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コトハノサイ  作者: 新納弘華
第一章
3/15

『存在』の力

 立ち話もなんなので、クロスバイクを転がしながら買い物ついでに、荒木は学生寮の近くにある公園にコトハと向かった。

 公園はちょうどお昼の時間帯だったため、人はほとんどいなかった。

 そこはそんなに広くはなく、子供用の遊具やベンチ、トイレ、水飲み場、自動販売機、申しわけ程度の木々など必要最低限のものがあるくらいだった。

 荒木はクロスバイクをベンチに立てかけた後、コトハの横に座った。

 自動販売機で買ったお茶をコトハに渡す。

 これで少しは機嫌を直してもらいたいものだ。

「お茶でよかったのか? 炭酸もあるぞ」

「うん、ありがと。でも僕は炭酸が飲めないんだ。だからお茶がいい」

 コトハはペットボトルの蓋を開け、慎重にお茶を口に運んだ。

 荒木は喉仏さえない、そのきれいなその首元を見た。

 彼女ののどが動くたびにペットボトルのお茶は減っていく。

 たったそれだけで清涼飲料水のCMのイメージにぴったりなさわやかさがあった。

 お茶だけど。

「……おいしい」

 と言うとコトハはほんの少しだけ笑ったように見えた。

 別に自分に向かって笑ったのではないとわかっていたが、荒木はドキッとしてしまう。

 荒木はコトハを女の子と意識しないように努めようとして首を横に振り、一気に炭酸を口に流し込もうとする。

 まるで大人がお酒でも飲むかのように、なにかを忘れさせるかのように。

「かはっ!! ゴホッ!! ウェッ!!」

 しかし、案の定むせて失敗に終わった。

 荒木はコトハの無言の視線が少し痛いが気にしないことにする。

 そして荒木は先ほどの粗相をまるでなかったかのように切り替えて話題を振る。

 我ながら立ち直りは早いことが長所の一つだ。

「コトハ、さっきの話の続きだけど俺の身が危険ってどういうこと?」

 荒木は彼女の話を信じるか、信じないかは話を全部聞いてから決めようと思った。

 仮に本当だとしても、狙われているのが俺だとしたら彼女自身に被害はないだろう。

「簡単にいうと僕が言い寄ってきた男をあしらったら、その逆恨みで矛先が荒木に向いっちゃったって話」

「……え?」

 ずいぶんとスケールの小さい迷惑な話だった。

「完全にコトハとその男の問題じゃねぇか!! なんでそこで俺なんだ……」

 荒木の当然の疑問にコトハは顔を少し緩ませ、その目はどこか遠くを見ているようだった。

「それを話すにはまずは荒木のこと、そして僕自身のことを話した方がいいかな」


「実は僕も荒木と同じ『見える』力を持っているんだ。荒木はどういう風に思っているかわからないけどこの力自体はそう珍しいものではない」

「…………、」

 荒木にとってその言葉はアイデンティティーを壊されるくらい衝撃的だった。

 幼いころから人間の友達よりも自分だけが見える存在を優先していたのは、見返りを求めていたわけではなく、自分にしかできないことだと信じていたからこそである。

 荒木は実は結構この力に依存していたことに気づかされ、少し、ほんの少しだけ自己嫌悪に陥る。

 結局のところ、自己満足でやっていたのかと荒木は思った。

 しかし、荒木はそんな気持ちを表情に出さないように努めた。

 こんなことでいちいちコトハの話を止めるのは申し訳ないと思ったからだ。

「荒木は考えたことある? 何かを認識することから全ては始まるって。

 歴史を見ればわかると思うけど、後に偉人と呼ばれる人たちが常人にできないことを成し遂げられたのは、この力のおかげと言われているんだ。

 『見える』ってことは『認識』するってこと。他の人には見えないものが見えるってだけで、それは別の世界の理を認識してることになるんだ」

 コトハがすらすらと高尚な話を説明していたことに気を取られていたが、荒木はここで違和感を持った。

「ちょっと待ってくれ。話の腰を折るようで悪いんだけど、コトハはなんで俺が『見える』ってこと知っているんだ?」

「……もしかして僕の話を信じてないの?」

 不機嫌そうな声色に多少ビビりつつ、荒木は返答する。

「ああ、信じてないね。というかコトハが言っていることって全部本当なのか?」

「………、」

 荒木はすごく細めた目を向けられて、ああ、これがいわゆるジト目なんだなと場違いなことを思った。

「妄想少女の一人芝居だと思ってたわ、はは」

 火に油を注ぐあたり、荒木はバカなのであった。

「はぁ、僕は荒木みたいに無神経でバカじゃないから、話の腰は下ろさずにこのまま進めるよ」

 コトハは深呼吸をして気を取り直す。

「『見える』力は別の世界の理を『認識』できる。そもそも認識できないものを理解することなんてできないから当たり前なんだけどね。でも大事なのは『認識』じゃなくてその先にある『知識』なんだ」

「……『見える』力があってもその『知識』までたどり着けなかったら宝の持ち腐れってこと?」

 荒木はない頭を振り絞ってコトハが言いたいことを予想してみる。

「そういうこと。うん、ちゃんと荒木がついてきているようでよかったよ。僕の話を信じてないからって聞き流されたら……、蹴られても文句はないよね?」

 にっこりスマイルを向けられた荒木は自分のむこうずねを意識してしまう。

 痛みはないが今度同じところを蹴られたら良くて痣、悪かったら骨にひびでも入るんじゃないかと真剣に考えてしまうほどの威力があった。

 恐怖心を徐々に植え付けていくのか、おっかねえ。

「それでここからが本題。『認識』の力はそんなに珍しくもない。誰にでも少なからずその力はあるといってもいい。

 そしてその力には種類がある。荒木でも知っている有名な科学者の偉人でいうと、ニュートンやアインシュタインとかが持っていたものは科学系統のものだね。

 僕や荒木が持っているような『認識』の力は便宜上、非科学系統と呼ばれ、分類されている」

 コトハはベンチに座ったまま、足をパタパタさせながら続けた。

 短パンからスニーカーまでの間の白い素足が見える。

「そして僕は非科学系統の『認識』の力からなんとか『知識』までたどり着けた」

 コトハは少し間をおいてから話した。

「人によってたどり着ける『知識』は違うんだけど、僕の場合は未来を見る力、つまり『予言』だった」

「…………、ふっ」

 コトハの話はおそらく本当なのだろう。

 彼女が言った未来が見えるなんて世界中の誰もが欲しがるような力じゃないか。

 そう思うと渇いた笑いしか出なかった。

 すぐ隣にいるコトハがどこまでも遠い存在のような気がしてならなかった。

「すごいな。未来まで見えるなんて………。そんなのなんでもありじゃねえか」

 荒木は素直に思ったことを言った。

「そんなことないよ。未来が見えるって言ったけどいつでも好きな時に見えるわけじゃない。条件がいくつか揃わないと何も見えないし、何も聞こえない」

 そういったコトハの表情はなぜか哀愁に満ちていた。

 荒木としては話をすぐに聞いて、クロスバイクで買い物に行くのでさようならのつもりだったのだが、どうやらそんなにすぐに終わる話でもなさそうだ。

 それでも自分自身のこと、そして特にコトハのことが知れたのは実は結構うれしい。

「で、それがどうなると俺に危険が及ぶわけ?」

「ああ、順を追って話すよ」

 そういうとコトハはいきなり立ち上がり、ブランコに乗りながら話そうと持ち掛けてきた。

 そのブランコはよくある台が二つぶら下がっているタイプで、荒木はコトハの横の台に座った。

「世の中の多くに言えることだけど、利己的でただ自分の欲望のためだけに力を手に入れようとする人がいる。『認識』や『知識』の力を持っている人の中にもそういった人たちが少なからずいてね。彼らが簡単に力を手に入れようとした時に真っ先に行うことがある。それは自分以外の人間と、とある契約をすることなんだ」

 彼女はブランコをギコギコと控えめにこぎながら続ける。

「その契約内容はお互いの記憶を共有すること。契約を結ぶだけでお互いの力を高められる。お互いが歩んできた記憶を共有することは二人で一つの体を共有することと同義で、一人ではたどり着けない極地まで行けるんだって。

 僕の力もその契約が無かったら未来を見るなんてたいそうなことはできやしない。僕の場合は特殊で契約をしたとしてもその未来を見るのは相方の方だったけどね」

 そこまで言うとコトハは下を見ながらなぜか小さいため息をついた。

「なるほど、その男は『予言』の力欲しさにコトハに近寄って契約を結ぼうとしたってわけか」

「そうなるね」

 なんてひどい話だ。要するにそいつはコトハと契約をし、コトハの力を利用しようとしたのだ。

 他人を巻き込んでまで力を手に入れようとは荒木は思わない。

 何より荒木をイラつかせるのはその男が、コトハのことなんてこれっぽっちも考えていないことだった。

「ていうか、その言い方、前に契約していたやつでもいたのか?」

 そうだとしたらそいつは相当コトハに信用されていたのかもしれない。

「うん。荒木はバカだから覚えてないと思うけどね」

「……どういう意味だよ?」

「何でもないよ。仕方がないのかもしれないけど、本当に何も覚えてないんだね……」

「だから何を!!」

「教えない。ふーん!! 自分で思い出せば? ふーん!!」

 コトハはそっぽを向いてしまった。

 どうやら話をするのを放棄してしまったらしい。

 しかし、荒木はコトハが怒ったり、寂しそうにしたりする姿に不思議と懐かしさを感じた。

 そして、そんなコトハをもっと見たいと思った。

 なぜだかそれはとても幸せな気がしたからだ。

 勝気で男勝りな口調で弱みなんて見せてくれそうにないけど、コトハのことをもっと知りたいと強く思った。

 荒木はコトハの機嫌をどう直そうかと考えていたら、ついブランコを思いっきりこいでいた。

「あっ」

 考えることに夢中になり、鎖を握っていた手が滑り、空中をアホ面で舞った。

 もちろん着地に失敗し、鈍い音が静かな公園に響いた。

「……バカじゃないの」

 コトハはそういうと手で目のあたりをこすりながら相変わらずだね、と言って少しだけ笑った。


 機嫌を直してくれたコトハの話によると荒木を狙っているのは金城という男らしい。

 頭は切れるが利己的で力のためなら手段は選ばない性格で、彼もまた『認識』の力を持っている。

 金城はもうこの街に来ているらしい。

「でもそれだけなんだろ? 『認識』の力を持っているだけで、それ以外は他の人間の同じ。相手の心が見えますだの、手から火が出ますだの、そういったことはないんだろ? だったら別にコトハが心配するほどでもないんじゃないか?」

 こう見えて荒木は小学校から中学校まで『見える』関係でいじめにあったり、事件に巻き込まれて死にそうになったりした。

 高校に入ってからは悪友と出会ってから約一か月濃密なバカをやったりして、不良やチンピラに追い回され、裏では有名な人物に気に入られたりとかなりの場数を踏んできた。

 それでも最後は笑って終わらせることはできた。少しは荒木なりに自負がある。

 しかし、コトハはそれ百も承知のようで、油断してはならないと諭す。

「いや、金城は『知識』にたどりつつあるからそんなに簡単にはいかないよ。それに彼の本当に恐ろしいところはその残虐的な性格なんだ。力に関する欲の強さは人一倍で容赦や情けは彼に一切通用しない」

 彼女は本気で荒木を心配しているみたいだった。

「僕がもっと強ければ荒木を巻き込まずに済んだのに……。ごめんね、僕が金城と契約をしなかったばっかりに」

 コトハは申し訳なさそうな顔をしながら荒木を真っすぐに見る。弱気なコトハを見るとその金城ってやつは相当ヤバいらしい。

「何言ってんだ、そんな訳わかんないやつと契約なんてしない方がいいに決まってんだろ」

 荒木は素直に思ったことを言った。

 なんだかそう言わずにはいられなかった。

「そうだね、荒木の言う通りかもしれない。でも、もし何かあったとしても荒木は僕が守るよ。金城から荒木を連れて逃げるくらい僕にでもできる」

 荒木はコトハに君を守ると言わせてしまった自分の無力さが嫌になる。

 コトハとどこまでも対等でありたかった。

 守ってもらうだけではとても対等とは言えない。

 荒木はコトハが黙って背中を預けてくれるような守れる力が欲しいと強く思った。

 しかし、今は疑問をなくすことが最善だと思い直す。

「……逃げるってどこに?」

「そっか、それも説明しなきゃだね」

 そういうと彼女は吹っ切れたのか、ブランコを軽くこいで前に行ったタイミングで両手を離して、うまく両足で着地する。

「今度は滑り台に行こう、荒木」


 コトハは滑り台の階段を上ると、滑る一歩手前で腰を下ろし荒木を待っていた。

 荒木も続けて上り、どうしたものかと逡巡の後、コトハとは背中合わせになる形で階段に足をかけたまま、その場に座った。

 やはりこの年になると滑り台は少し狭く、上体を後ろに反らしただけでコトハの背中に当たるくらいの距離だった。

 彼女の吐息が聞こえるだけで荒木はドキッとしてしまう。

 こんなに近くになったのはこれが初めてだった。

 そんな気持ちを隠しつつ、荒木は先を促す。

「それで?」

「……また遠回りになっちゃうけど聞いて。東京で最近頻発している学生の失踪事件は知っているよね?」

 コトハは荒木が座ったのを確認してから話を進める。

「ああ、それはさすがに俺でも」

「その事件の大半がこの街で起こっていることは?」

「いや、そこまでは……」

 コトハに出会う前にそんなニュースを見た気がするが黙っておく。

「そうだと思った、なんたって荒木だもんね」

 辛辣なコトハの意見は至極当然のことなので何も言い返せない。

 世界の流れなんて大きなことは荒木には分らないが、せめて自分の身の回りのことくらい知っておくべきだったと反省する。

「世間では連続失踪事件だとか言われているけど、この街では不可解な現象が起こっているんだ」

「わかった、街ぐるみの巨大な陰謀か何かとか!!」

「疲れてきたの? もう少し真面目に聞いて」

 コトハの顔は見えないが、不思議と口調ほど怒っていない気がした。

 だからこそ、あとちょっとはふざけてもいいかな、なんて荒木は考えていた。

「どうせあれだろ、実は失踪なんてしてなくてただ見えなくなりましたってオチだろ? へへ」

 荒木は軽い冗談のつもりで言ったが、コトハの肩がピクッと動いたのを背中越しに感じた。

 もしかして本当にそうなのか?

「あ、荒木もたまにはやるんだね。は、半分正解だよ」

 荒木は言い当ててしまったことに若干驚きつつ、どうにかそれを隠す。

 コトハが慌てているのが分かるとついいじめたくなる。

「でもって、やっぱり街ぐるみの巨大な陰謀だろ!!」

「ハイ残念、不正解。ぶぶー」

 コトハの方が一枚上手だった。

 コトハが足をバタバタしているのだろうか、滑り台の斜面をたたく音が聞こえる。

 キャラ崩壊してないか、大丈夫か、コトハ。

 まさか慌てていたのは全部演技だったりするのか?そうだとしたら、なんだかもてあそばれた気分がする荒木だった。

「じゃあ、答え合わせにしようか」

 コトハは荒い息を整え、声に得意げさをのせて言い放った。

「荒木の言った通り、この街の失踪者は見えないだけで実際にはそこにいる。じゃあなんで彼らは世間の人たちに見えないんだろう。それは彼ら自身の『存在』の力が著しく奪われているからなんだ」

「『存在』の力?」

 荒木は『認識』や『知識』の力の他にもまだあるのかと思いつつ、聞き返す。

「ああ。『存在』の力は誰もが持っていて、通常出生時にその値が決まり、死ぬまでその値はほぼ一定に保たれる。

 例えば人を多く惹きつける人はこの値がそうでない人と比べて高かったりする。でも、最近になってこの街では人間の『存在』の力が、当人の感情を触媒にして、別の存在を生み出すことがあると確認された」

 彼らを指す言葉としてね、とコトハは前置きをしつつ、語る。

「元の人間がオリジナル、オリジナルから『存在』の力を抜かれたのがリアル、そしてその『存

在』の力を与えられて生み出されたのがフェイクと暫定的に呼ばれている。補足的になるけど、この街の行方不明者はリアルってことになるね」

「なるほど。つまり、この街の何かが何らかの形で人間の『存在』の力を奪い、別の存在を生み出すことに関わっているってことか?」

「恐らくね。こういった科学では証明できない現象が起きている場合、その土地の風土や地形による影響が大きいことが今までに多く見られているから、今回もそれに近いものだとは思うんだけど……」

 それではもしかしたら高校進学前に見えていた幽霊みたいな存在と、この街のリアルやフェイクは別の現象だったりするのだろうかと荒木は疑問に思った。

「ちなみにそのフェイクっていうのはどんな姿をしているんだ?」

「……それが、リアルとほとんど見分けがつかない容姿をした人間の姿をしている。だから、『認識』の力を持っていたとしても視認だけでは区別は難しい」

「じゃあこの街にいるリアルとフェイクの区別はつかないのか」

「いや一つだけ区別する方法がある」

「へえ、どうやって?」

「それは対象に直接触れた状態である言葉を使うんだ」

「言葉?」

 そんな魔法の言葉でもあるんなら是非覚えておきたいものである。

「ああ。正確には彼らに質問するんだ。『君の夢は何だ』って」

「…………、」

「そうすると彼らは夢を答えると同時に色彩を失って人の形をした『何か』に戻るんだ。今までに確認されているのは白色か黒色の『何か』になる」

 そこまで言うと、これは全部組織の受け売りだけどね、と彼女は言った。

「実は僕は『認識』や『知識』などの力を専門にしている組織に属しているんだ。もちろん非科学系統専門だけどね。組織では科学では説明できない現象が起こったら、現地に行って情報収集、そして事態の収拾をする」

 出会って少し経つがここにきてやっと彼女の素性が分かりそうだと、荒木はちゃんと聞こうとする。

「でも今回の任務は違う。我々が事態の収拾をする前段階、つまり情報収集の段階でこの街のある範囲だけ異常に失踪事件が少なかった。何か事件の核心に迫れると思って調べたところ一人の人物にたどり着いた」

 そこまで言うと彼女は背中を荒木に預けてきた。

「それが荒木、君だよ」

 それが分かったのはついこの間なんだけどね、と彼女は付け加えた。

 荒木は首元に彼女の髪の毛が当たった気がした。

 そして、風に流れて彼女の髪の毛からシャンプーのいい香りが漂ってきた。

 荒木はコトハも女の子なんだなと改めて感じつつ、首だけでなく胸までもむずがゆくなる。

 そんな荒木に気づかないままコトハは話を進める。

「だけど我々は荒木が事件の核心にいるとは考えていない。むしろ荒木が東京のこの街にいたからこそ、これだけの失踪者で済んだと結論づけた。おそらく荒木の行動が何らかの形で失踪者の抱えていた問題を解決したんだと思う」

 まさか休日の暇つぶしが人の役に立っていたとは驚きである。

「僕がこの街に来た理由は二つ。一つは僕がまいた種だけど荒木を金城から守りつつ、組織まで無事に送り届けること。

 もう一つは事件解決のために組織に協力してもらうためのお願いに来たんだ。『認識』の力を人助けに使うような人を金城の好きになんてさせないっていうのが組織の方針」

 荒木はコトハが組織の命令によって来たことを知って不純にも残念に思った。

 しかし、そんな荒木の心でもわかっているかのようにコトハが言った。

「でもそれはあくまで組織の命令。僕個人としては荒木に仲間になってほしいと思っているんだ。だからこうして荒木を迎えに行く役にも立候補した。つまり組織の命令を利用しつつ、僕個人としては荒木を組織に勧誘に来たってわけ。驚いた?」

 そういうとコトハは背中に続いて頭までも荒木に預けてきた。

 お互いの背中と頭が触れ合っている。

 コトハの温もりと息遣いがここまではっきりと感じられる。

 恐らくコトハも荒木と同じ状況だろう。

「ああ、正直驚いてばっかりだ」

 主にコトハがここまで親しくしてくれることに。

「でもいきなり組織って言われてもな……」

 荒木としてはコトハがなぜこんなにも尽くしてくれるのかがわからない。

 自分でいうのもあれだけど『認識』の力を持っている以外、ごく普通の男子高校生である。

 コトハによるとこの力はそう珍しくないのだという。そうなるとなおさら自分にそれだけの価値があるとは思えない。

 コトハは荒木と違ってそんな価値なんてくだらないことは一切気にしていないのかもしれない。

 だから、どうしてそんなに尽くしてくれるんだ?なんて聞いたらコトハはきっと怒る。

 さっき会ったはずなのにそんな気がした。

「そうだよね、まあ組織の隠れ家に着くまでに考えといて」

 コトハといると落ち着くというかこの懐かしいような気持ちは何だろう。

 そしてそれ以上に決して苦しくなく、むしろ心地よい温かさで胸を締め付けてくる感情がある。

 彼女に自分がしてあげることはないのだろうか、そんな気持ちの答えを保留して荒木はコトハともう少しこのままでいたいと思った。


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