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第9話 企む男

「リリーちゃん、いつもありがとよ! 魚持ってくか?」


「リリーちゃん、新鮮な果物入ってるわよ! ザクロなんてどう?」


「特別安くしておくわ。皆には内緒よ?」


「ほらほら、これ持ってき! お金? いらないよ!」


 ──くっ……すっかり重くなっちまったズラ!


 右手に食材が沢山入ったビニール袋を三つ下げ、左腕に衣料品や雑貨や邪神の置物が入った紙袋を抱えながら、咲良は〈シャドウ&ライトマーケット〉を出て帰路に着いた。

 万引きの常習犯だった魔女を捕まえてからというものの、咲良は市場ではすっかり有名人だ。元々明るく、人見知りしない性質もあってか多くの店主・店員たちに気に入られ、今日みたいに、自分で購入する以外にもタダで手に入れた物が多く、予定よりも荷物が増えてしまった。


 ──刺身が美味いって、おっちゃんが言ってたな。

 

 魚屋の店主がくれた、フルネームがやたらと長い黄緑色の魚。


 ──七個買ったし、皆にお裾分けしようかな。レモン君、ティト君、ファヴィー君、店長、ジョージ君、ウィル君……よし。


 八百屋の店主に勧められて買ったザクロは、人間界に存在するものと全く同じで、魔界ではどんな種族にも人気らしい。


「ぬああ、重たい! 掌が痛い腕が疲れた!」

 

 咲良は道の端の方に寄ると、荷物をそっと地面に置き息を吐いた。タクシーやバスを利用する手もあるが、交通費だけでも節約したかったし、そもそも今は手持ちがなかった。


「飛行魔法の取得を真剣に考えようかな……」


「大変そうだね」


「いやもう本当……に?」


 進行方向から、一人の青年が近付いて来た。目の覚めるような、とまではいかないがはっきりとした赤色の髪は、薄いグレーのシャツに黒色のパンツという地味な服装のためか、一際目立っている。


「手伝うよ、おねえさん」言うや否や、男性は咲良の荷物に手を伸ばした。「安心して。荷物奪って逃走なんてしないから」


「有難き! でも〈歌魔女の森〉だから距離があるよ?」


「お安い御用だけど……え、あの森に住んでるのかい?」


「うん。最近引っ越してきたんだけどね」


「あのちょっと不気味な森に……凄いな。妙な生き物も多いだろう?」


「意外と食べられるやつも多いんだな~、これが」

 

 赤髪の青年は一重瞼の垂れ目を見開くと、笑い出した。


「いや本当に凄い! 恐れ入った!」


 並んで歩き出してすぐに、咲良は先に自分から名前を名乗り、青年にも尋ねた。


「僕はエティエンヌ。第8地区寄りの何もない小さな街に住んでるんだ。元々第2地区出身で、五年前に引っ越して来たんだけど、どうせならこの辺りにしておけば良かったよ」


「一通り揃ってるもんね」


「君は何故あの森に? 妙な生き物もそうだけど、確か中心部にはおっかない老魔女が住んでるって聞いたよ」


「その魔女が亡くなったらしくて、空き家になってたから借りたの。わたしが魔女の知り合いから聞いた話だと、気さくで面白い感じのおばあちゃんだったみたいだけど」


「へえ……噂話はアテにならないな」


 数十分後、〈歌魔女の森〉入口まで到着すると、咲良はお礼として茶菓子と紅茶のティーバッグのセットをビニール袋から取り出し、エティエンヌに手渡した。


「有難う、帰ったら早速いただくよ」


「わたし魔術師もやってるの。依頼をくれたら初回は超格安で引き受けるから、何かあったら是非!」


「うん、その時はよろしく。本当に家まで持たなくて大丈夫かい?」 


「あとちょっとだから平気! ほんとにありがとね!」


 エティエンヌと別れ、森に入って十数メートル進んだところで、咲良は元来た道を振り返った。


 ──さあ……次はどう仕掛けて来るつもりかな。


 エティエンヌは単なる親切心ではなく、何らかの企みを持って接近して来たのだろうと咲良は睨んでいた。


 ──超一流魔術師の勘ってやつ。


 そしてその勘が正しければ、エティエンヌはいずれこの森にやって来るはずだ。依頼を装うか、あるいは問答無用で襲撃してくるか。


 ──まあ、荷物持ってくれたのはマジ感謝だけど。


「あー重たい! 魚と邪神の置物もあげれば良かったかな!」




 三日後の昼。

 咲良が自室の窓際に飾った邪神像を磨いていると、玄関のドアが叩かれた。


 ──……来た?


 足音を立てずに階段を下り、ドアに忍び寄る。


「咲良ちゃん、いるかな?」


 その声は間違いなくエティエンヌのものだ。


 ──来たな。


「はーい」


「あ、良かった!」


「この間は有難う」


「どういたしまして!」


「今日はどうしたの?」


「あー、実は、お願いがあって。昨日と一昨日も来たんだけど、いなかったみたいだから」


「バイトだったからね。仕事依頼?」


「いや、違うんだ」エティエンヌは声を落とした。「詳細は外で話さない方がいいと思うんだ。咲良ちゃんさえ良ければ、玄関まででいいから入れてくれないかな」


 ──怪しい……超怪しい!


 咲良は警戒しながらそっとドアを開けた。


「やあ、有難う。あ、これお土産」


 エティエンヌに手渡されたのは、白い小さな紙袋だった。恐る恐る中を覗くと〈ハルピュイア亭〉で販売しているチョコレート菓子の箱が一つ。


「わ、有難う!」


 咲良は目を輝かせたが、すぐにハッと我に返った。


 ──っと、油断するなわたし。箱を開けたらボカン、かもしれないし!


「あれ、チョコレート嫌いだった? 急に表情がブチ切れる三秒前の破壊神みたいになったけど……」


「ううん、違う違う。大好きだけど、食べ過ぎに気を付けなきゃなって。で、話って?」


 エティエンヌは不敵な笑みを浮かべた。


「咲良ちゃん……君、人間だよね?」


 ──!!


「僕にはわかるんだ。何百年も前だけど、人間の魔術師の召喚術に応えて人間界に行って、しばらくの間そのまま暮らした事があるんだ。そのせいか、人間の見分けが付くようになってね。見た目もだけど、纏う雰囲気が違うっていうか。

 てなわけで、この間道の途中で君を見掛けた時も、すぐに気付けたんだ」


 興奮気味なのか、エティエンヌはそこそこ早口でそう語ると、再び不敵な笑みを浮かべた。


 ──誤魔化すのは無理っぽい。


 咲良は焦らなかった。決して広くはない室内で戦うのは初めてじゃない。相手は一人。まさか、ルシファーやベルゼブブみたいな超大物クラスではないだろう。そして何より、弓削咲良は超一流魔術師だ。


 ──というわけで、開き直りまーす。


「そう、その通り!」咲良は腕を組み、堂々とドヤ顔を決めた。「何を隠そう、このわたしは人間界で右に出る者はいない最強の魔術師!」


「ヘエースゴイナー」


「絶対信じてないでしょ! へっ、まあいいけど。で、お願いって!?」


「ああ、その……」


 エティエンヌは薄手のジャケットの懐に右手を入れると、黒い何かを取り出した。


 ──……銃!?


 咲良は咄嗟に両掌を突き出し、すぐに反射魔法を展開出来るように構えた。

 エティエンヌは、取り出したものを両手で持ち直すと、


「ください」


「……んっ?」


「サインくださいっっ!」


 咲良は改めてエティエンヌの手元を確認した。そこにあったのは、あちこちに黄色いシミが出来て変色もしている無地のページを開いた状態の小さなノートと、ほぼ同サイズのボールペンだった。


「サ……サイン?」


「僕、人間のサイン集めに凝ってんだ! 人間界にいた時は沢山集まったけど、魔界(ここ)ではなかなかお目に掛かれないからさあ。ほら見て!」


 ポカンとしている咲良の目の前で、エティエンヌはノートをパラパラとめくった。経年劣化ですっかり色褪せたり消え掛かってはいるものの、確かにサインらしきものや、ただ名前を記入しただけのものがいくつもある。


「一番新しいのは、五年前に引っ越してすぐに貰ったやつなんだ。その子は人間と魔界人のハーフだって。残念ながら、人間の親御さんは亡くなられていたけどね」


 ──何処(どっ)かで聞いた事ある~!


「ほ……本当にただのサイン収集家なの?」


「本当だよ! え、何だと思った? ああ、ナンパ? 安心して! 僕はグラマラスな女性が好みなんだ」


「安心した! 何かちょっと腹立つけど!」


「それと、君が人間だって事は絶対誰にも言わないから、そっちも安心してほしい」


「……わかった。信じる」咲良は頷いた。「単に名前書くだけでいい? 芸能人みたいなカッコイイやつは書いた事ないから」


「うん、いいよ!」


〝弓削咲良〟と書いてノートとボールペンを返すと、エティエンヌは興味深そうにじっと見つめた。


「ゆげさくら、って読むの」


「これ、漢字だよね?」


「そう。漢字文化圏の人から貰った事もあるの?」


「あるよ。君を含めてまだ二人なんだけどね。最初はこの人だ」


 エティエンヌは咲良がサインを書いたページから一枚めくり、右側の一箇所を指差した。


「彼は魔界では〝ウェムラー〟と名乗っていたけど、本名は違うらしい。人間界では著名な登山家だったそうだよ」


〝植村直己〟──縦書きでそう書かれていた。

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