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強情な女

高校には、何とか通っていた


母さんのたっての願いで、高校は出ておいた方が良いと進められたからだ


確かに、中卒ではろくな仕事口がないのは分かっていた


どんなに世の中が変わろうと、大した特技もない人間が、まともに生きていけることなんてない


母さんは大学も出ていて、ちゃんとした勤め先で働いていた事もある人だから、俺よりもずっと理解していたのだろう


でも、その頃、既に母さんはもう体を動かせないほど弱っていた


医者にも見せたが、過労が祟ってとのことだった


休養を取って滋養をつけたほうがいい、なんて医者の口から語られたが、そんな余裕は俺達には有りはしない


けれど、これ以上、母さんに無理はさせられないと、学費も何もかも自分でどうにかすることにした


本当は高校にいけるほどの余裕も時間も有りはしないのだが、母さんの望みは出来る限り叶えたかったし、やはり高校を出られるのは就職の強みになる


就職さえ出来れば、母さんに楽をさせてあげられるはずだった


美味しいものを一杯食べさせてあげられるし


もう、暑い思いも寒い思いもさせなくて済む


安心して、毎日を穏やかにに生きていける


そう、思っていた


何も疑わず、心から、そう思っていた



でも



現実は、どこまでも俺達に冷たい



高校2年のある日


母さんが倒れた


夜、家に帰る時には雪が降り積もり、冷たい空気の中、吐く息で手を温める


そんな凍えるほど寒い冬の日だった


いつも通りに家に帰ったら、母さんが台所で倒れていて


俺は愕然としながらも、すぐに側に駆け寄り、その体を抱えた


その体が、とても弱々しく、恐ろしいほどの儚さを感じてしまったのを、よく覚えている


その時には、すでに目から涙がこぼれていた事を覚えている


「あ...たく、と...おかえり、すぐ、ごは...に...」


それが、母さんの最後の言葉になった


母さんは、俺に隠れて仕事をしていたようだった


少しでもと貯金をして、俺の大学に通う資金を作ろうとしていたらしかった


無理をして無理をして無理をして無理をして


俺のためにと無理をして...


毎日隠れて仕事をして


毎日疲れきるまで仕事をして


それでも、まるで俺に気づかせないように、笑顔を俺に向けてくれていて


自分のことなんて度返しにして


ただ、俺のためにと


俺なんかのためにと...


ただ、苦労して...


辛い思いばかりをして...


そして、最後は...あんなにも寒い冬の日に...死んでしまった


俺を、一人残して...








高校を辞めようと思った


もうわざわざ高校に通う意味はないと思ったからだ


それなら、さっさと仕事を始めていた方が幾分か楽だと思えた


今思えば、やや自暴自棄になっていたのかもしれない


でも、そんな俺を引き止めてくれたのが、サヤカ先生だった


あの頃、先生は他の教師達よりも若くずっと人気があり、みんなの憧れの的のような存在だった


その中で、俺はあんな日常をおくっていた分、よく先生に気にかけてもらっており、俺もご多分に漏れずやはり憧れていた


「高橋君。後、一年だけ頑張ってみない?」


先生はそう言った


それは、俺の事情を知った上での言葉だった


「今まで頑張ってきたのに、ここで辞めたらもったいないよ」


「お母さんだって、それを望んでいたんでしょう?」


「だったら、ここで投げ出しちゃダメだって」


「もしここで、逃げ出しちゃったら、後できっと後悔する」


「大学まで、とまでは言えないけど...せめて高校は出ておいた方がいいよ。絶対」


そんな、よくありそうな言葉だった


もちろん、俺だって、その意味が分からないわけではない


全部その通りだし、先生が正しいのも分かっている


けれど、とてもそんな強い気持ちを持てそうになかった


だから、辞めるのを変えるつもりはなく、そんな話など聞き流すつもりでいた


それなのに、先生の方が、よっぽど俺の話を聞かなかった


俺が何度辞めたいと言っても、先生はまるで聞く耳を持たず、その都度俺を諭そうと試みた


更には、本当に毎日俺に付きまとっては、俺に頑張るようにと言い続けた


何度、学費を払うのが大変なんだ、とか、どうせ勉強についていけない、とかいう言葉を言ったか分からない


にも関わらず、先生は高校を辞めないように言い続けた


周りの教師だって止めていたみたいだが、先生は俺に高校にいるように諭し続けた


もう最後は意地の張り合いになっていき


でも、先生は、俺よりもよほどに強情で


結果...遂には俺の方が根負けしてしまった


あの時の、先生の嬉しそうに、でも泣き出してしまった顔は忘れられない


俺のために泣いてくれた、その先生の顔は、とても忘れられそうになかった

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