20.敵の敵は味方ですわ
いつも通り仕事をしているゴンゾに領主館長が血相を変えて走ってきた。
「ゴンゾ貴様いったい何をしたのです!」
「いきなりなんだよ」
「名指しでお触れが出ました」
御触れが出るのはまれで災害や今後見込まれる被害があれば領主館の前に貼り付けられる。しかし、副館長のゴンゾが知る限り御触れになるような出来事などないはずだ。
「領主様の名誉を傷つけたと訴えられています。公開裁判を行うので出頭するようにとねえ」
「公開裁判!?」
領主の名誉を傷つけたということなのに、秘匿せず公開する意味がわからない。きっと見間違いだろうとゴンゾは、緊張と苛立ちで速る心臓の音が聞こえた。
「副館長のゴンゾは、君か。私は、アフェクシオン侯爵の副官のアルノーだ。アフェクシオン侯爵から裁判に出頭願いが出ている」
「領主様の名誉を傷つけるようなことなど何も」
「同じ領主館に働いている人物に暴行したこと。それを隠蔽したこと。覚えがありますね?」
カルノーの言葉に覚えがあったがどの人物のことなのか思い出せない。必死になんていうべきか思い浮かばない。せめて推測しにくいように言葉少なく返答すべきだろうか。
「黙秘も帝国法に定められた権利です。ですが証拠が上がり侯爵家は、被害者たちに訴えられました。それに対する損害の話なのですよ。おわかりですか」
「それがわからない。なぜ侯爵家が民間人に負けるんですか」
一般的な貴族ならば庶民の訴えなど一蹴して跳ねのけるので、裁判で負けるなど聞いたことがない。
「侯爵家が事態を重く見たからです。元よりアフェクシオン侯爵家は、強き者が弱き者を虐げることが嫌いな一族です」
「そうでしたね。ははは」
関係のある貴族と連絡が取れれば優秀な弁護士を紹介出来るかもしれない。それが無理でも法廷が開かれる前に偽証する証人を確保しなければとゴンゾは、冷汗をかいていた。
その夕方、アフェクシオン侯爵邸には弁護士のウルフが訪れていた。話は、副館長の暴行事件の話であり関係者が集まっている。
「召喚状を渡した時点で顔が真っ青だったぞ陰険オヤジ。俺、色黒でも顔が青くなるなんて初めて知った」
カルノーがしみじみと言うとライチが晴れやかな顔をしていた。
「それは相当焦っているようですね。それだけでも相当すっきりします」
「あらあらライチさん、これは始まりですわよ。でもまぁ、貴女が直接戦う裁判は終わっていますから一安心でしょうね」
「はい、でもまさか副館長が暴力を振るった人物を集めて領主館に訴訟をしようと考えつきますね」
ライチ達が行ったのは、被害者達を集め暴力の温床をつくる元になった領主館を訴えることだった。そして領主館のトップになっているアフェクシオン侯爵家は、謝罪と慰謝料を払うことに同意した。
そして訴えられたアフェクシオン侯爵家は、原因となったゴンゾを訴えたのだった。
「本来ならば被害者と加害者で法廷で戦うべきでしょう。ですが大抵の裁判は、長期化するのが常です。ですがライチ氏を始め長期化すると生活が困窮するでしょうから決定事項でした」
「そんなところまでご心配いただきありがとうございます」
「ウルフやるじゃない」
「仕事ですから」
ウルフは、そっけなく返答をしているがエルメスに褒められて目じりが赤くなっている。
「でも他の被害者を探してくれたカルノーもすごいわね。大体の被害者が仕事をやめていたそうじゃないの」
「辞め方が不自然なやつらを総当たりした。下町に友人がいるからそれは楽だったんだ。昔エイダーと下町を駆け回ってたから知り合いが多いんだ」
「侯爵家子息が下町を走り回ってたんですの?」
エルメスからすれば高位貴族が走るというと武道などの体力づくりというのが頭に浮かぶ。王都で婚約者として通っていた際は、だいたい体づくりのため走りに行ったときかされていた。しかし執事の焦りようからみて走りに行ったわけではなさそうだった。
「引っ込み思案でしたからアルノーに引っ張っられてという形でしたが楽しかったですよ。でもずいぶんメントルに叱られましたね」
「父上には元気があるのはいいことだと言われたことを思い出しましたよ。懐かしいな」
エイダーが家族の話をするのは珍しい。夜にエルメスと話している時も聞いてもよいものか分からず話題を出さなかったというのもあるだろう。
「走るで思いましたがエルメス様、やつれましたかな?」
「まぁ、ウルフ様! エルメス様はやつれたのではなくお痩せになってきているのですよ。適度な食事と運動のお陰ですね」
「イムカン君のお散歩は、大変ではありますわね」
イムカンは、虎の子だからか元気いっぱいに屋敷を走り回っている。それでもなお元気なのでしばらく外を散歩させていた。
「でも前より動きやすくなってうれしく思いますの。今度湖まで歩いてみたいなと思いましたのよ」
「湖ってあそこかな。僕も用事があるから行きたいですね」
「それではピクニックにしましょうか」
ピクニックの詳細は、後日にしてこれからどう動くのか確認に戻した。というのもウルフが目に見えて落ち込んでいたからだった。
「侯爵家としては、罪を公にして副領主館を解任させます。それと同じことが起きないように監視する第三者組織を発足させようかな。ライチさんには、そちらに異動して貰いますね。詳しい説明は、カルノー頼みます」
「もちろん」
ライチは、恐縮したように縮こまってしまったが決意したように頷いた。彼女がうつむかず頑張れるようにエルメスは祈っていた。




