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咲良ちゃんの楽しい魔界生活  作者: 園村マリノ
第31話〜35話

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第33話 ゴーリーをさがせ!②

 ゴブリンの父と魚人の母から、この上なく醜い容姿と心を持って生まれた初老魔女、エリエ。

 万引きの罰としてニワトリに姿を変えられた彼女は、その呪いの解除方法である〝今までの自分の罪と向き合い、悔い改める事〟を実行し──性根が腐り切っているので、とにかく苦痛で屈辱的ではあったが──本来の姿に戻った。


「やっと元の姿に戻れたんだ、ひと暴れしたいところだが……」


 エリエは自分を半殺しにしたうえで呪いを掛けた〈シャドウ&ライトマーケット〉の店主たち、そしてその前に自分を返り討ちにした忌々しい魔術師のガキと月白色の肌の女を思い出し、身震いした。


「またあいつらに目を付けられても面倒だ……もう少し様子を見るとするかね」


 彼女にしては大人しく振る舞いつつ、ホウキに跨りあちこちを飛び回っていたエリエはある日、第7地区の郊外で、喋る一匹の黒猫を見掛けた。


 ──おや、なかなか知力と魔力が高そうじゃないか。手元に置いておきたいね。


 木にぶら下がった妖虫と会話していた黒猫がチラリとこちらを向き、その琥珀色の目と視線がかち合った瞬間、エリエの本能がチャンスだと告げた。


「そこの黒猫ぉ!!」エリエは空から一直線に下降した。「あたしの使い魔になりなぁぁぁぁ!!」


 当然ながら黒猫は逃走した。エリエは地面への激突を何とか回避して着地すると、ホウキを小脇に抱えて猛ダッシュで追い掛けたが、結局捕まえられなかった。


「ゼェ……ハァ……畜生、あの黒猫め……あたしゃ諦めないからね!!」


 それからというものの、エリエは毎日のように第1地区の東の自宅から第7地区の郊外まで飛んでは黒猫を探し回り、他人ならぬ他猫でもそれっぽいのがいれば追い掛け回した。


「何が何でもひっ捕えて下僕にしてやるよ……ヒヒッ、ヒヒヒヒッ、イーッヒッヒッヒ!!」


 そしてしばらくの月日が経過した、ある日の午後。


「ウヘ……ウヘヘヒャ……!」


 執念が実り、とうとう黒猫を見付けて狭い路地の行き止まりまで追い詰めた。


「もうここまで来たら逃げられないよ……」


 ホウキを放り、両手の人差し指同士を合わせ、それ以外の指を曲げる。そのまま呪文を唱えると複数の分身が造り出され、黒猫の退路を完全に塞いだ。


「さあ……観念しなぁ!!」


「はいカット~!」


 聞き覚えのある若い女の声に振り向いた瞬間、エリエの顔面に何かが直撃した。


「ギャッ!!」


 ドシンと派手に尻餅を突き、砂埃が舞う。顔を押さえて悶絶していると、声と共に足音が近付いてきた。


「うん、いい感じのやられっぷりだったねー。弱めの風魔法だったからちょっと大袈裟な気もするけどーっ」


「イデェェ……エッ!?」


 涙目で声の主を見上げたエリエの心臓は跳ね上がった。


「あ……ああああああんたは……!」


 因縁の魔術師のガキは、わざとらしく、そして憎たらしいくらいににこやかだった。


「じゃ、次のシーンは、半殺しにされたおばちゃんが、ホウキに乗って慌てて逃げてくところからねっ!」


 エリエは慌てて分身に攻撃を命じようとしたが、風魔法で吹き飛ばされたのか、全て跡形もなく消え去っていた。


「それじゃ、よーい……」魔術師が振り上げた右の拳に、炎が燃え立つ。「アクション!」


「あ……あひゃあああ……!」


 魔女は隠居を決意した。使い魔も諦めた。映画もしばらくは観たくなかった。


 


「ふう、やれやれ」


 頭をチリチリにし、あちこちから煙を立たせたストーカー女が空の彼方へと飛び去ってゆくと、トーヤンランは溜め息を吐いた。


「まさかあのおばちゃんだったとはね~」


「知っているのか?」


「うん、前にも懲らしめた事があるんだ」


「例を言う。ではゴーリーに会わせよう」


「待ってましたー!」


 咲良はぽかんとしているレイモンドに振り向き、


「今からゴーリーの所に行くよ!」


「あ、ああそうか」


「何でレモン君には見えないんだろ」


「実は昔、一度死んだ事があってな。蘇生したはいいが、何故か一部には認識されなくなった」


 咲良が黒猫に代わって説明すると、レイモンドは曖昧に頷いた。


「じゃ、早速しゅっぱぁ~つ! はいトーやん先頭立って案内してー!」


「いや、その必要はない」


「え?」


 トーヤンランの体がぐにゃりと歪んだかと思うと、ものの数秒で姿形が変化した。体長は黒猫姿とほぼ変わらないが、全身茶色で頭は三角、胴体は太くて尻尾が短い。油を塗ったようにツヤツヤしており、背中に網目模様がある。


「ゴーリーじゃないか!」レイモンドが興奮気味に声を上げた。「何かいきなり現れたけど、これゴーリーだぞ!」


「え、嘘!?」


 咲良はしゃがんでトーヤンランの頭から尻尾の先までまじまじと見つめた。


「何、トーやんは変身能力者(シェイプシフター)だったの?」


「そうだ」


「ゴーリーが喋った! ……ん? 変身能力者だって?」


「そ、トーやんがゴーリーに変身したの。そしたらレモン君にも見えるようになったみたいだね」


「不思議なものでな、何かしらに姿を変えると認識出来る者もいるし、そうでない者もいる」


「あー……ちょっと待てよ」レイモンドも咲良の隣にしゃがんだ。「って事はまさか、最近のゴーリーの目撃談って、あんたなのか?」


「そうだろうな」


 咲良とレイモンドは、不満と落胆が入り混じった悲鳴に近い声を上げた。


「何だよそれ! じゃあ本物は?」


「知らん。私も見た事がない。そもそも実在しているのかどうかも怪しいだろうよ」


「わざわざ変身して騒動を起こしたってわけ?」


「いや、そうじゃない。そんなつもりはなかった。責めるならさっきの魔女にしてくれ。あの女から逃れるため、様々な姿に変身していたのだからな」


「そのうちの一つがゴーリーで、目撃されちゃったってわけね……」


 トーヤンランは黒猫の姿に戻った。レイモンドには再び認識出来なくなったが、特別驚かなかった。


「ちぇっ、なーんだ。骨折り損だよ」


「トーヤンランとやら、まだそこにいるか?」


 レイモンドの口調には、僅かに怒りが込められていた。


「うん、いるよ。ちゃんとレモン君の方向いてる」


 レイモンドは立ち上がり、腕を組んでトーヤンランを見下ろした。


「懸賞金が水の泡となったのは、まあ仕方ない。正直、見付けられるなんて本気で思っちゃいなかったからな」


「え、そーなの!?」咲良は跳ねるように立ち上がった。「ちょっとちょっと! 誘ってきた方がそれ? こちとらやる気メーター振り切れてたっていうのに!」


「そ、そうか。それは悪かった。今度埋め合わせするから」


「ちょっとやそっとじゃ許さんぜよ!」


「わかった、わかった。あー、それで話を戻すが……」


 レイモンドは再び、トーヤンランがまだいるであろう場所へ向き直った。


「この魔術師リリーは、あんたの依頼を受けて戦ったんだぞ。仕事なんだから対価を貰うのは当たり前の権利だよな。それに、下手したら返り討ちに合っていてもおかしくなかったんだ。このまま残念でした、さようならってわけにはいかないだろうよ」


「おお、レモン君有難う。まあ、この天才魔術師が返り討ちなんてあり得ないけどね。じゃあそういう事だから、お代はきっっちりいただきまっっす!」


「まあ待て、落ち着け」トーヤンランは制するように短い右前足を上げた。


「あ、可愛い」


「ちゃんとそのつもりでいたさ。料金と口座番号を教えてくれ」


 咲良は、通常料金にこっそり割増した金額を何食わぬ顔で提示した。


「あ、お金じゃなくても、同じくらいの価値がある特殊なアイテムでもいいよ」


「そうか……よし、ならばいいものがあるぞ。未来予知が出来る羅針盤なんてどうだ」


「欲しい!」


「では後日必ず持参する。日時と場所の指定を」


「じゃあ〈歌魔女の森〉の中にある家まで来て。四日後の午前中はどう?」


「決まりだな」


「OK~! あ、ねえ、さっきのやつもう一回やってよ。ほら、前足をこんな風に上げてた……」


 ──どうやら、無事に解決したみたいだな。


 レイモンドがどんなに目を凝らそうが耳を澄まそうが、咲良一人で騒がしくしているようにしか見えないが、とりあえずは一安心のようだ。


 ──いや待てよ……おれはおれで埋め合わせをしなきゃならないんだったな。しかもちょっとやそっとじゃ許されず、下手すりゃさっきの魔女のおばちゃんと似たような目に遭わされる……のか?


 全然一安心ではなかった。

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