外伝 思い出とイカ墨パスタ
月が高く昇る頃、ボレはキッチンで晩食の残りで夜食を作っていた。食材を無駄なく使うためにというのもあるが、好物を作る機会があるなら食べたいだけともいう。
そしてそんな時によくご相伴に預かろうとエイダーがやってくることが多かった。
「いいにおいだね。ボレ」
静かに開けしめされたために直前までいることがわからなかった。
「なんであなたは、出来上がるタイミングでやってくるんですかね。本当に素晴らしい才能ですよ」
「お褒めに預かり光栄です。なんせあんなに美味しいイカが出てきたのだからイカ墨がないなんてないと思ったものでね。それにそろそろ夜食が欲しい時間というものあるが」
「そういうところは、昔から変わりませんね。料理長の目を盗んで二人で作って食べたり」
若気の至りで育ち盛りだった二人は、隠れて料理して片づけが不十分で怒られたりしていた。エイダーは、雇い主の子どもなので一緒に怒られることはないはずだったが前領主夫妻の教育方針で叱られていた。
「あのあと夜食を作っておいてくれるようになったんですが、二人で作った時の方が不思議と美味しかったような気がするんですよね」
「それは、二人で作ったからでしょうね。私もあのときのパスタが美味しかったですからね。今日は、もう出来ているのでどうぞ」
「ありがとう。ボレ」
エイダーの目の前には、湯気がでている温かそうなイカ墨パスタが置かれた。パスタは、きれいに巻かれて白い皿で飾られ美しい。あの時作ってみたのもイカ墨パスタだったがこんなにきれいに盛り付けていなかった。
「僕が当主になったくらいに料理長になってくれたな。あのときは、みんないなくなるんだろうなと思っていたんですがまさか残るなんて思いませんでした」
「俺は、料理以外凡人以下ですからね。骨になるまでかじりつくつもりでしたよ」
「骨は、言い過ぎでしょう」
「骨は、いい風味が出るから美味しいんですよ。うむ、我ながらいい味」
ボレが、エイダーの目の前に座るとイカ墨パスタを豪快に食べ始めた。あまりにおいしそうだったのでエイダーも食べ始めた。昔は、少し生臭さが気になったが魚介の風味の濃厚さが美味しい。白ワインが欲しいところだが明日が朝から人に会わなければならないから自重した。
「正直エルメス嬢の話を聞いてエイダーとやっていけるのかと思っていたんだけどね。言葉がきついけど良い人なんだなと」
「あげませんよ」
「あなたのものでもないでしょう。でもあれくらい強引な性格の方が案外強情なお前と気が合うと思いましたよ」
「強情ですか?」
「強情ですよ。それにあんなに美味そうに飯を食べる人がエイダーに危害を加えるような人物に見えませんし」
エイダーは、最後のイカ墨パスタを食べると眠くなってきた。
「片づけはしておくので早く寝てくださいよ」
「いいえ、僕も片づけますからボレも早く寝るんですよ」
二人並んで皿洗いと皿拭きをするととても早い。
「皿を割らなかったな」
「いつも割るわけじゃないですし補填しているでしょう?」
「まあな」
拭き終わった皿は、光を反射して光っている。それだけなのにエイダーには、綺麗に見えて不思議と楽しい。
「ありがとうボレ」
「突然なんですか気持ち悪い。さっきから寝不足で眠いんでしょう」
「そうかもしれない。お休み」
今日は、きっと幸せな夢が見れそうなそんな気がした。