08.当たり前が簡単だと思えないのです
「絵画を見ているようですね」
港に行くと決まり色々着せられた結果サリーという装いになった。見立てたサージュの説明では、帝国より更に南にある島国の装いで華やかながらも薄絹を纏うので涼しいとのことだった。
「エルメス嬢の白い肌とブルネットの髪を引き立てていいですね。とても華やかでお美しいですよ」
エルメスが美しいと言われたようで照れるようながっかりしたような気がする。
能力が高いとは言われるが、一般的な貴族女性や町娘よりも体格が良いのでかわいいや美しいと言われることがない。あこがれないわけではないが縁がない。
だからこそ自分のことではないと判断し、サリーの説明を始めた。
「簡易のワンピースとこの布だけで不安だったのですが、布が色鮮やかで宝飾品をつけると華やかですわね。驚きましたわ」
「宴や酒宴ではネックレスやイヤリングをつけてもっと華やかに着るようですが、街歩きではお邪魔でしょうからお付けしておりません」
サージュは、アフェクシオン侯爵に何か耳打ちされると真っ赤になった。
「サージュ、いったい何を話したの」
「旦那様に必要なことをお伝えしただけでございますわ。さぁ、港は色々あるのですから早めに行かなければ回りきれませんわよ」
「そうですね。エルメス嬢には、ここを好きになっていただきたいですからね。お手をよろしいですか」
エルメスは、出された手を見て前夫を思い出していた。夫に会うのは、皇室による公式行事の夜会くらいのものだ。
貴族の夫人をエスコートするとき何かと手をとることが多い。だから顔を見る次に手を見ることが自然に増える。騎士だから手のひらが厚く剣ダコが出来ていた。そしてその手をとれば芯まで凍りそうなほど冷たかった。
対してアフェクシオン侯爵の手は、ペンだこが目立つ。目立った剣ダコは、ないものの何で作ったのか細かい傷があった。
「エルメス嬢?」
「申し訳ありませんわ。行きましょう」
観察と感傷に浸りすぎたと手をとればとても温かく胸がいっぱいになった。ただ手が温かいそれだけなのに何故なのか。
「あなたの手は、温かいわね」
「手を触れると思うだけで僕は、少年のように舞い上がっているのでそのせいでしょう」
「これだけで?」
「充分ですよ。続きは馬車で」
エルメスは、馬車に乗り手を離されるとあの温かさがないことを残念に思っているのに驚いた。
「疲れてますよね。一昨日着いたばかりなのに休む暇も必要でしょうに」
「たいして疲れていませんわ。それを言うならあなたのほうではなくて。ゆっくりお休みなさればいいのに」
「不思議と疲れたと思えなくて。あなたとの話がとても楽しいからなのでしょうか。きっと頭が良いから僕以上に色々考えていると思うけど。考えるよりも僕を見てくれませんか」
「言っていて恥ずかしく思わないの」
「僕は、爵位以外に君にあげられるのは真摯な言葉と態度しかありませんから」
外から港町に着いたと声が聞こえた。どうするのかエルメスがアフェクシオン侯爵を見れば苦笑している。
「ここでは、僕のことをエイダーと呼んでください」
「エイダー様ですわね。わかりましたわ。私のことは、いつも通りで大丈夫そうな気がしますわね」
「そうですね。エルメス嬢」
また手を差し伸べられた時に生前の父が言っていたことを思い出した。
「どんな富や名声よりも真摯な言葉と態度が一番得難いと父に言い聞かせられていましたわ。だからその」
エルメスが言葉につまるとアフェクシオン侯爵は、手を取り手の甲にキスをした。舞踏会でよくあることなのに妙に胸が高鳴った。
「ありがとう、そうですね。僕も大切にしたいと思っています。いきましょうか」
エルメスは、この手をとったなら何があるのか非常にわくわくしていた。