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第4話 ライド・ザ・タイガー

 誰にだって、唐突に何かをやりたくなる事があるのではないだろうか。テレビゲーム、スポーツ、断捨離、旅行、悪戯(イタズラ)、などなど。


「虎に乗りたい!」


 自宅で昼食── 呪殺鳥のサンドイッチ、お喋り(そう)とリンゴのサラダ、ハーブティー──を取っていた咲良は、突然そんな衝動に駆られた。


「馬とか熊とか巨大ロボじゃ駄目。虎よ、トラ、トラ、トラ!」


 何故虎なのか、何故馬や熊や巨大ロボットじゃ駄目なのかは、咲良自身にも全然わからなかった。元々特別好きというわけではないし、何だったらグリーンイグアナやフトアゴヒゲトカゲなどの爬虫類の方が好きだ。


「虎って魔界にいるのかな……?」


 魔界の事なら魔界人に聞くのが一番だ。しかし、魔界の一般常識を知らな過ぎて不審に思われても面倒だ。咲良が人間であるという事実は、初めて出逢ったレイモンドにしか話していない。


「そうだ、レモン君だよ。彼に聞けばいいんだ!」


 咲良は食事を終えると、テーブルの隅に置いてあるスマホを手に取った。人間界で使用していたものとよく似た形状で、使い方もほぼ同じだ。背面には頭の一部が欠けた骸骨のマークがプリントされている。


 ──電話じゃなくて、メッセージでいいよね。


 バイトの採用が決まった直後、通信機器の類を所持していないとセルミアに話すと、翌日にバイト代を前貸ししてくれたので新規契約が出来た。

 ちなみに身分証は魔術を用いて偽造した。もしもバレたらどったんばったん大騒ぎして、その場にいる全員を黙らせるつもりでいたが、幸いにもその必要はなかった。


 ──店長てばマジいい精霊! 


 魔界に来てから早くも二〇日が経過した。まだまだ知らない事や慣れない事は多いが、咲良は今のところ、親切な魔界人たちに恵まれている。


 ──引っ越して来て大正解だったよ、ほんとに。


 レイモンドへのメッセージを入力していると、足音が近付いて来て、ドアが叩かれた。


「はーい。どちらさま?」


「こんにちは。ボクだよ」


 咲良がドアを開けると、後ろで手を組んだ銀髪に青いメッシュの青年が立っていた。


「ファヴィー君!」


「やあ」ファヴニルは、はにかんだ笑みを見せた。


「どうしたの?」


「その……ちょっと森の近くを通ったから来てみたんだ。ほら、咲良ちゃん一人暮らしでしょ? 何か困ってたりしてないかなって、気になって」


「え、心配してわざわざ来てくれたの? 優しい~!」


「い、いやあ……」ファヴニルはほんのり赤く頬を染め、身じろぎした。「いきなりだから、逆に迷惑になっちゃったかも」


「そんな事ないよ! 良かったら上がって。あ、テーブル片付けちゃうからちょっと待ってて」


「ああ~、残念だけど、ボク今日これから友達と会うんだ」


「あ、そうだったの? じゃあ何かお土産を──待って、一つ聞きたい事があるの」


「え?」


 ──ああでも、どうやって聞こう? 虎の存在自体を知らなかったら? まあ、まさかわたしが人間界から来たって事はバレないだろうけど。


「聞きたい事って?」


「あ、えーと……」


 ──……そうだ!


「はい! 突然ですがクイズです!」


「クイズ? よし頑張る!」


「そうこなくっちゃ!」咲良はパシッと手を打った。「毛色は赤褐色とかオレンジっぽくて、黒いシマシマも入っている動物といえば?」


「なぁんだ、それなら簡単だよ!」


 咲良は確信した。少なくとも、魔界人は虎を知っている。


「答えは、ドゥンでしょ?」


「……どぅん?」聞き慣れない単語に、咲良は目をパチクリさせた。


「え、違うの?」ファヴニルも目をパチクリさせた。


「どぅん……え、ドゥン……?」


「うん。ドゥンしか思い付かないんだけど……」


 咲良はよろめき、ドアに背をぶつけた。


 ──いや何それ? 効果音?


「あれ、違った?」


「……正解。大正解!」


「本当に!? 何か今初めて聞いたって反応っぽかっ──」

 

「そっ、そげんこつなかばい! そうそう、ドゥンだよドゥン! ドゥンドゥンドゥ~ン! ヲホホホホ!!」


〈歌魔女の森〉に高笑いが響き渡った。


 ──咲良ちゃんの高笑い……何て気高いんだろう!


 ファヴニルは惚れ直した。




「……て事があったんだ~」


 友人と久し振りに再会したファヴニルは、つい数十分前に起こった出来事を、歩きながら話して聞かせた。


「多分だけど、咲良ちゃんはドゥンを知らないんだろうなって」


「いや待て、それよりもおれが驚いたのは、咲良にバイト先を紹介したのがお前だったって事だ」


「ボクもだよ。咲良ちゃんに家を貸したのがキミだったなんてね!」


 ファヴニルと友人──レイモンドは顔を見合わせ、笑みを零した。


「いくら全員同じ地区に住んでいるとはいえ、こんな偶然ってあるんだな」


「ほんとだね! 今度は三人で遊びに行こうよ」


「ティトも誘うか。あいつは〈シルフィーネ〉で顔を合わせている」


「わあ、そうと決まれば早速計画を立てないと! そうだ、せっかくだから、咲良ちゃんにドゥンを見せてあげたいな」

 

「見せるったって、そう簡単にはな。少なくともこの地区にはいないだろ。てかさ」


 横断歩道まで来ると、二人は歩みを止めた。


「何で咲良はそんなクイズなんて出したんだ?」


「……何でだろ?」


 さっぱり見当が付かず、二人はただ首を傾げるだけだった。

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