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短編

暗殺者はのうのうと生きる

作者: 空途

 おれは大抵日が昇る前に目が覚める。不眠症というわけではなく、ただ単に人よりも遥かに少ない睡眠時間で寝足りるのだ。

 そうして目覚めたおれは、今日も愛用のロングソードを片手に宿から出ていく。

 当然ながら、町には人っ子一人見当たらない。辺りはしん、と静まり返っている。

 夜空に浮かぶ三日月が遠くの塔と重なりかけているのを横目に、もうじき晴れるであろう夜闇の中、歩き慣れた道を行く。夜目が利いているのもあって迷うことはない。

 五分程で、目的地である小さな空き地に到着した。

 それから、鞘を付けたままの剣を両手で持ち、素振りを始める。

 最初は軽く、ゆっくりと、体の具合を確かめるように上から下へ振るう。

 慣れてくると次第にその刃筋は速度を増し、鋭くなる。

 革鞘の各部に付けられている金属が月光を反射し、空中に光の弧を描いて見せた。

 予め決めている回数を終えれば、少し休憩する。両腕をだらりと脱力させると、心地の良い疲労感が広がった。

 今度はそのままの体勢で目を閉じ、精神を集中させる。

 己の意識が身体の奥底に潜っていく。そして、深くにある()に触れた。

 おれはそれ――いわゆる魔力を体内から放出した。

 翡翠色の魔力が身体周りに溢れ、陽炎(かげろう)のように揺れる。それは数秒の間空中を漂ったのち、溶けるように消えた。

 ここで放出する際に何か引っかかりがあったり、放出出来る量が少なければ、体の調子が良くない証拠だ。

 今の魔力放出は普段通りだった。つまり、今日の体調も普段通りということ。

「うん、今日も良い感じだ」

 片方の拳を曲げたり開けたりする。

 これはおれが冒険者成り立ての頃から続けている日課である。

 冒険者という仕事は危険な魔物を狩ったりして得られた素材を売ることで稼ぐ仕事だ。そのため、時には己の命を懸けなければならないこともある。

 その時に、あと少しのところで倒せる魔物を逃がしてしまった、又は能力が足りず殺された、なんて事はあって欲しくは無い。

 そうした思いから始めたこの日課だが、その努力は確実に実を結び、今では冒険者として上位である金級までのし上がれたのだった。

「続きやるか」

 剣を構え直すと、ふいに足音がした。それはおれの方に近づいてくる。顔だけ振り返ると、目の端に火が映った。

 こんな暗い中に出歩くなんて、盗賊など悪心(あくしん)を持つ者ぐらいである。この町の治安は良い方だ。賊が出るなんてことはそんなにない。

 だとすれば。

 現れたのは、やはりおれの知る人物だった。

 向こうもおれに気づき、目線を向ける。

「……お、グリムさんか」

「ソルジさん。見回りお疲れ様です」

 闇の中現れたのは、無精髭を生やした見回りの兵士だ。

 彼――ソルジさんは、偶にこうして日課の最中に会うことがある。それで世間話するぐらいの仲だ。

「いやいや、グリムさんこそ。こんな朝早くから剣を振るなんて、俺には出来ませんぜ。そもそも起きられるかどうか」

 夜間の見回りとは余程疲れるものらしく、ソルジさんはあくび混じりに喋る。手元のカンテラが中の火と共に揺れた。

「最近、どうです? 魔物が増えてきてるって聞きましたが」

「あんまり変わりはないですねぇ。自分はそれ程ギルドに頼られることもないので、ちまちまと簡単な依頼ばっか受けてますよ」

「えぇ、ベテランの金級様が頼られてないなんて、そんなことありますか!」

「自分も年を取ったもので」

 おどけ調子に笑うソルジさんと、それに苦笑気味に返すおれ。

「そう言う割には、十年前と全く変わりがないですがね」

「大袈裟な。少し長命種の血が混じってるだけです」

 謙遜して見せる。だが、おれ自身も外見が変わっていないのは自覚してる。そこまで鈍感ではない。

 それからも子どもがまたやんちゃをしただとか、二股を掛けているのがバレた冒険者が酷いことになってるなど、他愛もない雑談をする。

「……ま、年取ったって元気にやれりゃそれでいいですね。じゃ、俺は見回りに戻りますわ」

「もうすぐで夜が明けるでしょうけど、足元お気をつけて」

「グリムさんも、あんま動かしすぎて体を壊さないようにな」

 ソルジさんが見回りの仕事に戻った後も、おれは、魔力操作や実戦を想定した動きの練習を続ける。

 それらが一通り終わった頃には、空は明るくなっていた。

 ちらほらと人の見えてきた道を辿って宿に戻り、その裏で水浴びをして汗を流してから元の部屋に入る。

 そこに置いてある籠手や鎧などを身に着けて、昨日買った干し肉とパンを口に放り込むと、おれはまた剣を腰に下げ外に出た。

 今度は空き地ではない。

 これから向かうのは冒険者ギルドだ。




 冒険者ギルド――【竜の小塔(ドラゴタレット)

 その建物の扉を押すと、古ぼけたそれはギイと音を立てて開いた。

 魔法の火で照らさせた建物内には、早朝にも関わらず、既に十人ほどの人が居た。

 彼ら彼女らの見た目はまちまちだ。老いてるのも若いのも……只の人間も、獣の耳が頭から生えていたり、耳が尖がっている者も居る。それぞれ一人壁に寄り掛かっていたり、数人で話していたりしている。

 それらの視線が、一瞬おれに向く。

「あ、グリムか」

「今日も早えなあ!」

 そして口々に話しかけてくる。みんな顔見知りの冒険者だ。

「うん、おはよう」

 挨拶もそこそこに、奥の方へ向かって、そして足を止める。

 奥の壁一面に広がる掲示板には、様々な依頼の書かれた紙が所狭しと張り付けられている。内容は様々で、失くした小物の捜索から竜の討伐まである。

 どれにしようか。

 全てに目を通した上で適当な依頼書を何枚か手に取り、受付に向かう。

「グリムさん、おはようございます。本日お受けする依頼はそちらですか?」

 明るい栗髪を後ろで結った受付嬢がおれに微笑みかける。彼女も付き合いが長い一人だ。人間で、名前をテネリと言う。

「おはよう。これ全部お願いします」

「はい。確認しますね。ええと、『銀級(シルバー) シェイドウルフ五匹の討伐』『銀級(シルバー) ディジン草一〇〇株調達』『金級(ゴールド) グランワスプの巣の調査、可能であれば討伐』の三つで間違いありませんか?」

「ああ」

 頷くと、テネリは困ったような顔になった。

「……いつも、誰も受けない依頼ばっかり選んでますけど、いいんですか? 報酬が少ないものとか、内容もその割には難しいものが多いですし。こちらとしては、ありがたいんですけど……」

「いや、おれがやらないともっと溜まるだろ? 依頼した人も困るだろうしさ。この金級(ゴールド)の依頼も、慣れてるやつがやらないと危ない」

「うっ、やっぱり優しすぎる」

 笑いかけると、テネリは胸を押さえた。

 どうしたんだ。心配して口を開きかけるが、テネリはすぐに復活して手元の紙に何かを素早く書き込んだ。

「……はい、これら三つの依頼を受注中としました。期限は銀級(シルバー)がそれぞれ一日、金級(ゴールド)が三日です。では、お気をつけて」

「ちょっと待て。顔、赤くないか? 大丈夫か?」

「い、いいですから! 早く行ってください!」

「何だ何だ」

 騒ぎに連れられ近づいてきた他の冒険者たち。

「分からないんだ。急に、テネリが――」

 言い切る前に、おれは彼女に追い出された。




 冒険者ギルドの裏には、幾つもの山々を覆う広大な森林がある。通称〈魔蟲の森〉。正式名称は〈インセクバグナスィコーマイの森〉と言うらしいが、やたらと長ったらしいので冒険者らは主に通称の方を使っている。

 その森を何時間か歩いた先に、大きく開けた空間がある。そこだけ木が全く生えておらず、代わりに様々な草花が自生しているのだ。

「……九九、一〇〇」

 そこにしゃがみ込み、薄く青い筋の入った草だけを選んで採取するという作業を続けて何時間か。

 おれはようやく、ディジン草一〇〇株を集めることが出来た。あとはこれをギルドに運べば依頼達成となる。

「あぁ、疲れた」

 本当に長かった。似たような草も沢山生えているものだから、一〇〇株引っこ抜いたあと慎重に選定してみると、その中にディジン草が三〇株しかなかったりした。これでそのままギルドに納品でもすれば、信用が無くなり、依頼を受けるのが難しくなるのだ。誰もやりたがらないのも良く分かる。

 さっさと終わらせて他の依頼もするつもりだったが、この依頼だけでかなり時間が掛かってしまった。これでは今日中に全ての依頼を完了するのは厳しいかもしれない。

 一〇株ずつ紐で束ねたディジン草をベルトに付いているポーチに詰め込んだ。見た目は普通のポーチだが、中の空間は小さな部屋ぐらいある魔法の代物。かなり値が張ったが、恐ろしく便利だ。問題は口が狭いところぐらいである。

 最後の束を詰め込み終えると、草の上に大の字になって寝転んだ。

 太陽は既に真上を通り過ぎた位置にあった。雲一つない青空に、名前の知らない鳥が影になって飛んでいる。そう言えば、昼用の弁当とか、持ってきてなかったな。

 おれは、思わず目を細めて――

「――! ――!」

 上体を起こし、暗い森の奥を見る。

 声がした。複数人か。随分と慌てているようだ。

 この〈魔蟲の森〉には多くの魔物が住み着いている。それ程強力な魔物がいないとは言え、一歩間違えれば命を落としかねない場所に好んで入るような町民がいるはずもないし、だとすれば、この声は冒険者のものだと分かる。

 では、次の疑問が出てくる。冒険者が慌てるような状況とは。しかも複数人にも関わらず、だ。明らかに慣れていない。と言うことは――そこまで考えて、走り出す。

「――だ!」

「ヒューレンは――」

 木々の間を走り抜けていると、聞こえてくる声は次第に大きく明瞭になる。近づいてる。方向は合っているようだ。

 そして。

「う、ぐう……!」

「エクレッ!? くっ……!」

「ギャぎゃギャ!!」

 腰に青い布を纏い、棍棒を振り上げるゴブリン三匹。それにぼろぼろの剣を構えて相対する少年と、その後ろで腹から血を流している少年。

 それらを視認するや、おれは否や腰の剣を抜き放ち力強く地面を蹴った。

 一瞬で距離を詰め、少年達の前に移動すると同時に手前にいたゴブリン二匹の醜悪な首を横に刎ねる。

 首無しの胴体ごとその後ろにいるゴブリンを蹴り飛ばす。おれが履いているブーツは革製だが、靴底とつま先だけは金属で出来て鋭利になっているので殺傷性が高い。

 案の定、ゴブリンの頭部は衝突の力に耐えきれずにはじけ飛んで、ブーツを赤く濡らした。だらりと下がった手からは棍棒が落ちた。

 ゴブリンが動かなくなったことを見届けると、剣を収め少年たちの方へ駆け寄る。

「あ、ありが……」

「話よりも先に、これ」

 声を遮り、ポーチから小瓶を取り出す。中には青い液体が揺れている。それを未だ意識の戻らない少年の腹の傷に掛ける。

 すると、みるみる内に傷が塞がっていく。しかしまだ完全には治癒していない。

「これって、ポーション……? 高いんじゃ」

「いいから」

 驚きの声が上がるが、ポーチからもう一本取り出して掛ける。そうすれば傷は完全に治癒した。心なしか顔色も良くなっている。

「あ、あの、俺たちを助けてくれてありがとうございます」

 息をつくと、隣から恐る恐るといった様子で話し掛けられる。彼も全身に細かい傷がある。相当奮闘したのだろう。

「けど、俺たち、お金が無くって」

「金はいいよ。それより君も、はい」

 更にもう一本ポーションを取り出すと、若干遠慮しながらも受け取ってくれた。

「……ポーション、ありがとうございます。いつか必ず、お礼します」

「いいよ、そんなの」

 笑って返すが、彼の目の奥には揺るぎないものが見えた。




「『銀級(シルバー) シェイドウルフ五匹の討伐』『銀級(シルバー) ディジン草一〇〇株調達』この二つの依頼が完了しました。もう一つは……」

「それは、期限内には終わらせるよ」

 その日の夕方。受けた依頼の内、二つは終えられたが、残り一つは終えられなかった。

 夜の〈魔蟲の森〉は夜行性の魔物がうろついている上、視界も悪い。長年冒険者をしているおれでも危ないだろう。幸い期限が今日中というわけでもないので、ゆっくりとしよう。

「あ、そうだ。昼間に二人の冒険者が来なかった? このぐらいの背で……」

 あの後。一緒にギルドに行こうとしたが、少年はおれの提案を断った。これ以上迷惑を掛けてしまうのが嫌なのだという。その場で別れたが、心配なので森の浅いところまで気配を消して尾行していた。そのあとは知らない。

 テネリは得心いったように頷いた。

「来ましたよ。すごい冒険者に助けられたんだーって騒いでました。あれってグリムさんのことだったんですね」

「あー、そういえば、名前言ってなかったなぁ……」

 それから依頼の報酬を受け取り、ギルドから出る。

 大通りには今朝とは打って変わって、大勢の人がひしめいている。

 様々な露店が立ち並ぶ横を、おれは歩く。向かう先は宿だ。途中で串焼きの屋台を見つけ、何本か買った。

 歩きながら熱い肉を頬張る。口の中に香辛料と肉の旨味が広がった。昼から何も食べていないおれの体に深く染み渡る。

 平和だ。往来する人々を見ながら、思う。

 見上げれば、茜の空に、金色の雲がたなびいている。

 その美しさに、はあ、と嘆息してしまう。

 その時。

 ――トントン、と。

 肩を叩かれる。馴染み深い一定のリズムで。

 おれは残りの肉を食べ切り、大通りの喧噪から離れ、薄暗い裏路地に入る。

 おれの後ろにいる人物も付いてくる。

 そして、足を止めるとその人物も止まって、言う。

依頼(・・)だ」

 ここはギルドではない。ここで、その二文字が意味するものは、全く別の内容だ。 

 路地に落ちる影はひんやりとしていた。







 おれは何食わぬ顔で路地裏から出て、そのままさっきと同じように宿の方へ歩く。

 ふと視線を下げると、胸当ての一点に真新しい赤が付いていた。

「これなら、いいか」

 呟いて、空を見上げる。

 空は変わらず綺麗だった。


元々連載の一話目として書いてたので、変なところがあるかもしれません。

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