12.好みがわかると楽しい
「エルメス様、デートはどうでしたか?」
エルメスは、屋敷に戻るといつもの服に着替えていた。
「デート? あぁ、そういえばデートでしたわね」
市場にいた時は、間違いなくデートの雰囲気があったように思う。しかし最後の辺りは視察に近い気がする。でもデートよりも視察の方が居心地よいなどと言ったらサージュが何というだろうか。
「楽しくありませんでしたか」
「楽しかったのですが、デートの様相でなくなった後の方が楽しんでいたような気がしますわね。でも薔薇を貰ったのは嬉しかったように思うわ」
「デート以外にも何か御有りになったのですか? そういえば何か食べてこられたのかと思ったのに食べておりませんし。まさかエイダー様が、連れまわすだけ連れまわして食べ物を食べさせなかったとか」
「そういえば屋台のご飯を食べ損ねましたわ」
お茶を飲んだが何も食べていないお腹が悲鳴をあげた。
「あんなに楽しみにしていらしたのに屋台のご飯を食べられなかったのですか」
「そんなに楽しみにしていたかしら」
「何がおいしいのか聞かれたので、海辺ですので魚が美味しいというのが楽しみだといっておりましたが。タコの足の姿串など見た目の想像がつかないと」
加工後のタコを見たことがあったがそのままの姿をみたことがない。クラーケンに似た吸盤があると本で読んだことがある。しかし、昨日食べた夕食のタコの触感が噛み応えがあってなかなかおいしかった。
「そういえばそういうことをいいましたわね。食べられなかったからこそ気になりますわ。でもテナシテに会えたりライチの話を聞けたのはよかったのよ。でも食べたかったわね」
「エイダー様が嫌になったのでなければまたお出かけなさってください」
「こんなことくらいで嫌いになったりしないわ」
しかし食堂に着いて皿を見れば屋台に置いていそうなメニューばかりが並んでいた。
「これは」
「屋台風メニューですよ。旦那様が食べさせられなかったと言っていたので夕食でだせないかと言われてね」
「本当の屋台で出すのと少し違うと思いますが美味しいと思いますよ。僕も屋台の食べ物を食べたかったのに食べ損ねたと思いまして」
「うれしいわ」
食事の挨拶を終えた後にまず手に取ったのは、何かをぶつ切りにした串だった。弾力があるのに歯切れが良いのが面白い。それに塩がかかっただけだろうに中身の旨みでさらに美味しい。
「美味しいわ。これは何?」
「お嬢様、それは蛸ですよ。屋台では串に一本刺さってますがね。食べやすいように一口大に切ってあります」
「蛸って串ではこういうものなのね。ではこれは何なのかしら」
「イカのフリットです。食べてみてください」
フリットは、料理として珍しくはない。エイダーに言われるまま食べれば、食感は美味しいが余り味がしない。美味しくないものを勧められることなどなさそうだがどういうことだろう。テーブルの反対から笑い声が聞こえた。百面相しているエルメスが面白いらしい。
「エルメス嬢、実はこの辺は海の向こうからの交易品や気候にあうスパイスの栽培が盛んで店で好きなのをかけて食べるんですよ」
いくつかの小皿に出されたのは、色とりどりのスパイスやたぶん塩。それと北では育ちにくいレモンの果汁のようだった。
「最初からおっしゃってくださればいいのに」
「元の味がわかっていると選びやすいですよ。この赤い粉は唐辛子、ピンクの粒は岩塩とパセリ、それとこれはレモンに少し塩が入っています。僕はこれが好きです」
「今日は、皿に盛っているのでつけて食べてください」
「えぇ」
最初は、レモンと塩にしたがさっぱりした酸味と塩気が淡白な味に合いよい。次に岩塩とパセリは、パセリ独特の苦味を覚悟していたが乾燥させて砕いたパセリの風味のみを残しお酒に合いそうだった。
「どれも美味しいですね。でもこの唐辛子というのは唐辛子以外にも色々入っていますね。黄色の粒と胡麻それにパセリですか」
「それは東方の調味料で七味というものらしいです。唐辛子をベースに胡麻、柑橘の皮、生姜など七種類入っています」
「僕はちょっと辛くてそれ苦手なんですよね」
「旦那様は、子ども舌ですからね」
「繊細だと言わないかい」
気の置けない相手だろう掛け合いを聞くのが楽しい。試しに七味をつけると辛さの後に柑橘の風味そして胡麻と磯の香りが少しする。
「美味しいわ。美味しいけどもう少し何か欲しいわね。クリーミー感かしら。でも牛乳というのも違う気がするわ」
「クリーミー感いいですね。エイダー様の口にも合いそうです」
「僕は、辛くないのがいいな」
ほんの少しの発見が楽しいというのが久しぶりに思えた。もしかしたらそのうちエルメス好みの料理を出されたりするのかもしれない。それはきっと時や喜びを重ねた先にあるのかもしれない。