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第8話 腐っても魔術師

 ある時は魔術師、またある時は古本屋のアルバイト──基本的に後者がメインだが──な少女、咲良。

 人間界から魔界に引っ越して来てからそれなりに上手く生活していた彼女だったが、最近ちょっと飢えていた。


「あー……BのLな漫画か小説読みたい……」


 人間界で暮らしていた頃は、光の腐女子として推し作品や推しCP(カップリング)からパワーを貰いつつ、それらがいかに素晴らしいかを布教すべく、自分でもちょっとした作品を仕上げて投稿サイトに載せていたりもした。


 ──うーん、また何か描こうかな。でも題材がなあ……。


 サイトのアカウントは魔界に転移する前に削除してしまったし、もう再び筆を取る事もないと思っていたのだが。


 ──そういえば、魔界の同人界隈ってどうなってるんだろ。調べてみっか。


 ベッドの端に置いたスマホに手を伸ばしかけた時だった。


「ごめんください」


 外から、初めて聞く低めの声が聞こえた。


「はぁ~いちょっと待ってー!」

 

 階段を駆け下り、ドア越しに尋ねる。


「どちらさま?」


「ウィルですよ、おばさん」


「喧嘩売ってんのかーい!」


 咲良は両手から空気の塊を発射し、容赦なくドアを押し開けた。


「わっ!?」


 来訪者は素早い身のこなしで飛び退き、ギリギリのところでドアの直撃を避けた。


「わたしはまだ一六──ふぉうっ!?」


 咲良は思わず目を見開いた。何故ってそれは、来訪者があまりにも美しかったからだ。

 肌は青白いが、ぱっちりとした二重の真紅の目、小さくて形のいい鼻と唇、三つ編みにして後ろで纏めた、艶のある長い黒髪。背丈は咲良とあまり変わらず、人間なら一〇代半ばくらいに見える。第二ボタンまで開けた白いシャツにココア色のチノパン、黒色のサンダルと、服装がシンプルなのがちょっと勿体無いくらいだ。


「美の暴力かな? 前世で徳積みまくった?」


「え──」


「原宿歩いてたらスカウトされそう。あ、もしかしてタレントかアイドルやってたりする?」


「いえ──」


「え、まさか、何処ぞのお嬢様かお姫様がお忍びで超一流魔術師のわたしに依頼を!?」


「あ、あの……」


 ──んっ?


 咲良は違和感に気付いた。


 ──そういえば声低いよな……?


「ぼく、男です」


「んなっ!?」


 咲良は改めて来訪者を無遠慮に見やった。確かに言われてみればそうだなと思えたが、もし声がもっと高めだったら、言われてもすぐには信じられなかったかもしれない。


「ごめんご!」


「お気になさらず。よく間違えられます」


 来訪者は嫌味のない、やはり美しい微笑みを浮かべた。


 ──うーん、犯罪級っっ!


「申し遅れました。ぼくはウィルフィール・ルフソーマ。こちらに住んでいらっしゃるはずの魔女に用があって伺ったのですが……」


「ああ、そっか。あのね、わたしも細かい事はよくわかってないんだけど、どうやら──……」




 レイモンドが店番をしていると、リザードマンの男女の客がやって来た。どちらも小柄で、ザクロの皮のような赤い肌をしている。


「いらっしゃい」


 声を掛けると、客二人は小さく頭を下げ、商品棚に目をやった。


 ──ティト(あいつ)とはちょっと違うタイプだな。


 ティトのリザードマン時の肌は緑色をしている。以前、本人から聞いた話によれば、他にも土気色や薄紫色、白に近い色の肌をした同種族も存在するらしい。


 ──人間にも複数のタイプがあるって、母さんが言ってたな。


 レイモンドは、最近仲良くなった変わり者の人間の娘を思い出した。


 ──あの子は母さんとはまた違うタイプのようだし。


「すみませんが」


 客の声に、レイモンドは我に返った。


「慢性的な腰痛に効く薬はありますかな」


「ああ、それなら……」


 レイモンドが薦めた薬を購入すると、リザードマンの男女は礼を言って店を去った。

 それから五分としないうちに、新しく二人の客がやって来た。


「こんにちは。お久し振りです」


「やっほー! レモン君て交友関係広いね~!」


 どちらもレイモンドがよく知っている、少女のような美しい青年と、変わり者の人間の少女だった。

 

「え……あれ?」


「ウィルきゅんに咲良ちゃんでーす」


「君ら知り合いだったの?」


「まあね! 出逢ってから一時間くらい!」


「だろうと思った」


「〈歌魔女の森〉の魔女のおばさんを尋ねたら、亡くなったみたいだって聞いて……」


「ああ、どうもそうみたいなんだ」


 レイモンドは老魔女に関する顛末を、咲良の素性はぼかしたうえでウィルに説明した。


「なるほど……亡骸を残さないとは、あの方らしいかもしれませんね」


「平気で風呂場に現れるところもな」


「わたし仲良くなれたかも。グフフ」


「何でばあちゃんに会いに?」


 何か言ってる魔術師は無視し、レイモンドはウィルに尋ねた。


「まあ、大した用事はなかったんですけどね。半年くらい前に会ったのが最後になってしまったな……」




 その後、休憩を取っていた店主が戻り、常連客もやって来たので、咲良とウィルは店を後にした。


「ねえ、時間あるならもう一回森まで来ない? せっかくだからお茶くらい飲んでいってよ」


「いいんですか? それじゃあ、お言葉に甘えて」


「ウィル君、魔女のおばちゃんからパワーストーンアクセサリーを買おうと思ってたんだよね? 前に友達にあげたら好評だったって事は、効果があったんだ?」


「はい。片思い中の子がいるけど望みが薄いと嘆いていたんで、恋愛成就のブレスレットをあげたんです。それを毎日腕に着けていたら、ひょんな事から相手の子との距離が縮まって、恋人になれたって」


「へえ~っ! わたしも金運上昇のやつが欲しかったな。ウィル君も恋愛成就?」


「え、ええ……」ウィルは青白い頬をほんのりと赤らめた。


 咲良は右手の中指と薬指を額に当て、残りの指はピンと伸ばすとニヤリと笑い、


「ははーんさてはレモン君だな」


 ウィルの足が止まった。


「なーんちゃって……あれ、え……?」


 ウィルの顔が真っ赤になっている事に気付いた咲良も、思わず足を止めた。


「う、嘘……冗談のつもりだったんだけど、あれ、え──」


「内緒にしていてください」ウィルは俯き、小さな声で言った。


「ウィルく──」


 ウィルは俯いたまま、咲良の腕をぎゅっと掴んだ。


「お願いです。どうか……」


「わかった。言わない」


 咲良がはっきりとした口調で答えると、ウィルはゆっくりと顔を上げた。


「約束するから安心して」


「……有難う、ございます」


「うん、だから手に込めた力が五〇〇なら一〇くらいにしてほしいな結構痛いうん痛いマジ痛い」


「ああっ、ごめんなさい!」


 咲良は苦笑すると、掴まれていた部分をさすりながら、


「告白する勇気がない?」


 ウィルは周囲を見回し、近距離に通行人がいない事を確認すると頷いた。


「だって、同性ですよ? 種族によっては関係ないみたいですけど、ぼくの種族もレイの種族も、基本的には異性愛者が多いですし、何よりレイ自身も恋愛対象は異性のようですから」


「そっか……」


 咲良は本気で恋をした事が一度もないためか、障害のある恋に悩む他者の気持ちはよくわからないと思っていたし、そもそも大して興味がなかった。

 しかし今は違った。目の前の恋する青年には心底同情していた。容姿が優れているという単純な理由ではない……と言ったらちょっと嘘になるが、それ以上に、彼の人柄がこの短時間で気に入っていた。


「言わないでとはお願いされたけど、勝手に応援しないでとはお願いされなかったもんね」


「え?」


「わたしで良ければ、いつだって相談に乗るからね。勿論、他言無用は守るし」


「咲良さん……」ウィルは僅かに目元を潤ませて微笑んだ。「有難うございます」


「そういえばウィル君の種族って、もしかして吸血鬼?」


「そうです」


「あれ、じゃあもしかして、実は千年以上生きてたり?」


「いえいえ。一五一です」


「そっか。じゃあ敬語使わなくていいよ、わたしの方が年下だから。あ、ちなみに妖魔だからねわたし! ドゥンも知ってるよ!」


「そうなんだ……ね?」




 金色の月が輝く夜。

 咲良は自室のデスクで頬杖を突き、新しい友人との会話を反芻してはニヤニヤしたり、不気味な笑い声を漏らしていた。


「はあ……年上で別種族で同性の友人に密かな想いを寄せる吸血鬼の美少年とか……最の高だろおい……」


 咲良の腐った本能が、眠りから完全に覚めようとしていた。


 ──描きたい……BのLが描きたいっっ!!


 咲良は窓を開けた。もう我慢出来なかった。


「頑張って薄い本も出したあああああああああああああいっっ!!」


 魔術師の魂の叫びが、あちこちから聞こえるあらゆる奇声に負けじと、森の中に響き渡った。





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