第34話 やってみよう未来予知
「これが、ねえ……」
自室のベッドに腰掛けた咲良の左手には、一見何の変哲もない、掌サイズの木製の羅針盤が一つ。真鍮製の透かし蓋は花のようなデザインになっていて、何となくオシャレだ。蓋を開けると、針が小さく揺れた。
「ライラの真理計みたいなやつを勝手に想像してたけど、本当にごく普通の羅針盤って感じ」
四日前、咲良は黒猫トーヤンランを、傍迷惑な魔女のストーキングから助けた。その礼として、未来予知が出来るという羅針盤を貰ったのは、つい数分前の事だ。せっかくだからお茶でも飲んでいくようにと誘ったのだが、黒猫のおじさんは野暮用があるとかで、使い方を簡単に説明するとすぐに帰ってしまった。
──心を無にして、目を開けたまま意識を羅針盤に集中すれば未来が見える……なんてトーやんは言ってたけど……本当にそんな単純なやり方でOKなわけ?
「……まあいいや。よっしゃ! やってみよう、未来予知!」
咲良は一つ咳払いすると改めて居住まいを正し、羅針盤をしっかり見ながら意識を集中させた。
──!
針が独りでにグルグルと回り始めた。
ふと咲良が羅針盤から顔を上げると、自室いっぱいにスクリーンに投影したような映像が映し出されていた。
──おお……!
周囲は岩だらけで足元がカラフルな雑草に覆われた土地に、三〇代後半から四〇代前半くらいの女性が一人。前を全開にした紫色のローブを纏っているが、その下はヘンテコなキャラクターが描かれたTシャツとジーンズにスニーカーという、ちぐはぐな姿だ。短めの黒髪が風になびいている。
──この顔は……カレン姐さん? うーん、でも何かちょっと違うような……。
「咲良」
別の女性の声に、紫色のローブの女性は振り向いた。
──え?
女性が振り向いた先には、七〇代くらいの女性が一人。後頭部で一つに纏めた髪は見事に真っ白で、深緑色のローブをきっちり着込んでいる。
──こっちの紫色のローブの人って……まさか未来のわたしなの?
「もう皆待ってる。そろそろ行くよ」
そう口にした深緑色のローブの女性は、よく見れば年老いたカレンだった。
「待って母さん。もう少しここで心を落ち着けたいんだ」紫色のローブの女性が答えた。
──母さん?
咲良は首を捻った。
──わたしに母親はいないはずなんだけどな、物心つく前に魔術の事故で死んだとかで。というか……
更に二つの疑問が生じ、咲良を悩ませた。年老いたカレンと未来の自分と思わしき紫色のローブの女性は、何故顔立ちがよく似ているのか。そして未来の自分は、何故カレンを母さんと呼ぶのか。
「あんたらしくもないね。しかもこんな殺風景な場所で」
「フン……一流魔術師だって、戦いの前に緊張する事だってあるんですよーだ」
「わかってるさ……あんたの沢山の友達の命が掛かっているからだろ。自分一人の問題で済むんだったら、あんたは何も気にする事はなかっただろうね」
未来の自分は答えず、カレンに背を向けると目を伏せたが、すぐに吹っ切れたように笑みを浮かべた顔を上げて再び振り向いた。
「はい、お待たせ。充電完了でっす!」
「よし、それじゃ行くよ──頭がイカれた竜人と、頭と見た目がイカれた人間の侵略者たちの元に!」
「おう! って母さん、それ全員集合した時に言った方が良くない?」
「そうだね、ちと早かったようだ」
未来の自分とカレンが笑い合い、こちらに背を向けて歩き出してから程なく、映像は煙のように消え去ってしまった。
「……えーっと……」
咲良は羅針盤の蓋を閉じると、ベッドからゆっくり立ち上がった。
どうやら咲良の未来では、何だか凄く大規模な戦いが待ち受けているらしい。
しかし、今はそれよりも。
「カレン……わたしの母親だったの?」
玄関ドアが叩かれた。咲良は羅針盤をキュロットのポケットに押し込むようにしてしまうと、階段を下りていった。
「はぁーい、どちら様でヤンスかー?」
「私でゴンス~」
──!!
よりにもよって、今一番複雑な気持ちを抱いている相手がタイミング良く──いや、悪くだろうか──訪ねてきた。
──……聞いてみるべき、だよね。
カレンは、咲良と同じくらい神妙な面持ちをして立っていた。
「カレン……姐さん。久し振り。どしたの?」
「私さ、実は長年記憶喪失だったんだよね」
「え」
「まともに覚えていたのは自分の名前と、人間界出身って事と、人間界ではかなり凄腕の魔術の使い手だったって事くらい。ああ、あと血液型はOで豆腐は絹ごし派」
「マジですかい」
予想外の事実を打ち明けられ、咲良は面食らった。
「でさ、昨日隣街でちょっとしたトラブルに巻き込まれて、喧嘩の仲裁に入ったら鳥人に突き飛ばされて、転んだ表示に頭打っちゃって」
「そいつはシメたの?」
「焼き鳥にしようとしたら周りに全力で止められた。でさ、頭打ったら、面白いくらいに過去の記憶が戻ったんだ。私が魔界に来たのは、魔術の実験中の事故が原因で、完全予想外だったんだけど……」
カレンは一旦言葉を区切ると目を伏せて息を吐き、やがて決心したように咲良に向き直った。
「聞いて驚かないでね。リリー、いえ咲良……実は私とあんたは──」
「生き別れの親子でーっす!」
「知ってたんかーーーーい!!」
カレンはその場に崩れ落ちた。
「いや実は、わたしもついさっき知ったばっかなんだよね、これで」
咲良は苦笑するとポケットから羅針盤を取り出し、しゃがみ込んでカレンに差し出した。
「後で使ってみる? それとさ、良かったら色々と話を聞かせてよ……母さん」
「……滅茶苦茶長くなるわよ?」カレンは顔を上げた。「ひょっとすると、泊まり込みになるかもだけど」
「いいね、お泊まり会。どっちが長く起きていられるか、お喋り耐久レースでもする?」
「乗った!」
本当の意味での再会を果たした二人は、良く似た表情で笑い合った。




