外伝 なぜ自分がと言うけれど
「くそ!」
机に広げられた書類を見ながらジャンは、机に思い切り拳を叩きつけた。
「あの弁護士金ばかりふんだくりやがって」
書類には、エルメスを有責として慰謝料や財産を得る事が出来ないと書かれていた。そして弁護士が出来るのは、エルメスから請求されるだろう慰謝料の減額のみだと。
「俺の有責で離婚なんてありえない!」
騎士団は、腕が立つのももちろんだが人望や立ち回りの上手さがものをいう。上官からの覚えが悪ければ辺境や騎士という身分の剥奪もある。家柄、資金、コネ全てを持ったジャンは、なるべくして騎士団長という地位を手にした。
残るは、帝国に多大なる貢献した場合に得られる昇爵を待つばかりだった。しかしここに来て有責の離婚は、足を引っ張りかねないので避けたい。
「金の使いこみ、あの見た目で伯爵家の評価が下がった証拠がないなど。調査会社が手を抜いたとしか思えん」
そもそも弁護士に相談し、証拠が集まりどういう法律に当てはまるのか、下準備をしていなかったのが悪いとジャンは気がついていなかった。伯爵令息だったジャンは、だいたい命令する側だったため命令を実行するための準備をしたことがない。
準備をしていたのは、立場が低い者たちで根まわし等もしてくれていたのだった。
「他の調査会社に依頼するか。あそこはあれでも大きいところだったからどこに依頼したものか」
「そんな伯爵閣下に朗報です」
「誰だっ!」
「私どもは、梟ギルドと申します」
青味がかった黒衣を纏い顔を隠した男が部屋の隅に立っている。扉も窓も開けていないのになぜいるのか不気味だった。かろうじてわかるのは、手のつくりや声の質からして男であろうことか。
「私のようなどこのものとも知れぬ者がいて警戒されているでしょう。ここでお声がけしたのは、今の閣下に私共が必要だと思いました次第で」
「必要だと思うなら事前に知らせこちらが快諾してこそだろう」
「閣下ならお分かりでしょうが、時は金なりでございますとも。今この時を逃せば我々があちらにつくかもしれませんよ?」
顔を隠してもなお隠しきれない嘲笑が声音に現れていた。こんな怪しいものをエルメスが雇うとは思えないが、現状手が出ないのだから使うしかない。
「それでどう助けるというのだ」
「シュルプリーズ令嬢の不利となる情報を作り上げます。横領、脱税、不貞等など。煙がないなら種火を作ればよいのです。幸い離婚の手続きは最近通ったものですからね」
「種火を作るというが今、あいつはアフェクシオン侯爵家にいるんだぞ。いくら没落手前とはいえ簡単に工作が可能な家ではないだろう」
アフェクシオン侯爵家は、数代前に侯爵に上がったわけではない。王族が継承を放棄したと知らしめるために作られた家門だ。他国では異なるかもしれないが、この国では継承順位に侯爵は含まれない。
それでも何かあった時のために厳重に守られている家門だった。招かれなければ簡単にたどり着ける場所ではない。
「だからこそよいのですよ。筋書きとしてシュルプリーズ令嬢は、離婚前からアフェクシオン侯爵と特に懇意にしていた。そしてアフェクシオン侯爵の財政難をなんとかするべく伯爵家の金をアフェクシオン侯爵家へ横領させた」
「それだと横領する元になる金がいるだろう」
「閣下が無駄に金額をかけていると指摘なさった食費と衣料の費用があるでしょう? それが水増し請求するようにしたとすればいいのですよ。水増しされた差額を侯爵家にと。閣下と私共が手をとれば出来るでしょう」
「確かにそれなら」
このままではあいつにいい思いをさせるだけだと梟ギルドと手を組むことにした。
「それではこちらにサインをお願いします」
「いいだろう」
これが破滅の一歩だとジャンは、気がついていなかった。