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11.あなたに薔薇を

「助けてください……!」


 テナシテ達と別れて屋敷に帰ろうとした時、疲労困憊した状態の女性が助けを求めてきた。女性の目が迷ったのを見てエルメスが一歩前に進み出た。


「どうなさったの。まずは、落ち着きなさって。この方に何か飲み物をお渡し出来ないかしら」

「先ほどの残りのお茶でよければすぐに」


 テナシテがお茶を準備している間に、女性を椅子に座らせて落ち着かせる。お茶を渡すとぽろぽろ涙を流した。話そうとすると声でなく嗚咽が出てきてしまうようだった。


「大丈夫よ。ゆっくり息を吸って」

「ありがとう」


 落ち着いてきた女性は、少しずつ何があったのか話し始めた。女性は、領主館で働く事務員だった。エルメスがエイダーを見ると頷いていたので間違いない。


「私が一人になったのを狙って領主館の副館長が暴行をしてきて。顔は、目立つから腹や腕にやってきて。傷を見せられないから誰も信じてくれなくて」

「それは痛いし辛かったわね。すぐに見せてなんて言わないわ。でも訴えるつもりなら証拠がいるからそのつもりでいて欲しいわ」

「訴える? 私が、ですか。地位もお金もありません。そんなこと出来るわけがありません」


 女性は、顔を青くして肩を細かく震わせた。


「地位もお金も大丈夫よ。あなたは、私に助けてと言ってくれた。なら私は助けたいわ」

「匿っていただけるだけでいいんです。裁判なんて。無駄でしょう」

「私、泣き寝入りは嫌いなの。あなた自分を傷つけて平気なの?」

「そんなわけないわ。必死に勉強して事務員として働けるようになったのだもの。あんなクソ上司のせいで努力を無駄にしたくない」


 女性の目に迷いがなくなった。エルメスは、満面の笑みで女性の言葉に頷いた。


「その意気よ。そういえばあなた名前は?」

「ライチといいます。いまさらなんですがあなたはどなたなんでしょうか。ご領主と縁者の方なので高位の方だとはわかっていたのですが」

「あら、私としたことが名乗っていませんでしたわね。私は、シュルプリーズ子爵令嬢のエルメス」

「シュルプリーズ子爵令嬢ということは、シュルプリーズ商会の令嬢ということですか。大商会じゃないですか。なんで私を助けるなんて言葉を」


 助ける理由なんて人それぞれだが、助けたいから助けるなんて聖人君子のような思考をしていない。エルメスが助けてもらったから、同じように助けようと思えるのだった。


「私も助けてもらったの。だから助けてと言われたら出来る限り助けたいと思う。単純でいいでしょ」

「そうですね。私もそうなりたいです。そのために私戦います」

「その意気よ。エイダー、いいかしら」

「もちろん、いいですよ。女性が活躍出来る場を増やしたいと思ったのは私も同じですから」


 その後証拠集めと口止めさせないためにライチは、テナシテたちと行う予定の事業担当になってもらった。事業の内容を聞いて目を輝かせている二人を見て、女性に手を出したりする人が許せないと思う。


「副館長には、きちんと相応の対処と罰をしたいと思います。僕は、エルメス嬢を見ていて家を守る以外にも可能性があると思う。言い方が悪いけどまだ暴力で済んでよかったと思う」

「エイダー、それ本気で言ってるのかしら」


 エルメスが怪訝な表情を見せれば、エイダーは顔を背けた。


「女性の尊厳を平気で踏みにじる人もいますから。だからここでそういった人が出る芽を潰したいと思っています」

「顔を背ける必要がありますか。もっと堂々となさればいいのに」

「ここは、僕の領地の出来事なのに偉そうにそんなことを言っていいものかと。もっと僕がしっかりしていればライチ嬢が暴力を加えられるようなこともなかったと思う。ライチ嬢大変申し訳ない」


 エイダーが頭を下げるとライチは、非常に焦っていた。


「領主様のせいではないです。本当は、私以外にも暴力を振るわれた人がいるんです。でも私、怖いし自分がそうならなければいいやって思って黙っていました。もっとちゃんと訴えていればっ」

「起きてしまったことはもう戻らないのです。これからは、それをどうやって乗り越えるかですわ。だから目を背けないでくださいな」


 その後屋敷に戻るとエイダーとエルメスは、薔薇の温室に行った。適温に保たれた薔薇は、白く繊細な佇まいで出迎える。その光景は、神々しく清浄だが、人を拒絶しない温かみがあった。

 その中で咲きかけの薔薇を二本切ると目の前で刺の処理をして差し出した。


「アクセサリーを贈ろうと考えていたのですが、やはり僕から貴女へ贈るのは白薔薇しか思いつかないんです。どんな宝石だろうと貴女の輝きに負けてしまう」

「買いかぶりすぎよ」

「僕に正論でまっすぐ言ってくれる方は、皇族以外ほとんどいません。屋敷内のものなら言ってくれますがそれは、短慮を起こした主人を戒めるもの」


 侯爵は、人に囲まれているのに孤独なのだろうかとエルメスは思っていた。穏やかで優しくとてもいい人の侯爵の周りは、非常に居心地がよいというのに。


「だから僕は、あなたの言葉と姿勢を好ましく思います。尊敬しているといえるでしょう。だから受け取って下さい」

「そういうことなら受け取りますわ。花に罪はありませんもの」


 エルメスが持つ白薔薇は、夕暮れに染まり赤い薔薇を持っているようだった。



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