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第6話 ミス・リンディの話

 誰にだって、唐突に何かをやりたくなる事があるのではないだろうか。テレビゲーム、スポーツ、断捨離、旅行、悪戯(イタズラ)、虎に乗る、などなど。


「空飛んでみたいなあ……」


 レイモンド、ファヴニル、ティトの四人で、第6地区のアミューズメントパークで遊んだ帰り道。咲良は、突然そんな衝動に駆られた。


「空? 咲良ちゃん、空が飛びたいの?」


 咲良の後ろを歩いていたファヴニルが、右隣に並んだ。アミューズメントパークで獲得した、精霊ブラウニーのぬいぐるみを両手で抱えている。


「何だまた唐突に。この間はト──ドゥンに乗りたくなったんだろ?」


 コンビニで購入した魔牛肉まんを頬張ろうとしていたレイモンドは、直前で止めて咲良の方を向いた。


「いや、わたしにもよくわかんないんだけどー、何か衝動が。というか、(にん)──空飛べない種族なら、そう思う時があるんじゃない?」


「うん、ボクもあるよ」


「まあ、確かにおれもあったな、ガキの頃は」


 咲良はレイモンドの後ろを歩くティトに振り向いた。一瞬目は合ったが、肯定も否定もせず黙々と歩いている。


「自分だけで飛びたいの? それとも何か乗り物に?」 


「自分だけで。うーん、まあ、軽飛行機とか使うのもいいんだけどさ、やっぱこう、自分自身が鳥みたいになって、自由に飛びたいのよう。飛行魔法とか変身魔法を何処かで学べないかなあ……」


「学ぶ頃にはそんな衝動も冷めちまってるかもしれないぞ?」


「あー……確かに!」咲良はペロリと舌を出した。


 途中でファヴニルとティトと別れ、咲良はレイモンドと二人になった。


「なあ咲良。あいつらには話していいと思うぞ、君の秘密を」


「え? ヤダ、わたしのスリーサイズ?」


「コラ」


 咲良が悪戯っぽく笑うと、レイモンドは歯を見せて笑った。それから念のために周囲に誰もいない事を確認すると声を落とし、


「あいつらなら信用出来る。咲良が人間だって知っても、最初は驚きこそすれど、何も変わらないさ。おれが保証する」


「そっかあ。じゃあ、今度会った時に話してみるかな。レモン君からでも構わないけど」

 

「いや、どうせなら自分から話してみろよ。それとも、勇気出ないか?」


「ううん。わたしを誰だと思ってんの? 向かう所敵なしの超一流魔術師なんだから」


「そうかいそうかい」


「あー、信じてないでしょ」


 レイモンドは咲良の家の前まで送ると言った。そこまでさせるのは流石に申し訳ないと咲良は一度断ったが、彼にはまだ話があるそうだ。


「おれの母さんの知り合いだった女性の話だ」


〈歌魔女の森〉へ入ると、レイモンドは話を切り出した。


「母さんよりも遥かに前に亡くなったけど、生前はよく可愛がってもらったよ。明朗快活な人だった。彼女は、ミス・リンディと呼ばれてた」




 昼の赤い月が沈みかける頃。

 サイホユート家に遊びに来ていたリンディを、当時まだ二〇歳かそこらで心身共にまだまだ幼さを残していたレイモンドと、彼の母とで、帰路の途中まで見送った。

 

「あ、見て!」


 レイモンドは、赤い月の影響でまだ明るさを残す空を指差した。その先には一機の軽飛行機が飛んでいる。


「あら……」ミス・リンディは足を止め、軽飛行機を目で追った。「久し振りに見たわ。こっちに来てからは珍しい光景だから」


「ミス・リンディ、飛行機好き?」


「ええ、大好きよ」リンディは顔を上げたまま答えた。「飛行機も、青い空に白い雲も……」


「青い空?」


 レイモンドは首を傾げた。魔界の空は、赤い月が出ている間は赤みががり、金色の月が出ている間は闇色のはずだ。

 レイモンドがその疑問を口にするよりも先に、ミス・リンディがこちらに向き直り、


「私はね、かつてはパイロットだったのよ」


「え、本当?」


「そう。一人乗り用の軽飛行機。最初はベガ、次はエレクトラ。残念ながら、どちらも壊れてしまってもう乗れない」


「新しい飛行機を買わないの?」


「うーん、それも考えたんだけどね。ほら、お金が掛かるし?」


「ぼくが大人になって働くようになったら、買ってあげるよ!」


「あら、本当? じゃあ楽しみに待っていようかしら!」


 ミス・リンディは後ろを歩くレイモンドの母に振り向き、顔を見合わせて微笑んだ。彼女が飛行機に乗らなくなった理由は、金銭的な問題だけでないという事実を、レイモンドは後々理解するようになる。




「それから十数年後に、ミス・リンディは亡くなった。老衰というにはまだ早過ぎた。()()()()()()()()()()()()のかもしれないな」


「……ん? ちょっと待って」咲良は足を止めた。「その言い方だと、まるでミス・リンディは……え、まさか……」


「そのまさかだ」レイモンドはきっぱりと言った。「ミス・リンディは人間だったんだ」


 その事実をレイモンドが知ったのは母の口からで、ミス・リンディの死後数年が経過していた。


「人間界で飛行中に事故が起こって、墜落する寸前までは覚えていたらしい。次に気付いたら、赤い月が出ている見知らぬ土地にたった一人で、乗っていた飛行機もない。周りには異形の者たちばかり」


「不本意に転移して来ちゃったってわけ!?」


「ああ。事故を起こした場所周辺が魔界と繋がっていたのか、彼女の中に眠っていた君のような力が覚醒したのかは、わからずじまいだが。

 運良く彼女は、おれの両親と古くから付き合いのある男性に一時保護され、それからは人間である事を隠しながら生きてきたんだ」


「そうだったの……」


「彼女は人間界では、数少ない女性パイロットかつ、多くの飛行記録を樹立していたそうだ。でも、魔界(こっち)に来てからは飛べなくなった。飛行機を手に入れるだけなら、おれが大人になるまで待たなくても何とかなったかもしれない。でも、人間界(あっち)魔界(こっち)じゃ、勝手が違う部分も少なくないし、それに……」


 レイモンドは、赤い月が沈みかけた、赤みかがった空──ミス・リンディの帰りを見送った時と同じ──を見上げた。


「彼女が好きだったのは、太陽と青い空だったんだ」


「……そっか」咲良も空を見上げた。「わたしは、魔界の空もそこそこ気に入ってるけど……でもやっぱり、時々恋しくなるかな。あの眩しさと心洗われるような青さが……なんてね」


「すまない、しんみりさせてしまって」


「ううん、そんな。ねえ、ていうかレモン君さあ……」


 咲良はレイモンドにピッタリくっ付くように接近して胸元を指差し、


「前から感じてたんだけど、君、結構人間や人間界の事に詳しいんじゃない? ミス・リンディの話を、お母様経由で聞かされたから? 本当にそれだけ?」


「鋭いな」レイモンドは苦笑した。


「そりゃ、人間界では凄腕魔術師だったから」


「ずっと隠しておくつもりはなかったんだ。ティトとファーヴも知ってるし」


「……やっぱり君も?」


「正確にはハーフだ。母さんが人間で、父さんが妖魔。母さんが長生きだったのは、父さんが不老の呪いをかけたから」


 帰り際、レイモンドは咲良にもう一つ教えてくれた。

 ミス・リンディの本名は、アメリア・イアハート。

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