24.変わること、変わらないこと
「エルメス嬢、お手紙が届いていますよ」
「ありがとうございます」
「これは今日の薔薇です。日差しが和らいできたので虹色の光沢がよくでてきました」
エイダーから受け取った薔薇は、確かに前よりも虹色の光沢がよくでている。まるでオパールのような不思議な色と輝きを放っている。
「薄っすらと虹色の光沢が見えた前もいいですが、このようになると様々な色合いが混ざっていますのね」
「えぇ、この色合いをだすのに苦労したと記録が残っていました。僕も色々努力しているのですがこれと思う条件がわかっていないです。今度肥料を変えようと思っているんです」
たぶん薔薇の世話が趣味になっているのだろう。とても話が長い。いまのうちに渡された手紙を呼んでしまうことにした。
手紙は、エイダーとエルメスが婚約を喜ぶ内容だった。婚約出来なくともよいとシャネルなら言ってくれただろうが、とても心配してくれていただろうことが想像がつく。年末の新年会には、王都に行くことになるはずなので顔を見せに行こう。
「新年会が楽しみなのは久しぶりだわ。結婚していたけれど一人だったから」
伯爵家の領地にいたときに食事に誘われた時があったが家族との時間を優先させていた。家族のもとに笑顔で帰る様をいつも見送っていたものだった。
「そうなると僕も貴方と家族になるのが楽しみです。メントル達が気を利かせてくれましたがそれでもね」
「なんとなくわかる気がしますわ。姉が義兄と結婚した後、邪魔者扱いをされたわけではありませんでしたが少し肩身が狭かったように思いました」
相手に邪険にされたわけではないのに心苦しく思ってしまうのは、誰でもあることかもしれない。それでもお互い共感することがあるというのは嬉しくもあった。
「あとは皇帝の承認待ちですね。侯爵家と子爵家では家格差がありますが我が家の台頭を許さない皇帝なら問題ないと思います」
「帝位継承権が一番下でも今の皇家では危ないのですか」
海から来る侵略者への対応や災害支援、領の政策などからアフェクシオン家の民の人気が高い。エイダーが帝都に殆ど足を踏み入れないのも皇族に刺激を与えないためだろう。
「両親は帝位争いに中立だったようですが、派閥にいれたい皇族の誰かの差し金で暗殺されました。あぁでも皇帝ではないようなので安心してください」
エイダーがふわりと花がほころぶような笑みを浮かべて微笑むのでエルメスは泣きたくなった。その表情は、恨みとは対極にあり、なぜそんな風に笑えるのだろうか。
「なぜそう思うのですか。私には出来ません」
「お恥ずかしいのですが若気の至りで皇帝に直接聞いたんです。馬鹿でしょう。そしたら泣きながら申し訳ないと言われたんですよ。自分ではないが大事な帝国民を死なせて申し訳ないと言っていました」
「それは芝居ではないのですか」
貴族の言葉は、ほんの少しの本気と半分冗談で半分嘘で出来ている。貴族の頂点たる皇帝も同じだろう。
「これでも人を見る目があると思っていますよ。それに僕は、直接その様子を見ていたんです。僕の話し方が悪いのかもしれませんが嘘をついていません」
「本当にずるいですわ。貴方がそういうのならそうなのでしょう。私は、皇帝と話す機会などないですから」
「新年会の前に会うことになりますよ。侯爵以上の婚姻には、皇帝の承認が必要ですから挨拶をします」
「そうなのですか」
「婚姻は、政治的な意味が強いですから把握しておきたいのでしょう。特に問題なければ承認や挨拶するのに抵抗などないでしょう?」
確かに勢力拡大や皇家に叛意がなければ軽く済ませることが出来るだろう。腹に一物あるのなら顔を合わせたときに牽制しやすい状況といえる。
「僕は、ずっと皇帝たちと敵対しないようにしてきました。だからエルメス嬢と僕が結婚することに反対はされません。安心出来ましたか」
「微妙な立ち位置に落ち着く様に頑張っていたのね。貴方の努力と胆力に敬意を示したいわ」
「そこまで言われるようなことではないのです。ただ臆病者なんですよ。僕は」
「ご両親が亡くなっているのですから領民の命を預かっているのは貴方ですわ。私は、貴族としての責務だけで領民を預かることはなかったのですから。臆病ではなく責任感が強いのですわ」
エルメスは、本当の意味で一人に追い込まれたことがない。商会が傾き畳むしかないないとなった時は、姉と何度も話し合いグッチ義兄が相談にのってくれた。伯爵家の時は、同じように苦労していた家人たちと相談している。
「話せないことも多いでしょうけど私も相談にのれるようになりたいわ」
「そうですね。お願いします」
話をしていると外からノックがした。
「エルメス様、準備はよろしいでしょうか」
「えぇ」
「おでかけですか」
「ドレスを買いに行こうと思いますの」
侯爵家に来てからだいぶ痩せてきていままで着てきたドレスではゆるくなっていた。サージュが手直ししてくれるというが市場視察を兼ねて普段着を何着か購入したい。他にも買いたいものがあるのだが緊急性が薄い。
「侯爵家に呼んでもよいのですよ。侯爵家御用達となると箔がつきますから」
「舞踏会や祭りで着るのならともかく普段着なのでそこまで仰々しくしたくありませんわね」
「そうですよ。エイダーさま、エルメス様は私とパジャマパーティをするために新しいパジャマを買うんです」
「ぱっ、ぱじゃま」
エイダーが真っ赤になって黙ったのでいまのうちに出かけることにした。




