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06.食事は必要だけど義務ではない

 侯爵の屋敷は広大で、夕飯時近くになっても見きれなかった。それでも通常の生活に支障はないだろうとサージュが言っていた。


「食事のご用意が出来たとのことですので最期に食堂へご案内いたします」

「まぁ、楽しみだわ」


 先ほど厨房を見ただけでも色々準備してくれているのが見れたので楽しみだった。


「こちらに着いて早々休ませず歩かせて申し訳ありません。てっきりティールームや庭園、部屋を案内しているものだと」


 アフェクシオン侯爵は、可愛そうなほど顔を青くしているがエルメスは非常に楽しんでいた。


「謝るほどではありませんわ。つい楽しくて歩いてしまったもの。サージュの説明がよかったのね」

「そう言っていただけて助かります。夫のアルノー程ではないですが、暴走する時があって」

「私の姉も一直線なのでわかりますわ。義兄には、頭があがりません」


 義兄というくびきがあるからこそ引き際を弁えられている。本来ならば自分の商会を持っていてもよい才能と人脈だが、若妻と息子に構えなくなるから今のままを望んでいる。


「義兄というのはアネシス商会元頭取のグッチ殿でよろしいでしょうか」

「ええ、やはりご存知ですのね」

「多少遅れますがここにも新聞が届くので簡単なところは知っています。詳しい所は噂程度になってしまいますが」

「あぁ、帝国新聞の内容ですの。多少誇張も入っておりますが事実ですわね」


事実と聞いてアフェクシオン侯爵も意外そうだった。


「シュルプリーズ商会長が公開プロポーズしたこともですか」

「えぇ、姉が義兄にプロポーズしましたわ。女性から男性にプロポーズというのに驚きましたかしら」


 社交界では、女性からのプロポーズについて様々な言われようだった。しかし姉と義兄の関係性を知っているものからすれば、そうなるだろうと納得していた。

 義兄は、仕事では丁寧で細やかでそつなくこなすやり手なのだが基本の性格が臆病だ。姉は、


「それもですが、歳が離れているでしょう」

「歳など些細なものですわ。良きビジネスパートナーで愛し合う二人が共になれないなんてことがありますの?」

「それを聞いて安心しました。私とあなたも歳が離れているから少し不安に思っていたんです」


 真っ直ぐにエルメスを見つめる瞳に視線を逸らしたくなる。伯爵がエルメスに一度も向けたことのない眼差しだった。


「坊ちゃま、ゆっくりお話出来るのが大変嬉しいとじいにはわかっております。でもお座りになって温かい料理を食べながらお話されるのも格別でございます」


 メントルの言葉にアフェクシオンとエルメスがお互い視線を逸らす。


「全く齢が上なのを気にするならば、ここはぐっと堪えて体調を気にしつつエスコートくらいしなされ。だからまだまだ坊ちゃまなのです」

「メントル、そこまで言わなくともいいじゃないか。でもうちの料理人の料理は絶品だから楽しみにしてほしい」


 アフェクシオン侯爵は、笑顔で椅子を引いてエルメスに促した。エルメスも笑みを浮かべ椅子に座る。

 二人が席に着いたのを皮切りに料理が運ばれてきた。


「食べられないものはないと聞いていましたが、大丈夫そうですか」

「大丈夫だと思いますが見たことのない食材があってわかりませんわ。この白いのは白さが際立って断面が美しいですわ」

「これはイカです。内陸部では乾燥したものを珍味として食べると聞いてます」

「あぁ、食べたことがありますわ。美味しいのですが途中で疲れてしまいました」

「これは弾力がありますが柔らかいのですよ。特にトマト煮込みが好きで」


 目尻を下げながら楽しげに話すので本当にアフェクシオン侯爵の好物なのだろう。


「そうなんですの」

「今日は、テーブルマナーを置いといて気になったものを食べてみてください」

「なら先ほど紹介いただいたイカのトマト煮込みをいただくわ」


 赤いトマトと白いイカと緑のバジルのコントラストが美しい。掬って口に含めばトマトの酸味と玉ねぎの甘み、それを邪魔しないイカの風味と食べ応えのある食感。最期にバジルの爽やかな香りが残るのがよい。


「美味しいわ。素朴だけど素材の良さと丁寧に下拵えされたのがよくわかるわ」

「下拵えは、私にはわからないがいつもとても美味しいよ」

「えぇ、本当に。そういえばボンゴレというのはどれなのかしら。ボレは、ボンゴレがおすすめと」

「ボンゴレは、これとそれさ」


 アフェクシオン侯爵が指差したのは見た目が異なる二皿だった。


「驚いたかい? ボンゴレっていうのはこちらの地方での貝の名称でね。料理の仕方でボンゴレ・ビアンコ、ボンゴレ・ロッソとか色々あるよ」

「そうなのね」

ボンゴレ・ロッソと言われた方は、貝のトマト煮込みに見えた。ボンゴレ・ビアンコは、輪切り唐辛子と刻みニンニクをみるに塩もしくは白ワインが中心に見受けられる。

ひとまず味が淡白そうなボンゴレ・ビアンコを先に食べてみた。


「奥深い味わいね。それぞれが多すすぎても少な過ぎても味がまとまらなくなってしまうわね。何より後に微かに残る風味がいいわ」

「本当ですね。なんとも私好み」


 アフェクシオン侯爵は、途中から噛みしめるように食べ始めた。


「ボレ、僕の秘蔵の白ワインを使っただろう。あれはゆっくり飲むつもりだったんだよ」

「秘蔵の美味しいワインだから美味しいボンゴレ・ビアンコだったでしょう?」

「いままでで一番おいしい味だったよ…」


 あまりの落ち込みように可愛そうに見えたので早めに持ってきたワインを渡そうかと考えた。


「侯爵様、美味しい料理のお礼に実家に置いてある白ワインを贈らせていただいてもいいかしら」

「白ワインですか。そんな僕があなたをもてなしたいから出したので不要です」

「元々手土産としてお渡しするつもりでしたの。受け取っていただけると嬉しいわ」


 そういうことならばと侯爵が納得したようなので荷物から持ってきてもらう。


「こちらなのですがいかが?」

「これは! 春雷。うわぁ、すごい初めて見ました。口に含んだ瞬間の清涼さとその後のふくよかな風味、豊かな味わいから名付けられたとか。名酒中の名酒の一本ですね。本当に貰っていいんですか」

「ぜひに」


 アフェクシオン侯爵は、玩具を貰った子どものように顔を輝かせている。伯爵は、何を贈っても感謝や喜びの言葉すら言わなかったのを思い出した。


「家宝にしたいくらい嬉しいです」

「喜びすぎですよ」

「好きな人から初めていただいたものですから当然です。とても飲みたいですが勿体なくて飲めませんね」


 エルメスは、好きな人と聞いて胸がざわついた。人に思われるというのは、思ったよりもくすぐったいようだった。


「決めました! 初めて貰った記念にこのワインを城のものに振る舞いましょう」

「ご自分でお飲みにならないの?」

「私も飲みますがあなたが気づかいの出来るいい人だとわかってもらえるいい機会です。それに空のワインの瓶は残るのでそれを見て楽しみます」

「坊ちゃま、さすがにそれは」


 メントルが困惑した表情を浮かべている。


「そう決めたんだ。本当に一口くらいしか配れないけど。僕の家族たちにも知って欲しいから」

「私は、かまいませんわ」

「ありがとう。メントル、頼む」


 メントルは、恭しくワインを受け取ると奥へ下がった。


「改めてありがとう。エルメス嬢。こんな大変な土地に来てくれて」

「人が親切でとても思いやりがあるいい所だわ。海の幸も美味しいですし」

「そう言ってもらえると嬉しいです」


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