3 Xさんの独白
何を隠そう、日本でXさんと呼ばれているのが僕で、食堂でラーメンを啜っている時に異世界召喚で召喚された若葉弘悦だ。
2年A組の生徒はバラバラの場所で召喚されたにも関わらず、誰一人欠けることなく王城の謁見の間に全員が召喚された。
僕達が選ばれた理由は召喚魔術を使った異世界人にも解らないらしい。
普通に立っていたものはそのまま立っていられたが、僕のように椅子に座っていたものは何の支えもなく床に尻餅をついた。挙げ句に僕はラーメンを啜っていたのでまだ吸い込めていなかったラーメンが顔面にビチョッと落ちてきて、危なく火傷をするところだった。
僕と同じように椅子に座っていたクラスメイトは、そのまま後ろに倒れて頭を打ったものも相当数居た。
その痛みが結構あってお尻や頭を押さえて痛みを堪えていた。
まぁ皆、ラノベやアニメの影響で、異世界転移したことはすぐに理解した。
この国の国王、宰相、王妃、王子、王女、魔法師団の人たち100名近くに取り囲まれてちょっと怖かったのは言うまでもなく理解してもらえると思う。
召喚した方は「成功だ!!」とか「やったっー!!」と大喜びしていたが、召喚された方はたまったものではなかった。
クラスの中には若干浮かれる者、「家に帰して」と怒ったり泣いたりする者、冷静に状況を把握しようとする者など、千差万別だった。
「一度召喚してしまうと帰す方法が今のところない」と説明されて、一度は皆絶望に打ちひしがれたが、魔法が使えると知って、少しずつ前向きになっていった。
国王たちは、異世界召喚した者にしか魔王は倒せないこと、そして残念なことに魔王は50年周期で復活してしまうことが説明の傍ら、僕達が持つ魔法属性の判定が行われていた。
なぜ異世界召喚者にしか魔王を倒せないのか。
それはこの国の人達が扱える魔法のレベルが低いことだった。
異世界召喚者は一度魔法を使うだけでレベル2になるが、この世界の人達がレベル2になるためには毎日一つの魔法を魔力が尽きるまで使っても10年近い月日が必要らしい。
36人の2年A組の生徒は皆、本当に一度魔法を使うだけでレベル2になったのには驚いた。
レベル3になるには流石に1度使うだけではなれなかったが皆、数度使えば面白いようにレベルが上っていった。
家に帰りたいと泣いていた子たちも魔法の魅力に嵌ってしまって、必死にレベル上げをすることになった。
魔王が既に復活しているのは二年A組全員が言われなくてもなんとなく感覚で解った。
魔のエネルギーが強まって人里に魔物の襲来が頻発するようになり、生き物を殺すのが怖いと言っていたクラスメイトも、人が死んでいくことに耐えられず魔物を討伐できるようになっていった。
一人、二人とレベルが100に到達する者が出始め、僕も割と早い段階でレベル100になった。
そして、誰も超えたことがないレベル101になった時、地球への転移ができるようになったことが解った。(ステータスに表示された)
それともう一つ、レベルが101になったとき、鑑定魔法が使えるようになり、鑑定を常時作動させていることで鑑定魔法も簡単にレベル100になった。
残念なことに鑑定のレベルは100を超えなくて、もしかしたら鑑定魔法が101を超えたら新しい魔法が使えるようになるのではないかという期待は裏切られた。
地球への転移に成功したものの、自室を思い描いたはずなのに、何故かシンガポールに転移してしまった時は慌ててしまった。
シンガポールに転移した理由は部屋に大好きなアイドル、ミミたんのシンガポールで撮影したポスターが部屋に貼ってあって、詳細にそのポスターまでも頭に浮かんだからだと思っている。
すぐに自室に転移しようと思ったのだけど、魔力が尽きた挙げ句、現地の人に見つかって警察の人に拘束されてしまった。
仕方なく誘拐されてここに捨てられたかのように装って、日本大使館に助けを求めることにした。
一晩寝たら魔力も戻ったので転移しちゃおうかな?とも思ったのだけど、地球で人が一人消えちゃうと大事になる気がして諦めた。
飛行機で日本に戻ると両親が出迎えてくれて感動の再開も数分、両親も一緒にパトカーに乗せられ警察署に連れて行かれた。
最初に考えたのはどう誤魔化すかだったが、それは無理だろうなと諦めた。
僕が受けているのは間違いなく警察の取り調べだと思う。
決して事情聴取ではないと思う。
怖いおじさんたちに囲まれ、半分以上が恐喝しながらの質問だ。
思わずおしっこをちびってしまいそうになった。
「事情を聞きたいだけですから」
と目の前に座る人は言っているけど、かなり早い段階で机を叩いたり、蹴ったり、僕が「2年A組の皆をどこかに隠しているんだろう」みたいなことを言われたので、犯人扱いで間違いなかったと思う。
仕方なく沢山の人の前で警察の人を二人連れてシンガポールへと転移すると、警察官二人は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
10分も座り込んでいただろうか。
正気に戻ったのは若い人の方が先で、現地の人に「ここはどこだ?」と聞いて回っていた。
警察の二人は転移に納得してくれて、それから元の警察署へと戻った。
それからは大騒ぎだった。
この場にいた全員に転移をお願いされ、全員に納得してもらうことができた。
両親以外には内緒で自宅から何度か異世界転移をして、皆が持っていた日本のお金を預かって、欲しいと言うものを購入して渡した。それはポテトチップスだったり、チョコレートだったり、食べ物が多かった。
日本に転移していることを知った宰相が、便利な道具や紙が欲しいと言い出して、金塊を渡されたが高校生の僕にはそれを現金に変える方法がなく、クラスメイトの生産職の稚内君にブレスレットやネックレスに加工してもらって父と母に色んなところで買い取ってもらって、現金にした。
紙や筆記用具の色々、老眼鏡や時計等を宰相に渡して、宰相の許しを得てクラスメイトたちが欲しがっていた物資を運んだりしていた。
クラスメイトたちも1度は日本に帰って必要なものを持ってきたいと言うので、日本側に内緒で帰すべきかこちらの国の宰相と、日本の偉いさんに相談するべきか皆で相談して決めた。
1人1人を自宅に送るより、一箇所に親に集まってもらったほうがいいだろうと結論が出て、一時的に日本に帰ることになった。
でも、クラスメイトの4人だけは帰らないと言い、欲しいものを書いたリストと金を渡された。
4人以外を一度日本に帰した後、日本に帰らなかった4人の無事を確認したいと警察の人たちに頼まれて、4人を警察署に転移させた。
警察のおごりでご飯を食べさせてくれると言うので4人は食べたいものを言い、日本の食事の旨さを堪能して、すぐに異世界へと送り返した。
それからも色んな人を転移させて、ようやく国の偉い人たちもようやく納得してくれた。
僕達の扱いが警察から内閣府に変更され、総理大臣に転移させて欲しいと頼まれて、僕は総理を連れてホワイトハウスに転移した。
はっきり言って総理を転移させるという時は揉めに揉めた。
SPをたくさん連れて行かなければならないという人が殆どで、僕は異世界に沢山の人を連れていきたくなかったし、総理と二人だけで話がしたいので二人きりで転移したいという思惑を口に出せずに困った。
最終的に僕一人の判断で総理だけを誘拐のように連れ去ったのだが・・・。
総理と二人で帰ってきた時、僕は懇々とテレビで見たことがあるような偉い人たちに説教された。
総理に地球内の転移では魔法の能力は付与されないが、異世界転移すると魔法が付与されることを伝えて、異世界へと連れて行った。
総理は初め宰相に苦言を申し立てていたが、宰相の真摯な謝罪と僕の擁護があって総理は矛を収めてくれた。
僕を話し合いの場から外して宰相と総理は2時間程話し合って、総理は日本へと帰ることになった。
帰る前に総理を鑑定すると炎属性が付与されていたけれど、僕達とは比較にならないほど魔力量は少なかった。
使えても蝋燭の炎程度の着火くらいだろう。
ホッとした。
もしかすると召喚魔術とただの異世界転移では違うのかもしれない。
総理は1度魔法を使ったにも関わらず、魔法のレベルは1のままだった。
このことは宰相に伝えたほうがいいのかと考え、皆と相談してからのほうがいいかもしれないと考え直した。
日本の日付で令和7年1月1日を迎えた。
異世界にはゴールデンウイークも盆暮れも正月もない。
人は働き続けないと暮らしていけない。
本当なら年末から正月にかけて日本に帰りたいところだったけれど、魔王の居場所が判明したため、僕たち2年A組36人で魔王のいる国へと転移した。
生産職系の子たちは安全な場所にいるほうがいいと言ったのだけど「今まで全員で頑張ってきたんだから、魔王討伐もみんな一緒だよ」と言ってついてくることになった。
今の僕のレベルは149。異世界転移をすると面白いほどにレベルが上がっていく。
なのに新たにできることは増えていかない。ただレベルが上がると使用する魔力量がどんどん減っていくだけだ。
クラス全員がレベル100。勇者の安河内聖君も当然レベル100。他のクラスメイトもレベル100を超えられる人はいなかった。
魔王は人間と寸分違わなかった。角もなければ肌が闇色なんてこともなく、黒い瞳と黒い髪をした人間にしか見えなかった。瞳と髪が黒いので日本人にしか見えなかった。
その魔王はまだ成長しきっていないため、幼稚園児くらいの姿をしている。
禍々しい気配だけが魔王だと思わせる部分だった。
「日本人の子供の姿に見えるってことは前の勇者に聞いていたことじゃない!!今倒さないと被害はどんどん増えていくよ!!」
そう言ったのは誰だったのだろう?女子生徒だったのだけは間違いない。
こんな時は女子のほうが強いのかもしれない。
それでも安河内君は剣を振り下ろすのを躊躇っている。
2年A組の委員長の桜田弥奈子さんが安河内君の手に手を乗せて魔王へと剣を振り下ろさせようとする。
「1人で責任は負わせないよ!私も一緒にこの罪を背負うよ」
その言葉を聞いて僕も安河内君の側に転移して桜田さんの手の上に手を乗せた。
魔王は幼子が怯えているような仕草をしている。
心に罪悪感が湧く。
近くにいた蓑田君、勝内さんも僕達の手に手を乗せていく。
魔王は怯えた様子を一転させる。
「くそう!!今代も負けるのかっ!!」
勇者の剣が魔王の肩に当たる。
四方八方から皆手にそれぞれの武器を持ち魔王へと突進した。
「50年後、また蘇って今度こそ我のための世界をっ!!」
その言葉を残して魔王はブラックホールのような黒い闇に飲まれて、鶏の卵位の大きさの闇の卵になった。
その闇が上空に飛び上がって行くので思わず僕は転移してその闇を掴んだ。
僕の手の中にあるのが間違いなく魔王の卵だと考えなくても解る。
ての中の卵に恐怖心が湧いてくる。
僕は上空にある太陽を見て近寄れる範囲で太陽の近くに転移して太陽に向かって魔王の卵を放り投げた。
宇宙空間で体が瞬時に焼け焦げ始める。太陽に近づきすぎたかもしれない。目が最初に潰れた。
そして『確か宇宙空間って−270℃位だったっけ?でもここは熱い』と思いながらクラスの皆が待つ場所へと転移した。
一瞬の間に僕が居なくなって、戻ってきたら体中に火傷を追っているのを見て治療系の皆が集まってきてくれてパーフェクトヒールやエクストラヒールを重ね掛けしてくれた。
潰れた目も、焼け焦げて骨が見えていた体ももとに戻り、僕はむくりと起き上がり皆を見回す。
自分の掌を見て元通りに戻っていることに安堵した。
残念なことに着ていた衣類は全て燃え尽きていて素っ裸だった。
川和田君が慌てて自分のマントを外して僕にかけてくれた。
「魔王の卵、太陽に向かって捨ててきた」
「だったら二度と魔王は復活しないのか?!」
安河内君が期待を込めて僕を見る。
「それは50年後にしか解らない。・・・と思う。復活しないといいなぁ〜・・・すっごい熱い思いしたんだから・・・」
しみじみとした雰囲気になり皆が「そうだな」と言った。
「50年後魔王が復活したら俺等で倒せるかな?」
深南田君がそう口にする。
「流石に無理じゃね?77〜8歳?生きてるかも解らないって」
川和田君が笑いながら答える。
「取り敢えず宰相のおっさんと王様に報告しないと」
安河内君が剣に体重をかけて体を支えながら言い、桜田さんが答える。
「だね〜」
「転移使えそう?」
石埜さんに顔を覗き込まれて自分がフルチンだということを思い出し赤面する。
「魔力も戻してもらったから大丈夫」
「じゃ、帰んべ」
川和田君がそう言って一箇所に集まってもらって転移して国王の元に戻った。
それから宰相と国王様に報告して、50年前の勇者に魔王の卵をどうしたのか聞いた。
前の勇者達は魔王の卵が飛んでいくままに任せるしかなかったと教えてくれた。
僕は飛んでいく先に転移できたから魔王の卵をキャッチすることができた。
「もしかしたらこの世界から魔王が誕生しなくなるかもしれんな」
王様が嬉しそうに話す。宰相もそれに頷く。
「だったらどれほど嬉しいことか」と目を細めていた。
「魔王討伐に2年A組36名は必要なかったよね〜」
「でもクラスの皆がいたからこの世界でも暮らしていけたし、寂しくなかった。だから必要な人数に間違いはなかったんだよ」
そんなふうに話したのは宰相にも国王にも総理にも内緒だ。
このお話でハイファンでも大丈夫になったのではないかと愚行しております。
桜田弥奈子の焦り(悲痛な叫び)を11月22日に告白します。