16.猫ってふわふわね?
「のどかだわ」
「そうですね。ここは、街からも離れていて通いの者か侯爵家ゆかりの人物しかおりませんから」
朝食後の散歩がエルメスの最近の日課になっていた。夜のうちに冷えた空気が頬を撫でるのが非常に心地よい。日中が暑いので周りを散策するなら朝が一番過ごしやすかった。
「そうね。なんだか時が止まったように思ってしまうわね」
空を眺めながらエルメスは、両親が亡くなってからずっと全力疾走で生きてきたなと思った。そうでもしなければその場に留まって動けなくなってしまいそうな気がしていた。しかしここにきて立ち止まると、また歩く気力が湧いてきた。それは走らなければならないという義務感ではなく純粋な未来への興味ゆえのように思う。
「私、止まったら死んでしまうと思っていたのに不思議ね。息がしやすいわ」
「ずっと動いたままでは疲れてしまうからではないですか」
「そうね、さてここからどういう風に戻ろうかしら」
「少し遠回りの場所ですが花畑を経由する道などいかがですか」
「いいですわねぇ。私、もう少し散歩したい気分でしたし。そうしましょう」
しばらく歩くと森の向こうから猫の鳴き声がした。
「猫? かしら」
商会で猫を取り扱わないかと持ってきた商人がいたので見たことがあった。小さくてふわふわでかわいらしいのだが荷物を荒らすネズミを退治すると聞いて驚いた。倉庫で飼ってみようかと両親が話していて楽しみだったが、それからすぐに両親が亡くなりそれどころではなかった。
「エルメス様、何か聞こえたのですか」
「えぇ、こっちの方に。行かない方がいいかしら」
「そうですね。ここから先は、虎がいると言われている場所です」
「虎ってよく毛皮で見るあれなのかしら? 生きている姿が想像出来ないわ」
エルメスは、伯爵家にいたときに先々代が討伐したという虎の毛皮が飾られているのを見た。手を広げてもなお大きい毛皮にこんな生き物がいるのかと、恐ろしく思ったことを思い出した。
「もしも猫が迷い込んだら虎に食べられてしまうかしら」
「……ありえなくはないでしょう」
「サージュ、決めたわ。この声の主を探すわ。虎や危険な存在がいるならすぐに逃げるわ。護衛の方もいいかしら」
散歩中姿が見えなくとも護衛がついているのがわかっていた。侯爵家の客人扱いになっているのだから何かあれば侯爵の責任になるため必要な処置だ。
「護衛に気が付いていましたか」
「護衛がどこにいるかわからないけれど。私なら客人に護衛をつけるでしょうね。ではいきますわよ」
「それでその白い猫を飼いたいと仰るんですか」
「だめかしら」
エルメスが持つ籠の中ですやすや寝ているのは、白い毛並みの猫だった。しかし耳が知っているものと違うようなと思ったが、本が間違えていることもある。
「母猫はいませんでしたか」
「私達も探しましたがいませんでした。その子猫だけで周囲には何も。ずいぶん汚れてお腹を空かせていたわ。元気はありますが」
汚れていたというが綺麗に洗われて真っ白でふわふわの毛並みそうだった。
「そういうことならうちでしばらく保護しましょう。どこかの飼い猫が迷い込んだかもしれないので森周辺でききましょう」
「ありがとうエイダー」
その後森周辺の集落に猫が逃げていないか聞いたものの猫はいないと返答が帰ってきていた。ならば侯爵家に馴染んでいるので飼うかという話になった。名前を決めるにあたり名前を公募するとなりみんなに見せていた。
猫が珍しいと見に来たオンラードが猫ではなく小虎ではないかと城が大騒ぎになったという話は後日。




