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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編作品

公園で泣いている少女を慰めたら、共依存の関係になってしまった話

作者: クロ

 


「·····ッ················ッ·····ッ」


 少女が泣いていた。

 町外れの公園にポツンと佇んでおり、

 その表情は産まれたてのように儚げで·····


 見てくれは小学校の高学年くらい。

 小さな女の子と言うには少し微妙な年頃。

 あまり年齢が変わらない僕からすれば尚更だ。


「·····どうしたの?」


 僕は声を掛けずにはいられなかった。


 特に返事はなかった。

 だが徐々に嗚咽は穏やかになる。


「·····何かする?」


 僕は時折、慰めなのかよく分からない言葉を掛けた。

 そこで少女は、


「お人形さんごっこ」


 いつの間にか泣き止んでいて、僕をしっかり見据えてそう答えた。



 この公園から僕の家は近い。

 だから·····と言うのもおかしいが、なし崩し的なように少女を家に入れることになった。


 そしてお人形さんごっこをした。


 少女的な物ではないが、人形ならそこそこ持っている。

 幼少期に親が買った物を捨てずに持っていたのだ。


「お帰りなさい。あなた」

「た、だいま··········」


 というか僕は当時もこんな事をやらなかったので勝手が分からず、終始少女にリードされていた。


 けど、ここで少女は笑った。


 なら何でもいいかと思った。

 だが結局少女は最後まで何故泣いていたのか話す事はなかった。


 自分の親が少し過干渉で鬱陶しいのもあり、

 あまり無理に聞き出す事に抵抗があった。

 けどこれでよかったのかと、鬱屈が頭の中で渦巻いていた。


 ☆


 翌日、何となく目覚めが悪かった。


 昨日は早く寝たのだが、時計の針は既に11時近くを示している。

 夏休みだから別にいいんだけど。


 朝食を手早く済まし、少しボーッとして、

 何だかいても経ってもいられなくなり、またあの公園に行く事にした。


「···················」


 昨日と同じ少女がそこにいた。

 もう泣いてはいないが、何処か憂いを思わせる表情で·····


「お兄さん!」


 だが僕に気付くと昨日のようににこりと笑い、傍に駆け寄ってくる。

 もしかすると少女も、僕に会える事を期待していたのかもしれない。


「またお人形さん遊び、してくれる?」


 開口一番にそう言った。

 お人形さん遊びって何歳くらいまでやる事なんだろう。

 少女には少し年不相応な気がする


 いや、そういった決め付けが人を、少女を傷付ける。そんな疑問を口にする必要はない。


 再び僕の家でお人形さん遊びをする事となった。

 まあどうせ暇だった。退屈な時間が彼女の笑顔に変わるなら良いことだ。


「今夜は私にする?」

「えっと·····」


 結構大胆な事を言ってくる。

 接してみると、あまり内気な感じはしない。

 ただ何かを抱えているようで·····


「そういえば昨日、何で泣いてたの?」


 少女の笑顔が固まり、張り付いたような歪なものになる。

 不意に喉から出てしまった·····

 だが再び出会ったら聞こうとは思っていた。


「························································································································」


 そこで時が止まったかのように、場が静まり返る。

 悪夢のように長いような短いような沈黙。

 だがそれは少女の重み故の適切な間のようにも思えた。


「私は··············捨て子、なの」


 漸く開いた口は、しかし伝えて良かったのかという迷いに満ちていた。


 ☆


 少女は捨て子で施設にいる。


 けどそこでは何不自由なく暮らしている。

 聞く限りはそういうことらしい。

 でも実の親のいない空虚さ、それが憂いの要因。


 そして人形で、僕と家族ごっこを演じたかった原因。

 存在しない家族を·····


 翌日、僕は公園に行かなかった。

 何だか少女がとても不気味に思えたからだ。


 それにこのくらいが付き合いの潮時だろう。

 義理や友情があるわけではない。

 泣いてる所で声を掛けた。それだけの関わりだ。


 ある程度は力になれたと思うし、少女自身もう僕に会いたくないかもしれない。



 ピンポーン



「──────ッッッッッッ!!!!」


 まさか、と思った。

 今日親はいないので、僕が出なければ扉の向こうの人物は踵を返すしかない。


 自室で居留守を決め込むと、何度かチャイムが繰り返される。

 それでも玄関に出ず、音すら立てないようジッと蹲る。

 ··········すると漸く静まり返ったので顔を上げると、



「こんにちは。お兄さん」



 目の前で少女が前屈みになっていた。


「鍵、開いてたよ?」

「っ·····だからって入ってくるか!?」

「私とお兄さんの仲じゃん」


 爛々と、当然のように答える。

 そこまで仲良くなった覚えはないし、そういう問題でもない。何なんだよこいつは·····


「何で出てくれなかったの?ひょっとしてまだ寝てたの?」

「·····う、るせえ」


「え?」

「来んじゃねえよ!お前·····気味悪いんだよっ··········!!」

「·························え?」


 そう吐き捨てて乱暴に振り払う。

 少女はバランスを崩し、頭から倒れる。


 少女の表情が変化するには少し時間が掛かったが、涙は直ぐとめどなく溢れ、


「·····ッッっっっっっッッ·····っッッっッ·····っッッッっッ·····ッッっッッッっ··········ッ·ッ·····ッッッ·····ッ·····ッ·····っッ···············ッッッッッッ·····ッッ·····ッ··········っっッ·····ッっっっっッ·······················································」


 嗚咽は初めて出会った時の比でなかった。


 ──少女が泣いている。


 途端、乱れていた心が冷える。

 僕は何をしている?

 こんな小さな女の子に本気で怯えて、酷く傷付けて·····

 とても自分が情けなく思えた。


「ごめん·····本当に··········驚いただけ··········本当に··········」


 ただただ、そう謝り続ける他なかった。

 暫くして少女は泣き止み、辛うじて呂律が回り始め、


「··········うん」


 静かにそう答えた。


 ☆


 それから僕は少女の要求を何でも快く応えた。


 遊ぶ時間はきちんと決まるようになり、

 少女好みの新しい人形を買い、


 人形遊びの他にもちょっとした買い物に行ったり、お祭りに行ったり、共にいる事が半ば当たり前になりつつあった。


 そんな中で生まれる疑問。

 今度は少女の方からそれに答えた。


「施設の子とも、仲は悪くない」


「皆気のいい子。良過ぎるくらいに」


「それが、嫌いな理由」


「自分が親から捨てられた事を、何とも思ってない」


「私だけが気にしていて、気に食わなくて」


「でも何をどう言っていいか分からなくて··········」


「一人で泣いてた」


 その内心、というか施設にいる事すら周囲に隠していて、

 秘密を打ち明けたのは僕だけらしい。


 ☆


 夏休みが終わった。


 ここで少女との関係は、少なくとも時間的には大いに薄まる。

 今でも少し信じられないような、特殊な状況だ。


 気持ちを切り替えられるか心配だったが、そんな思いとは他所に、


「お前、小学生の女の子とずっと一緒にいるんだな」


 そんな噂が広まり、虐めという程ではないが、何となく避けられるようになった。


 そっちこそ小学生かよ。

 そんな言葉が出かかったが、言い返したって何の意味もない。


 軽く一応の弁明はしたが、当然細かな事は噂の表面的な印象に掻き消される。


 ☆


 そんな状況は一時的なものかもしれない。


 そう思ったが、少なくとも現時点で何も変わらないまま一ヶ月が経過しようとしていた。


 ピンポーン


 チャイムが響く。

 今日も今日とて、少女は我が家を訪れる。


「待ってたよ」


 表面上は快く迎え入れるが、僕はもう少女と距離を置きたかった。

 周囲を気にしなさ過ぎた。


 僕と少女が良ければいいわけじゃない。

 もう義理は果たした。もう十分だ。

 そんな事が言いたくて言いたくて仕方ない。


 というか、少女の方からそう言ってほしい。

 自分からはとても言い出せない。


 更には少女と距離を置けば状況が変わる保証もない。

 それは最悪だ。そうなれば間違いなく後悔する。


 それに今では自分に懐いてくれる少女の存在が、少なかれ心の支えになっていた。

 そうでなくとも親密になっているし、純粋に少女に惹かれてもいた。


 だが今の状況を思えば、愛情も慈しみも好感も、全てがそのまま苛立ちに変換される。


 何時までも当たり前のように、何気ない家族を僕達は人形で演じている。


 こんなものが、家族?

 馬鹿じゃないのか。

 そんな空想に浸っていい時期はとっくに過ぎている。

 苦悩が風化される程の時はとうに過ぎている。

 実の親に甘える年かすら怪しい。


 ああ、ああ、クソッタレ。

 馬鹿馬鹿しい。

 ゴミ。クズ。カス。塵。芥。


「ああ、巨大モンスターが現れたぞ!」

「ああっ。どうしようあなた」


「うーん。諦めて死を受け入れるしかないね」

「そんなわけにはいかないでしょう」


「がしゃーん。ぐしゃーん」

「ちょっと、何して」


「こんなゴミ全部ぶっ壊れろ!滅びろ!死ね!皆死んじまえ!!!」

「何で········嫌だ········」


「嫌だっ··········」


 増えてきた人形達は僕の足で踏み潰され、次々に破壊されていく。

 部屋には少女の嗚咽と人形が壊される音だけが響いていた。


 途中、少女の嗚咽で冷静になり掛けた。

 だが今度は止まらなかった。情を振り払い、狂い続ける。

 この衝動のままに、破壊の限りを尽くそうと思った。

 人形を、少女との関係を粉々にする為に──




「──お兄さんなんて〝要らない〟」




 喉元に鋭い痛みが走る。

 気付けば目の前に少女がいて、手には名札。

 その裏側の針は僕の内側に隠れて見えない。


 事態を認識するより早く身体は壊れ、シャワーのような勢いで血が吹く。

 血が枯渇した首は折れ曲がり、少女が上下逆さに見える。


 ───〝要らない〟


 それは少女が産まれた時から纏わり付いていた蟠りだったのだろう。


 僕はこんな状況でも、その言葉に酷くショックを受けていた。




 ──少女が泣いていた。

 その表情は最初に出会った時のように、産まれたてのように儚い。


 でもどことなく、憑き物が落ちたようだった。



 暫くして少女は自らの首も針で刺し、

 少年に抱き寄る形で身を伏せ、永い眠りについた。






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