32.はやく大人になりたいと思っていた時期もありました
「疲れましたわ」
「大丈夫? エルメスお姉さん」
「エルメス様、お茶です」
「ありがとうサージュ。あれは予想外でしたわ」
視界の端には、ミラレスが描いたデザインを元に討論をする三人の姿。着る本人のエルメスが圧倒勢いで押し負けてしまった。
「あの、失礼します。おっ、お呼びと聞いて参上しました」
「きゃー! テナシテ久しぶりー!」
「なんでミラレス様がいるんですか。また無茶な加工がしたいとか」
「エルメス様とアフェクシオン侯爵の衣装作りたいから協力なさい」
「気になりますけど睡眠時間だけは欲しいです…」
女性が五人も集まればとても賑やかで、お昼寝していたイムカンが入ってきた。神獣の子どもらしく自分で開けたり人に開けさせたり器用だった。
「わぁ、エルメス様、可愛いこですね」
イムカンが喉を鳴らしながらテナシテにじゃれている。テナシテは、恐る恐る触っていたが毎日ブラッシングしてサラサラふわふわな毛並みに顔を緩めている。
「その子は、虎の子供のイムカンよ」
「なるほどだから足が大きいって虎!?」
「その猫は、虎でしたの?毛皮しか見たことがなかったわ。南部では虎を飼うんですね」
「通常は、そんなことないのですが訳ありで」
エイダーが苦笑しながら言うとイムカンを撫でていたテナシテが固まっている。お腹を上にしてごろごろしている姿は、まさしく猫のようにしか見えない。親から離れて寂しいのもあるのかもしれないがこんなに人間と慣れ合って大丈夫なのかと少し不安に思う。
「エルメスお姉さん、僕が触っても大丈夫でしょうか」
そわそわした様子でルイがテナシテを見ている。遊んで貰えるのかとイムカンは、楽しそうに尻尾をぱたぱたとして鳴いた。
「いいと言っていますわ。そうだわ一緒に遊んでくれないかしら。あと少しでお散歩の時間なのですが抜けられそうにありませんし」
テナシテを含めてさらに衣装デザインについての話し合いが過熱していた。エルメスの衣装の話のため抜けたら後で非難されそうだ。
「一人と一匹では心配ね。そうだわ、メントルと行ってもらいましょう」
「お呼びですかな」
「執事長に頼む仕事ではないのですが」
「奥様の大事なご家族なら重要な仕事ですよ。ではお二方参りましょう」
エルメスは、息子が二人いるメントルならば安心して任せられると見送った。
二人と一匹は、庭を中心に城をまわっていた。北に位置する帝国に比べてアフェクシオン侯爵領は、温かく頬をなでる風は心地よい。
「よろしくお願いいたします。メントル様」
「この老骨は、メントルで充分ですよ」
「次代に譲ったとはいえ、侯爵の懐刀たるシダー子爵には充分に敬意をはらいたいです」
ルイは、貴族に通用する商人として身を立てたいと考えていた。シュルプリーズ商会は、平民とお金持ちには売れているが貴族の販路が弱い。叔母であるエルメスが伯爵夫人として長年宣伝してくれていたが大好きなエルメスが辛い思いをしてほしくなかった。
「シュルプリーズ家の次代は、順調に育っているようですね。ご両親の教育がよいのでしょうか」
「両親と叔母のおかげです。家族を守るには力が必要です」
ルイが力強く言うとメントルは、懐かしそうに目を細めた。
「ルイ様は、お嫌でしょうがうちの坊っちゃんも同じことを言っておりました」
「坊っちゃんってアフェクシオン侯爵ですか。でも嫌とかそんなこと」
「恋敵に似ていると言われて嬉しい者はおりますまい。自分の方がよく知っているのに年齢も立場も関係性も敵わない相手ですしな」
メントルの言い方が諦めろと言っているようで思わずカッと血がのぼった。
「僕も十五歳になれば結婚出来る! だから負けてない。僕は大陸一の商人になって迎えに行くんだ」
「そうですか。若いと情熱的じゃのう。さてイムカン様、そろそろ帰りましょう。厨房からおいしそうな匂いがいたしますぞ」
「うにゃー」
イムカンは、存分に生垣に突っ込み石畳をごろごろ転がりすっかり汚れている。
「君、そんなに草をいっぱいくっつけていたらびっくりされるよ」
ルイが葉っぱをとるとイムカンは、ごろごろと喉を鳴らして横になった。せっかく綺麗にしたのに何をしているんだ。
「歳が近い子どもと遊べて楽しいんですな。この城に子どもはいませんしのぉ。兄が出来たように思うのかもしれまんな」
「なーぁお」
兄と呼ばれてルイとしても悪い気がしない。兄貴分として弟の面倒を見ることにして寝転がっているイムカンを抱っこした。街でみたことがあった兄弟は、寝ている弟をおんぶして家に帰っていた。イムカンは、とても温かかった。
「はやく大人になりたいけど大人になってもイムカンは、遊んでくれるかな」
「とても賢い仔なので覚えておりますとも。なんなら大きくなってとてもびっくりするとおもいますぞ」
こんな小さい小虎が覚えているだろうかとルイは、イムカンを抱えて母が待つ城へ戻るのだった。




