10.人の縁とは奇妙なこと
露店の店主に案内された先にあるのは、町の外れにある小屋だった。小屋から金属と
金属が当たる重い音と時々高音の異音が聞こえる。
「おーい、シャオク。テナシテ」
テナシテという名前に聞き覚えがあったのだが、彼女がここにいるはずがない。
「エルメス様! また会えるなんてここに移住して正解でした」
「テナシテ! 私もまた会えて嬉しいわ。でもなぜここに」
伯爵領の駆け出しの宝石加工職人だったが、男性社会である職人の中をいつも笑顔で渡り歩いていた。手先が器用でカットの美しさに妥協しない頑固な職人でもあった。
「エルメス様が離婚なさってから肩身が狭くなってしまって。仕事も師匠以外からまわしてもらえなかったし。だったらいっそ新天地で頑張ろうとここへ」
「そうだったの。あそこでもやっていける腕前だからもう会えないと思っていたからまた会えて嬉しいわ」
エイダーとシャオクは、何か熱心に話をしているようだ。店主は、話が止まる頃合いを見計らい作業場の隣にある母屋で話すことになった。お茶を出されてお互い自己紹介をした。
シャオクは、店主の話通り貴族の鎧に彫金していたらしいが出身が海の向こうにある国とのことだった。確かに妙な訛りがあり隣でテナシテや店主が言葉を教えている。
「ワタシ、良い腕のつもりだった。ケド駄目だと奴隷されそうだっタ。だから海渡っタ。ココは国より涼しくて良い」
「過ごしやすいならよかったです。向こうでどんな扱いでも僕は受け入れます。そのために領主館で手続きしてください」
「ハイ、ありがとう」
拙い言葉で感謝をのべるシャオクは、貴族に悪く思われる人物には見えなかった。しかし書物で読む南の島は、帝国と異なる文化を形成しているようなのでエルメスが持つ基準が役に立つかわからない。だが涙を浮かべたシャオクを見れば必要なものというのは、どこでも同じなのかもしれない。
「よかったね。シャオク」
「言葉教えてクレル助かる。デモあの難しイ思ウ。言葉読み、カきしたい。デキる?」
「シャオクが望めば教えます。職人として生きていくなら必要でしょう」
「ソレ私も受けたいわ。伯爵領では、文字の読み書きが受けられなかったから。子どもの教育は、エルメス様が進めてくれていたけど大人はなかったから」
テナシテは、エルメスの顔を見てから反らした。エルメスは、罰するつもりもなく事実でしかない。
「力が及ばず申し訳ないわ」
「子どもがみんな教育出来る機会が出来ただけでも大きいです。私みたいに人物の名前が書けるだけだと不当な契約書を結ばれてもわかりません」
「そう思ってくれる人が出てきただけでやってきた甲斐があるわ」
子どもを労働力と考えていた家庭が多かった。そう思う家庭ほど親が文字を読めず書けず生きるのに必要ないと学習意欲などなかった。
「伯爵領でも子どもの教育に力を入れていたんですか」
「伯爵家主体で動けなかったので教会やギルドに頼む形でしたが算術と読み書きが覚えられる施設を作りました。本当は、職業訓練施設なども併設出来れば良かったのですが時間が足りなかったですわ」
施設の運用をして三年が経ち職業訓練学校を作るための人脈や資金の目途が立った時に離婚したので、計画が無くなっていないか心配になってくる。
伯爵領の宝石は、先細りしていたので別の産業が必要だと思い始めたのが教育分野だった。宝石は、有限だが人には無限の可能性がある。実際に支援者の中には将来的に頭のよい子や職人になりたい子などに目をつけているようだった。
伯爵領で教育施設を作ることがエルメスがいなくなったことにより頓挫して子どもたちの未来を潰すようなことにならなければよいと切実に思っていた。
「エルメス様が作った学校は初等学校という名称になって続いてます。それと職業別の教育施設も作り始めていると師匠が言っていました」
「それは本当なのかしら。定着するにはもっと時間がかかると思っていたのに」
「問題は多いんですがエルメス様がいないからこそ文字や数字が大事だと気がついた住人が多かったんです。伯爵様が出した新税金の落とし穴を初等学校に行っている子ども達が気がついたです」
「税金の読み書きと計算が出来るようになったのね。偉いわ」
読み書きや計算もだが、自分たちが当事者となって問題と原因を見つけ出す思考力が身について欲しかった。思考力は、普段の生活で得ることが難しい。
「私は、子ども達が気がついた事がすぐに分からなくて悔しかったんです。文字がもっと読めるようになればわかったかもと思って」
「そうね。大事な気付きよ。大人の学校について考えてみるわ」
「それが出来たら俺も行ってみたいな。ちゃんと勉強してぇよ。露店じゃなくて店持ちたいからな」
「思った以上に学ぶ意欲がある方が多いのかもしれませんね。これだったら昼は子どもの学習、夜に大人用に開くのも検討する機会かもしれません」
エイダーが一人頷いていると店主が何かに気がつき目を泳がせた。
「まさかなんだが、目の前のこの方もしやアフェクシオン侯爵か?」
「やだわ、気がついていなかったの? エルメス様は、シュルプリーズ家の令嬢だからお相手も貴族ときたらアフェクシオン侯爵しかいらっしゃらないわ」
「俺は、元々この領地にいるが去年ここいらに来た田舎者だからわかるわけないだろう。実家近くの代官の方が偉ぶって暴れているから貴族ってあんなだと」
「その話詳しく聞かせてもらおう」
穏やかなエイダーの目が剣呑に光り店主が小さく悲鳴をあげた。普段大人しい人物が怒ると恐ろしいと知っていたが一番怖い。
その後買い物どころではなく事情聴取を受けている店主を横目に、エルメス達はアクセサリーのデザイン談義をするのだった。