にたどり着くまでは草木が生い茂っている。

 そのため正午過ぎだというのに薄暗い。

 空き家の今にも壊れそうなドアを開けると一人の男が机に手をかけて、椅子に座っていた。

「……アンタが金城? 荒木についての話って何?」

 コトハと呼ばれる少女は話を促す。

「俺は荒木の居場所を知っている」

「!!」

「だがそれを言う前に一つ俺の頼みを聞いてくれないか? 単刀直入に言おう、俺と契約してくれ。俺には夢がある。どうしても叶えなければならない夢が。そのためには君の『予言』の力が必要だ」

「断る」

「一応理由を聞かせてくれないかな」

「一つはよくわからないやつの夢のために、記憶を共有する契約を結べるほど僕はお人好しじゃない。そしてもう一つは僕には契約者がいる」

「ああ、荒木ってやつのことだろ?」

「……それを知っていて契約を結ぼうとするなんてゲスだね」

 記憶を共にすること、それはお互いを認め合い、お互いを信じ合わなければできない。

 結婚といったものよりその意味はお互いのすべてを共有するという点ではるかに重い。

 そして一人が複数人と契約を結ぶことは可能だ。

 しかし、複数人と契約を結んだとしても当人の力は契約者が一人だった時と大して変わらない。

 そのため慣習としては一人につき、一人だけ契約することが望ましいとされている。

「しかし、彼との契約は破棄になったって話を聞いているよ? もしそれが真実なら別に契約の話を持ち込んだだけでそんなにひどい言い方をされるのは傷つくなあ」

「……、」

「荒木は君のことも覚えていないんだろ? そんなやつのことを待っていてどうする? 君はとある界隈じゃあそれなりに有名人だ。荒木とのコンビは俺でさえ認めざるを得ない。しかし、それも過去の話だ。力の強さはお互いの信頼関係の強さによって変わるとされている。今となってはもう遅い」

 金城はコトハに現実を突きつける。

 ある出来事を境に契約を破棄した荒木はその後遺症として契約者であったコトハに関する記憶をすべて失っていた。

「荒木が覚えているかどうかなんて関係ない。僕はあいつのことがほっておけない。ただそれだけだ」

 現実を認めないわけでもなく、きちんと受け止めたうえで彼女はそう言い放った。

「……君のことだ、そういうと思っていたよ。でも忘れちゃあいけない。大多数を幸せにすることができる俺の夢の前では、実現の過程で起こる些細なことは全て正当化される」

 そういうと、金城は椅子から立ち上がり、机に乗り出し、焦点が合っていない目と裂けるくらい大きく開いた口で顔を歪めながらその純粋で真っすぐな心を持つ少女に向けて言い返す。

「そうそう、君が契約をしてくれるなら荒木のことは見逃そうとしたけど仕方がないね。彼を人質にして君の前で拷問でもしようかな。そうすれば君は否が応でも俺に従わざるを得ない。うん、そうしよう。楽しみだな、楽しみだな!! ふふふひっひ、ふあひゅぱぱっ!!」

 その男は顔を歪めたまま、頭を左右に振りながら、気味悪く笑っていた。


「思い出すと非常に醜いな……」

 金城は荒木の部屋のベッドに腰を掛けて、頭を抱えながらつぶやいた。

 金城は気分が高まると顔を歪めて不気味に笑わずにはいられなくなる癖みたいなものが自分にあることを自覚していた。

 その状態の時、意識はきちんとあり、深く冷静なのだがどういうわけか奇行をしてしまう。

 思い出すたびに自省しているが、直るどころか日増しにひどくなっている気がしていた。

 だが。

 しかし。

 金城には叶えなければならない野望があった。

 非情になってでも叶えなくてはならない夢があった。

 そのためにはしなければいけないことが二つある。

 一つはコトハと契約して『予言』の力を手に入れること。

 そしてもう一つは計画を邪魔するものを排除することだった。

「……ここで待ち伏せするべきか、それとも外に出て探すべきか」

 一瞬逡巡した後、金城はしばらく四〇五号室にとどまることにした。


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