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コトハノサイ  作者: 新納弘華
第一章
4/15

フェイク

 滑り台を降りたコトハは動物の形をした腰の高さくらいまでしかないジャングルジムに向かった。

 彼女はどうやらこの公園が気に入ったのだろうか、さっきから手当たり次第に遊具に触れている気がする。

 荒木はクールを装いつつも、せっかくなので全力で滑り台を滑る。

 思いのほか勢いがあって気持ちいい。

 風を切る感覚を顔だけでなく体も覚えている。

 コトハがジャングルジムに腰を掛けていたので荒木はその隣に座った。

 ジャングルジムはよく見たら恐竜の形をしていた。

 コトハの手にはいつの間にか空になっていたお茶のペットボトルがあった。

 それを見て荒木はそろそろ切り上げて当初の目的であった買い物に行こうかなと考えた。

 できればコトハと一緒に。

 外食さえしなければ一人分増えても何とかできるだろう、と荒木は財布の中身を思い浮かべながら思った。

 荒木はコトハにそんな悠長にしている時間がないと言われたとしてもそこは譲るつもりはなかった。

 流石に二食抜きで金城とかいう男から逃げ切れるとは思っていないからだ。

 いくらこの街にいるからと言ってそんなにすぐに荒木の学生寮を突き止められはしないだろうし、ましてや街中でばったり鉢合わせなんてことはないだろう。

 荒木がその話題を振ろうとするより先にコトハが口を開いた。

「荒木、実は僕はまだ君に言っていないことがあるんだ。一つは僕だけが覚えていて、荒木が忘れていること。これは個人的には荒木自身に思い出してもらいたいというか、僕だけが覚えていることを荒木に話すのはなんか負けた気分だから話したくない。ごめんね」

 そういった彼女は寂しそうだけど、どこか優しい笑顔をしていた。

 荒木はこんな柔らかいコトハの表情が見られたことは新鮮だった。

 いつもはもう少しぶっきらぼうというか、素直に顔には出してくれないからだ。

 彼女にそんな顔をさせるものとはいったい何なのだろうか。

「もう一つは……、」

 そこまで言うと口をつぐんだ。

 コトハにしては珍しく言いよどんでいるみたいだった。

 彼女は胸の前で両手でつかんでいるペットボトルが少しへこむくらい強く握っていた。

 緊張しているのだろうか、彼女は下を向いている。

 どんな顔をしているのかを見るのはなんだか卑怯な気がしたので荒木は帽子の下にあるその顔をのぞこうとはしなかった。

 荒木は目をつぶって、コトハが次の言葉を口にするのを気長に待つことにした。

 しかし、待てども彼女の言葉は聞こえない。

 そんなに悩むほどなのかと気になって荒木は隣に座るコトハを見てみる。

 コトハの顔は深刻そうに悩んでいるわけでも、言いたいことが言えなくて恥ずかしくしているわけでもなかった。

「……荒木、あれを見て」

 どうやらコトハは別のことに気を取られていたらしい。

 端的にいうと何か見なれないものを初めて見るような驚きと興味を持った顔をしていた。

 コトハはそっと腕をあげ、彼女の視線の先に指をさしていた。

 荒木は彼女に促されるままにその先を見た。


 コトハの視線と指の先にいたのは一人の少年だった。


 年は十歳くらいだろうか、Tシャツに半ズボンといったどこにでもいるような男の子だった。

 ゴールデンウィークのお昼時だというのにその少年はけだるげな雰囲気でブランコに腰を掛けて下を向いていた。

 周りに友達や親はいないようなのでもしかしたら一人で来たのかもしれない。

 さっきまではいなかったので少しは荒木も驚きはした。

 しかし、それ以外は別に珍しいことなんてない。

 荒木はコトハがどうしてそんなに驚いているのかがわからない。

「あの男の子がどうしたっていうんだ? 普通の子供じゃないか……」

「荒木、もっとよく見て! あの子の後ろだよ!」

「後ろ?」

 荒木は仕方なく、コトハの言う通りもう一度少年に視線を向け、今度はその子の後ろに目を凝らす。

 それを見たとき、荒木は思わず目と口を見開いてしまった。

 周りから見たら間違いなくアホ面だが、荒木をそうさせるには十分なことがあったのだからどうしようもない。

「なんだ、あれは……」

 ここからだと位置的に少年の背中は見えないが、明らかにそこには別の何かが存在していた。

 重油のようにドロドロした白い影のようなものが彼の後ろから、もとい公園の地面から

伸びていた。

 街から生まれた蒸気のようにゆらゆらとゆれていた『それ』はしばらくするとゆがみ始めた。

 膨張したり、収縮したりを繰り返し、何かの形を目指しているかのようだった。

 粘土のような『それ』は平均的な人間の形と、大人くらいの大きさになると変化をやめた。

 まるで白子のように全身が真っ白な『それ』は、突然後ろから抱きしめるように両腕を少年の首の前に回した。

 すると『それ』はさっきまで単色の白だった体が徐々に色彩を手にしていく。

 そして姿や形までも少年に近づいていった。

 少し時間がたつと『それ』は少年とうり二つの姿になっていた。

「……あれがフェイクだよ」

 コトハは少し間をおいてそれでもまだ驚いているような顔で続けた。

「フェイク自体はこの街で何度か見たことがあるけど、そのものが生み出される瞬間は初めて見たよ……」

「あれがフェイク……」

 荒木はこうしている今でさえ何が起こっているのか正直分からなかった。

 リアルとフェイクという存在のことを知らなかったら間違いなく自分の頭がバカになったのかと疑っていたことだろう。

 荒木は改めて自分が上京する前に出会っていた、いわゆる幽霊みたいな存在と、この街のリアルやフェイクは違うのだろうと直感した。

 実体のない幽霊と、『存在』の力を持っているつまり実体があるリアルやフェイクは明らかに違うのだ。

 触れたらそこには何もなく、ただ見えているだけのものが幽霊なのだから。

 この街はやはり何か変だと荒木は思い、気を引き締めた。

 荒木はリアルとフェイクの存在を教えてもらったが、そもそも彼らがどういったことをするのかはまだ聞いていなかったりする。

 これからどうなるかわからないのでそのことをできるだけコトハから聞いておきたい。

「コトハ、まだ聞いてなかったけど具体的にあいつらは何をするんだ?」

「……それがまだはっきりとわかっていないんだ。人間に危害を加えたり、人に興味を持っていなかったりとかそれぞれ個性みたいなものはあるみたい。意思疎通は基本的に可能。おそらくリアルの感情か何かを引き継いでリアルがしたかったことを代わりにしようとする存在っていうところまでしか今は説明できない」

「なるほど……」

 結局、向こうが動かない限りわからないってことか。

 そうなると確実に一歩遅れる。

 しかし、幸いなことにこの公園は少年と荒木達しかいない。

 人に危害を加えようとしても関係ない人たちを巻き込むことはないはずだ。

 荒木はとりあえずまだ向こうの動きを待ってからでも大丈夫だと考えたが、その考えはコトハの次の一言であまいものだと気づかされた。

「前に聞いた話なんだけど……」

 コトハは少年の方を注意深く見ながら話した。

「フェイクを生み出してしまった人が自殺願望者で、その時にフェイクがリアルの願望を叶えるべく、自殺を幇助、つまりフェイクが自身のリアルを襲ったことがあったんだ。そのリアルは元の人間に戻ってどうにか生きてはいるけど……」

 コトハはそっと目を閉じて、再び開いた。

「その一件以来、組織の中でフェイクと出会ったら、向こうが動くまで待つという選択肢はタブーになった」

 何をするかはわからない、向こうが動くまで待つこともできないなら、どうしろっていうんだ。

 そもそもどうすればこの現象を止めることができるんだ?という疑問をコトハにぶつけてみる。

「……確かコトハの組織ってのは事態の収拾、つまり解決をするのが目的なんだよな? 失踪事件の解決法はその人を見つければいいけど、この場合は違う。リアルになっちまった人を普通の人に認知させなきゃならない。だったらこれからどうするよ」

 荒木の問いに対してコトハは立ち上がりながら強く、そして明確な意思のもとに言い放つ。

「早い話、フェイクを倒せばリアルに『存在』の力が戻ってその人は元に戻る。再発する可能性は大いにあるけど、この街で起こっている現象の原因がわかるまで僕たちにできることは残念ながらこれしかないんだ」

 コトハが見つめる先では少年のフェイクが首から腕を離していた。

 それと同時に少年のリアルはブランコから立ち上がり、公園を出て行ってしまった。

 その少年はどうやら自分自身が作り出してしまったフェイクの存在に気づいてはいないようだ。

 荒木はそのことについてもコトハに聞いた。

「そもそも『認識』の力を使わないとフェイクなんて見えるわけがないんだから、普通の人には自身のフェイクだって見えない」

 少し考えればわかるでしょそんなこと、とでも言いたげな冷たい視線を向けられた。

「でも当人が『認識』の力を使えたとしても自分自身のフェイクは見えるかどうかは怪しいけどね」

 と、コトハは一応付け加えた。

 コトハはそこまで言うと帽子のつばを右手で握った。

「いつもはフェイクかどうかの確認作業が必要だけど、今回はリアルかフェイクかでなんて悩む必要はなさそうだね」

 荒木はなんだか嫌な予感がした。

「どうするつもりだ、コトハ」

「もちろんあのフェイクを倒すよ。それが一番被害が少なくて確実だからね」

 そういうと彼女はフェイクである少年のところに向かった。


 サトルと呼ばれる少年は休日に家族とどこかに出かける友達が羨ましかった。

 今日はゴールデンウィーク二日目。

 いつも学校おわりに公園で遊ぶ友人たちは今日はいない。

 母子家庭のサトルの家には父親はいない。

 そしてゴールデンウィークにもかかわらず、サトルの母親は仕事に出かけていた。

 自分のためだとはわかっていてもやはり寂しい。

 誰かと一緒にいたい、そんなことを強く思っていた。

 ジャングルジムで仲良く話している二人組がいた。

 彼らは楽しそうなのにどうして僕だけこんな思いをしているんだろう。

 ひとりぼっちに耐えきれなくなり、サトルは公園を出た。


 コトハの後をついていくとそこにはフェイクである少年がブランコに立ち乗りしていた。

「お兄ちゃんたち、僕と遊ぼうよ!!」

 少年は怪しく笑いながら確かにそういった。

「僕はサトル。お兄ちゃんたちの名前を教えてよ」

 そういうとサトルと呼ばれる少年はブランコに腰を下ろす。

「年下にナンパされても全然響かないな……」

「いや、ナンパではないだろ。俺もいるんだし……」

 コトハのよくわからない勘違いにツッコミを入れつつ、簡単に自己紹介をした。

「俺が荒木で、彼女がコトハ」

 荒木がそういうとサトルは困ったような顔をした。

「彼女って……、お兄ちゃん、女の子なの?」

 サトルはコトハを指さしながら疑問に思ったのだろう。

 聞き直してはいけないことを聞き直してしまった。

「ああああああ、倒す!! 絶対に倒す!! フェイクだとかそんなことは一切関係ない!!倒す!!」

 コトハはいきなり叫び出し、荒木が止める間もなく少年のところに走っていき、拳を振り下ろした。

 しかし、その攻撃をひらりとかわし、地面に着地すると少年は笑いだす。

「ははははは、ごめん、ごめん。そんなに気にしていたとは思わなかった」

 サトルは本当に嬉しそうに笑っていた。

「許さないからな……」

 コトハは本当に怒っているらしく、敵意むき出しである。

 年下にいじられて笑われるのはおいしいのだろうか、いや、おいしいはずはない。

 少なくともコトハに限ってはなさそうだった。

 しかし、荒木は年下の女の子からいじられるのも悪くないな、と場違いなことを思っていた。

「せっかくのゴールデンウィークなんだ、もっと遊ぼうよ。コトハお姉ちゃん?」

「……今更そんなこと言っても遅いよ」

 次の瞬間、二人の間で激突があった。


 結果から言うとコトハの攻撃は一度も、たったの一度もサトルに当たらなかった。

 コトハはサトルに接近しては拳をふるい、足を振り下ろしたりした。

 サトルはそれを最初から全ていなすように避けていた。

 まるでコトハとの戦いがゲームであるかのように楽しんでいた。

 からかわれて頭に血が上っているのかもしれないが、このままではコトハが一方的に体力を消耗するだけだ。

 そして何よりサトルと呼ばれる少年はまだ一度もコトハに向けて攻撃を仕掛けてこないのが妙だった。

 普通、オリジナルの願いを叶えようとするなら自分の身を狙うやつからは逃げるか、ここまでの力の差があるなら攻撃を仕掛けてもおかしくはないと思った。

 だからこそ荒木は、コトハに攻撃が来る前に戦いに割り込もうと身構えていたがどうやらそれもないみたいだった。

 もしかして今こうしていること自体が目的なのか?

 しばらく迷っていたが、荒木はコトハに攻撃をするのをやめるように言った。

「どうして? 放っておいたら危険だよ?」

 コトハはそう言いつつも攻撃をやめてくれた。

 そして振り返ったコトハは怒っているわけでもなくただ静かに荒木を見つめてきた。

「少しくらいサトルの話を聞いてみないか? 確かに倒すのが一番簡単かもしれないけど、それが一番最善とは限らない。その子は危害を加えそうな奴には見えないんだ」

 荒木はコトハの目をしっかり見据えて訴える。

 フェイクだからと言って問答無用で倒してそれが一番いい解決策だとは思わない。

 そんなことはわかっているはずのコトハに、組織のタブーという理由で、その手でサトルを倒してほしくはなかった。

 コトハは帽子のつばを手で握って深くかぶり直す。

「……相変わらずだね、わかったよ」

 と言って顔は見えないが、口元は小さく笑っていた。

「ええ!! もう終わり? つまんないの」

 サトルは今まで遊んでいたおもちゃを取り上げられた子供のように口を尖らせた。

 荒木は普通の人には見えない存在に出会ったら必ずしていることがあり、サトルに歩み寄りながら、そのことを思い出していた。

 最初は警戒されても、めげずにくだらない話をしてお互いに打ち解けあった後、当人に問いかける。

 何か辛いことや抱えているものはないか?俺でよかったら話を聞くよ、と。

 これでフェイクであるサトルが救われるのかはわからないが自分にはこれしかできないと言い聞かせる。

「さっきはコトハがいきなり殴りかかってごめんな」

 荒木は遠くからコトハの無実を訴える視線を感じるが無視をする。

「いいよ。僕が煽ったことは事実だし」

 サトルは素直に自分の非を認めた。

 話の通じるやつでよかったと思い、荒木はサトルに問いかける。

「なあ、サトル。何か抱えていることがあるなら、俺に話だけでも聞かせてくれないか? 俺にできることなら何でもやるからさ」

 リアルだろうが、フェイクだろうが関係ない。自分にできることをやるだけだ。

「それなら今日一日だけでもいいから僕と一緒にいてよ」

 サトルは下を向きながら小さいながらも確かにそういった。

「よし、わかった!! なら、まずは買い物だ!! それから……、」

 荒木は金欠を悟られないように全力の笑顔で言った。

「一緒に飯を食おう!!」

 サトルは荒木の言葉に涙を浮かばせながら顔を上げ、こくん、と笑顔で頷いた。


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