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外伝.幸運を手放した男

「なんだと! もう一回言ってみろ」

「執事を辞したいと思います。タウンハウスに残っているのは、私のみ。執事がいる必要もないでしょう」

「待て、私のみとはどういうことだ。侍女やメイド、コック、庭師や屋敷の管理はお前の仕事だろう」

「皆、給料の未払いで辞めました。旦那様にお伺いし一任するというので許可しておりました」

「そんなこと」


 ジャンは、ずいぶん前に神妙な顔で何か言ってきたのを思い出した。どうせまた領地の資金繰りが悪いという話だろうと良いようにしろと言った気がする。


「使用人の給料が払えないわけがないだろう。騎士団の給料と領地の収入もある。今までと変わらないだろう」

「領地の収入が赤字で屋敷に使える資金は残っておりません。旦那様は、報告をお読みになっていましたよね」

「もちろんだ」


 受け取った報告書は、後で読もうと思って積んだままだった。最近のは、まだ読んでいない。


「鉱山で採掘される宝石が枯渇仕掛けており細かいクズ石しか出ません。クズ石では、価格がつきませんので減収しております」

「確かに鉱山が枯渇するのはわかるが酪農は違うだろう」

「酪農は、牛肉の販売が落ち込んでいます。一時期は、牛の病で希少価値があがり販売数が多くなっていました。しかし他領の牛肉販売も増えているのでコレール産の牛肉販売が減っています」


 無表情な執事が他人事のように説明しているが自分自身も困るはずだ。


「そういうことも含めてお前に任せていたんだ。なぜ出来ない」

「私は、執事として御屋敷に関係する一切合切の教育を受けております。しかし、商売や領地運営について素人。現状維持で精一杯です」

「あのデブが出来てなぜ出来ない」

「エルメス様は、商売において抜きん出ておりました。それは、私では到底追いつけず先代が旦那様の妻にと願うほどのものです」


 ほぼ浪費しかしていないあの女にそんな価値などないはずだ。騎士団長の給金で足りないというのも変な話だ。


「お前まさかあのデブと結託して伯爵家の金を使い込んだな! あいつがいなくなって引き出し先がなくなって困ったから俺にこんな話を。恥を知れ!」

「滅相もない。先代が職に困っていた私を雇っていただいた恩が」

「それは、俺ではなく親父だろう! 俺なら騙せると思ったがそうはいかない。お前は解雇だ!」


 ジャンが拳を机に叩きつけると執事は、深く頭を下げた。


「ジャン様、いままでお世話になりました。この先の御多幸をお祈り致します。それでは」


 その姿は、かつて騎士団と皇帝の相手にと忙しい父の代わりに気にかけてくれた。頼りがいのある執事のはずだったのになぜだろう。気が付けば周りに人がほとんどいなくなってしまった。


「くそ、全部あのデブのせいだ。親父も屋敷の奴らもみんなあいつばかり褒めてた。俺の方が頑張っているのに。いなくなっても俺を困らせる。だがあいつは、いま侯爵領にいるから手出ししにくいしな。待てよ。あいつはデブだからドレスは特注だったな」


 王宮で行われる年越しのパーティは、侯爵の婚約者として出る必要がある。公式の場で揃いで出ないのは外聞が悪いからだ。ジャンは、警備を理由にエルメスを一人で出席させていたが侯爵で婚約者を連れていかないわけがない。


「あのデブ御用達の王都のドレス店に圧力をかけるか…そうだな。密輸品が入っているとタレコミがあったということにしよう。ドレスをどこで買っていたかは帳簿を見ればわかるだろう。みすぼらしいドレスを着たあいつを馬鹿にするのが楽しみだ」


 一人高笑いするジャンを戒めるものはもう誰もいなかった。 

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