15.恋バナですわ
ウルフを見送り、エイダーが仕事に戻ると午後のお茶の時間だった。サージュの淹れてくれたお茶に舌鼓をうちながら庭を眺めていると、サージュが何か言いたげだった。気兼ねなく質問してもらってよいのだが、出会ってそんなに経っていない相手に聞くのは気が引けるだろう。
「サージュさん、何か質問したいことがあるのではなくて?」
「態度に出ておりましたか」
「少し視線が気になりましたの。そうね、ウルフが来た辺りからかしら」
ふとした瞬間に目が合うことが多かった。偶然とするには回数が多いような気がしていた。
「確かにウルフ様についてお聞きしたかったのは確かなのですが、行動で悟らせるなんて侯爵家の侍女長として失格ですね」
「たぶん私がサージュさんについてわかってきたからそう思えたと思うの。来てすぐならたぶんわからなかったわ」
「それはこちらに慣れてきたようで嬉しいですが恥ずかしいです」
サージュは、頬を染めて俯いたが落ち着いたらしく口を開いた。
「せっかく聞いていただいたので言うのですが、あの弁護士の方はシュルプリーズ商会の専属の方だと伺いました。もっと御歳を召された方だと思っておりましたわ」
「私が結婚したくらいに代替わりしたのですわ」
昔馴染みでもあったので祝いとして万年筆を贈ったからよく覚えている。
「それでは専属になられて五年ほどということでしょうか」
「そうね。元気そうでよかったわ」
「ずいぶん気安そうでしたが、友人関係なのでしょうか」
食い気味のサージュの言葉におかしくて笑ってしまった。
「サージュが勘ぐっているような関係ではなくてよ。そうね、友人のようなものよ。あちらはどう思っているかわからないですが。恩人の娘として慕ってくれているのではないかしら」
「そんなに笑わなくてもよろしいではないですか」
「そうよね。雇い主の恋路は気になると思うわ。でも本当にそんなつもりがないからおかしくて。あー、お腹が痛いわ」
エルメスは、声を出して笑ったのは、久しぶりな気がした。貴族女性としては、品のない笑い方だが相手は貴族ではないのでもっと気安くてもよいはずだ。
「ウルフって眼鏡をかけているでしょう? でも昔は、高価だったから下町出身のウルフの実家では買えなくて出世払いとしてお父様が贈ったのよ」
「商会長がですか?」
「そうよ。記憶していないのだけれど母と共に姉を迎えに行った時に、目が良く見えていなくて授業についていけなかったウルフに声をかけたらしいの」
貴族の子女は、大抵家庭教師に教わるのだが父の方針で平民が通う初等学問所に姉が行っていた。何年かのちにエルメスも通ったので懐かしい。
「目が見えないなら眼鏡をかければいいわと言って怒らせたとも聞いたわね。あの時は世間知らずでしたわ」
「新興とはいえ貴族家で大商会の娘ならば仕方ないのではないですか」
「そうかもしれないわ。だからお父様も初等学問所に私たち姉妹を通わせたんでしょうね。あの時出会ったお友達とは、今でも文通をするのよ」
最後に手紙を送ったのは離婚する前だったからそろそろ返信が帰ってくるころだろう。
「それはいいですね。私は……夫になっていますわ」
「それもそれでいい出会いよね。最初から仲がよかったのかしら」
「まったくそんなことありませんでしたわ。母と共に住み込みでいたのですがやたら突っかかるので苦手でした。夫曰く気を惹きたかったと」
「逆効果よね」
「本当に」
「今日は、こっちに座って話しましょう。恋バナは、楽しく対等に話さなくては面白くないわ」
エルメスの反対側の椅子を進めるとサージュはとてもいい笑顔で座った。
「職場の若い女性がいなかったので新鮮です。ここはよいところですが年上で距離が近い方や男性ばかりですし」
「それは思っていたわ」
それから女性同士で会話に花を咲かせていた。とても有意義で楽しかったとでも言っておこう。
ただし部屋の何処かで物音がしたように思ったが聞かれて困ることもないので夕食時になるまでそのまま話していた。