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05.過去があって未来があるものです

 エイダーとアルノーが張り切って仕事に戻ると、執事長と侍女が残った。


「歓迎いたします。シュルプリーズ様、私は執事長をしておりますメントルと申します。横におりますのは侍女長のサージュです」

「紹介ありがとうございます。私は、エルメス=シュルプリーズですわ。来たばかりだから案内していただけるかしら」

「かしこまりました。サージュ案内を」


 サージュは、愛嬌のある笑みでエルメスを出迎えた。侍女長という肩書にしては若い見た目だとエルメスは不思議に思った。


「はじめまして、お困りごとや頼みたい事がありましたら専属侍女か私に言ってください。急ぎ対応します」

「ありがとう、よろしく頼むわね」


 落ちぶれつつあっても公爵家のため、屋敷は城のような造りで堅牢であった。サージュの説明では、初代侯爵が海と敵の備えが重要だと山の上に建て自給自足出来るように井戸や畑が城内にあった。何代か前に津波が襲った時に領民を全員避難させたという。


「津波が来た時はどこまで来たのかしら」

「海沿いの街は、全て飲み込まれたと聞いています」

「よく全員避難したわね」

「尊敬する領主様が逃げなさいと言ったらみんな頑張って逃げたのだと思います。逃げたらその後は、何とかしていただけると」


 真っ直ぐに紡がれる言葉が、アフェクシオン公爵家に対する信頼を表していた。その信頼は、とても眩しく懐かしい気持ちになる。コレール伯爵領で仲良くなった領民達は、元気に過ごせているだろうかと胸が痛くなった。


「昔の出来事は、これ以上わかりません。でも一昨年の干ばつの時に公爵家の備蓄の開放と減税を行ってくれました」

「えぇ、それは知っているわ。帝国新聞で記事になっていたもの」


 貴族寄りの記者だったのか侯爵の行動を人気取りだと貶していた。しかしエルメスは、領民あっての税金であり税金で暮らす貴族は、領民を守らなければと思っている。

 長期的に見れば領主への信頼に繋がるはずのため、単なる人気取りと言う訳ではない。


「まぁ! だからお嬢様は、閣下のことをご存知だったのですか」

「ずいぶん大盤振る舞いをするなと思っておりましたの。それに社交界の噂にあまり上がらない方だったから気になりましたの。それにあまり社交界に顔を出さないので珍しいなと」


 大半の貴族が王都に屋敷を持ち社交シーズンになれば顔を出す。アフェクシオン侯爵は、建国祭と新年会しか出てこないので新聞に載っていた時は二度見したものだ。


「そうですわね。ずっと仕事をしているか領内の見廻りをしているので奥さまを迎えるためにも社交に力をいれてくださいとメントル様とお話していた時もありましたわ」

「あらあらそうなの。でも奥さま候補として私が来たのはがっかりしたのではなくて」


 太りすぎたエルメスの容姿は、貴族でも庶民でも好かれるものではない。それ以上に性格がはっきりしすぎてきついとさえ言われている。だからサージュが、きらきらと子どものような瞳で見てきて思わず後ずさってしまった。


「いいえ、さきほどアルノーを言い返したがかっこよかったです。夫も反省して家に帰ってきてくれると嬉しいんですが」

「あの場に夫君がいたのですか」

「エルメス様に食ってかかったアルノーは、私の夫なのです」


 アルノーとサージュが夫婦と聞いてもあまり想像が出来ない。二人の性格がよくわからないのもあるが、夫婦というのがよくわからないというのもあるだろう。


「私も仕事が好きなので夫が仕事に打ち込むのが嫌ではありません。でも時々無性に一緒にいてほしい時もあるので。もっと一緒にいれたら嬉しいと思う日もあって」

「サージュさんは、アルノーさんがとてもお好きなのね。……羨ましいわ」


 ジャンとは戦略結婚だったが、愛そうと努力した時期があった。贈り物をしたりデートに誘ったりしたのに、忙しいという伝言だけだけで手紙すらくれなかった。一緒にいたいというのは、一緒にいて楽しい思い出がある人の考えだろう。


「申し訳ありません!」

「謝らなくていいわ」

「でもだからこそエルメス様は、お優しいのだと思います。学があるわけではないのでなんて言葉を言えばよいのか」

「優しいと言われただけでも充分嬉しいわ。性格がキツイ、はっきりしているとは言われたことがあっても優しいと言われたことがないの」


 そこからしばらく歩くと重厚な扉が目に入った。公爵家らしい装飾だが、一歩間違えればまるで金庫のようだと近づいて眺める。


「こちら公爵家自慢の図書室です」


 開けられた扉の先は、おびただしい数の蔵書の数々だった。少し部屋が薄暗いと思うが、本が焼けないようにするための工夫だろう。


「素晴らしいわ。どんな内容の本であれこれだけの数を保っていられるのは財力と根気がいるわ」

「その通り! いやはやさすがシュルプリーズ商会頭取の妹君ですなぁ」

「オンラード様またここで寝ていたんですか」


 よれた服に梳かしていない頭のお爺さんがテーブルの向こう側から起き上がった。軽い口調なのにその目は、鋭く品定めしているようだ。


「サージュ嬢、歳を取ると昼寝の時間が必要なんだよ。疲れやすくていけない」

「次代に任せて隠居してもいいのですよ」

「私からするとみんなまだまだでねぇ。侯爵家の連中は、どうも素直すぎる」

「そこが良いのではなくて? 必要としない環境だったのならなおさら」


 わかっていて素直な性格に育てたのだろうと遠回しに言えば、オンラードは満面の笑みを浮かべた。皮肉を言って笑顔を向けられるのは気味が悪い。


「それもそうですな。侯爵がひねくれたら、からかい甲斐がない。わしの趣味が減ってしまうわい!」

「いい趣味ですわね」


 あの侯爵なら毎回相手にしてくれて反応を返してくれるからオンラードは、さぞ楽しいだろう。人が良さそうな侯爵が生き長らえてこられたのは、オンラードの影響が多いにありそうだ。


「やはり若いものに張り合わんとな。ここは、十代前のご当主様が臣籍降下された時に、写本された本を寄付されたのがきっかけで帝室の次に書籍が多い。奥様は、本が好きなようなんでたまに来て話してくれ」

「そうさせていただくわ」


 話をしたいということは、オンラードのお眼鏡に叶ったらしい。そして次にサージュは、厨房へ案内したいという。


「貴族の方が行かないのは承知しているのですが、奥様が考案された料理に感銘を受けたから会いたいと料理長が言っていたので」

「構わないわ」


 案内された厨房は、戦場のように忙しなく殺気立っていた。


「あっ、サージュさん。その方が奥様ですか」

「キャー!! ボレさん、見えたから来たんでしょうが。その格好はなんですか!」


 白い厨房服が、何かの赤いのがたっぷりかかりまるで血のようだ。しかし赤い色に光沢がないのに鮮やかな色を見ればベリー系統なのではないだろうか。


「ベリーを煮詰めていたのかしら。私、ベリーのジャムとパンが好きなの」

「それはよかった! ここらで採れるライベリーというもので。とても甘くて美味しいんです。今晩のお料理にお出しする予定です」

「赤い色でよくベリーとわかりましたね。私は、てっきり血だと思ってしまいました」


 サージュのように服に付いた赤いもので血を連想してしまうのも無理はない。


「血は、流してすぐでは鮮やかな色をしていますが時間が経つと黒くなりますわ。ブラッドソーセージというのがあって見た目は、赤黒いわね」

「血も食べられるのですね」

「調理方法次第でね。名前は、ボレでいいのかしら」

「ボレは、愛称でボンゴレといいます。父がボンゴレビアンコが好きでつけたんですが、私も好物でして食べたくなるので愛称で呼んでもらっています」


 エルメスは、息子に好物の名前をつける父親がどんな人物なのか非常に気になった。


「ボンゴレビアンコ食べたことがないわ」

「それでしたら。いいアサリが入ったらお出しします」

「アサリ……ここは海が近いのでしたわね」

「もしや奥様、貝が苦手でしたでしょうか」

「帝都と伯爵領は、内陸だったので珍しいですわ。お陰であまり食べたことがないの」


 父が生きていたころに海のものを扱おうとしていた記憶があった。姉の話では、家族で海に行ったこともあったらしいが幼すぎてエルメスの記憶に残っていなかった。


「それでは腕によりをかけなければなりませんね!」

「期待しておりますわ」

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