17.歓迎しますわ!
「そういう様子を見るとただの猫のように見えるのう。虎の子じゃと思うのだが」
オンラードが不思議そうに見ているのは、エルメスが猫だと思い拾った虎の子だ。首にリボンを巻かれてお気に入りのクッションでごろごろしている。こんな姿をしていれば猫にしか見えない。
「見た目は虎の子じゃが、野生はどこに行きよったんじゃ」
「エルメス嬢がだいぶ可愛がっていたので懐いてあんな風に」
「なんじゃ、お主虎の子に拗ねておるのか? 子どもが出来たら母親は子どもにかかりきりになるんじゃから予行演習じゃな」
オンラードは、羞恥で赤くなったエイダーを見て情操教育を間違えたかなと呆れていた。
「こ…子ども。いえ、その気が早いですよ」
「何をいうとるんじゃ。嫁に来て欲しいと言ったんじゃろうがなさけない」
「それでもここに今いてくれるだけでいっぱいいっぱいなんです」
「わかるぞ。俺もサージュが家にいるだけで信じられないと思っていた」
「アルノー」
固い握手をしている二人を見ているとこの主にして家臣ありというべきなのか、東方の言葉でいう類は友を呼ぶと言うべきなのか迷う。どちらも初恋をこじらせた男どもなのでひたすら重い。
「それよりもじゃい。虎の子ならば森に帰した方がよいじゃろう。昔の記録では虎は、同族意識が強いらしいでな。子どもを連れていかれたと報復で周辺が襲われかねん。不思議と報告が上がっていないからいいのじゃが」
「村を襲うほどの知能があるのですか」
「昔、ここを開拓したものの手記が残っておって子どもを殺めた者に報復した虎がいたと書いてあった」
どれほどの被害があったのか手記には残っていない。他の事象については、詳しく書いている人物だったので不自然に思うほどだ。
「お互いに話し合って和解出来ればいいんですが」
「賢いといっても獣だろう。無理じゃないか。いってぇ!」
「やあね、アルノー甘噛みでしょうから痛くないわよ」
「甘噛みってもんじゃねぇよ」
アルノーが痛がっているが怪我をしたようには見えなかった。
「この子賢いから意味がわかっているのですわ。例え意味がわかっていなくとも相手を侮るという行為は、最後にご自分へ返りますわよ」
「奥さまの言う通りじゃ。お前は、実力が充分あるが侮って足元を掬われるぞい」
「また説教か。わかった気をつける。えーとっ、名前なんていうんだ」
「まだどうなるかわからないので名前をつけておりませんの。愛着が湧いてしまって離れがたくなってしまうもの」
うなだれたエルメスの手を虎の子が慰めるように舐めた。
『その子の名前は、イムカン。我、ワアドの末息子』
バルコニーから聞こえた聞き慣れない声に全員がバルコニーを見た。そこにいたのは、白い毛並みに黒い模様が美しい大きな虎だった。虎の子が虎に走り寄った。
「みゃー」
『良くして貰ったようだな』
仲良く顔を擦り合う姿は、仲睦まじく親子というのは本当のようだった。
『ファムの末裔の家だから無体な真似はしないだろうとは思っていたが』
「もしや建国記に書かれている神獣ワアド様ですかな」
『神獣というものではないがそのワアドで合っている』
スルファム帝国の建国は、およそ千年前に遡る。初代皇帝が、不毛の地だった帝国に西の緑の賢人を連れてきた所から始まっている。その中に初代皇帝の武を鍛えた神獣ワアドがいた。
『我は、ただそちらと話せる長生きした虎よ。少し身体が丈夫ではあるが』
「ワアド様は、ご子息を連れ戻しに来たということでよろしいでしょうか」
『いいえ、息子はここに置いておく。ここを気に入っているようだ。そのためにも問題ないと挨拶するべきと判断した』
非常にありがたい判断で全員が拍手したくなるほどだ。
『我の子は、代を重ねるごとに力を無くし末の子は言葉すら話せなくなってしまった。そのために、兄弟の中でも疎んられてきた。食べるものは、味が濃すぎなければそなたらと同じものが食べられるので負担にはなるまい』
「それは心配が減っていいのですが、今まで関わってこなかったのになぜ」
『神代の時代は終わった。それだけだ。これから神の恩恵は、少なくなる食べるものに困るものが出るだろう』
ワアドの瞳は、ここではない場所を見ているようだった。
「それは予言ですか」
『いいや助言だ。では頼む』
現れた時と同じように音もなく跳ぶと森の方へ駆けていった。
「食糧危機が迫っているということがわかりました。調べて対処の必要がありそうですね」
エイダー達は、食糧危機の可能性について話し始めた。
「その前にイムカン君、ようこそ」
エルメスが手を差し出すと、握手するようにイムカンが前足を乗っけたのだった。




