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咲良ちゃんの楽しい魔界生活  作者: 園村マリノ
第31話〜35話

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第32話 ゴーリーをさがせ!①

「あー……暇!」


 自室のベッドの上で大の字になりながら咲良はぼやいた。

〈シルフィーネ〉はセルミアの本業の都合で臨時休業、魔術師としての仕事依頼もない。先日通販で購入したクラーケン×カナロアのBL商業小説と、ソロモン72柱のオセ×セエレのBL同人漫画は、もう何度も読み返した。


「……何か楽しい事を探しに行くかな」


 パジャマから外出用のラフな服装──五分袖Tシャツにホットパンツとサンダル──に着替えていると、レイモンドから着信があった。


「久し振りだな。暇か? 暇ならこれから一緒にゴーリーを探さないか?」


「久し振り! 暇! 暇だからこれから一緒にゴーリーを探しちゃう!」


「汚れても構わない、なおかつ長袖と脚を出さない服装をおすすめするよ。あと電車乗るから金もな」


「うぇ~い着替え直しだぁ~い!」


 待ち合わせ場所である広場の噴水の前まで来ると、レイモンドが先に待っていた。何年も前から着用していそうなプリントがあちこちヒビ割れた長袖Tシャツに、色褪せたジーンズと履き潰されたスニーカー姿だ。


「お待たせ!」


「よう」


「で、ゴーリーって? まさかあの絵本作家? それともゴリラだったりする?」


「ああ、知らなかったか。ゴーリーっつーのは、昔から存在を噂されていた伝説の魔物だ。体長数十センチで、頭が三角、胴体は太く尻尾が短い。二メートル以上ジャンプ可能で、鳴き声を上げたりいびきを掻く事もあるらしい。

 蛇や大トカゲを見間違えたのだろうというのが通説だったが、最近この第7地区の郊外、特にプベツ(やま)の近くで目撃証言が相次いでいるんだ」


「え、それってツチノコ?」


「ん? いやゴーリーだ」


 ──何をもってゴーリーなんじゃい。〝槌の子〟の方が合ってるじゃん?


「で、おれはプベツ山の中に入って探そうと考えている。初めて登るが、山っつっても小さいし、ハイキングコースもしっかり整っているから迷う事もないだろう」


「て事は、服が汚れるかも……ああ、だから電話で言ってたのか」


 電車に揺られる事、約四〇分。

 咲良とレイモンドは、プベツ山の最寄駅に到着した。


「……周り、何にもないねぇ~……」


「だな」


 駅の周囲には田んぼが広がっている。民家は疎らで、店もなさそうだ。


「ああいう人たちを目にしなきゃ、人間界の田舎だと勘違いしそう」


 赤い月より雲の量が勝っている空には、魔法あるいは自身の翼で飛行している魔界人が数十人。


「歩いている連中も含めて、おれたちと同じでゴーリー探しに来たんだろうな。何もない町にしては数が多いし」


「プベツ山って、あのまっすぐ先にある岩肌が目立つ山?」


「そうだ」


「んじゃ競争! よーいドン・キホーテ!」


 言うや否や、咲良は砂利道を走り出した。


「だぁ~っおい! 距離あるぞ? 探す前から疲れるぞ!」


 一〇メートル程進むと、咲良は足を止めて振り返った。


「ところでさー、ゴーリー捕まえたらいくら貰えるのー?」


「確か、第10地区の大富豪が提示した額が一番高かったぞ。寿命が一〇〇〇年あっても使い切らないくら──相変わらず元気だな……」


 どんどん小さくなってゆく友人の後ろ姿を見送りながら、レイモンドは呆れつつも小さく笑った。


「ドンキホーテ? って何だろな……覚えていたら後で聞いてみるか」




「さ……流石に疲れた……」


 プベツ山の登山口まであと少しというところで、咲良の息と脚は限界を迎えた。


「ま、魔術使えば良かった……」


 砂利道の端に寄り、座るのに丁度良さそうな平べったい岩の上に腰を下ろして息を吐く。そうしている間に、ゴーリー探しが目的であろう魔界人たちがどんどん通り過ぎてゆく。


「レモン君は……」


 元来た方に目をやると、レイモンドはマイペースに歩いていた。咲良に気付いたようだが、ペースを上げる気配はない。


「あんにゃろ……わたし一人に、大変な思い、させやがって……およっ?」


 咲良の足元に、いつの間にか一匹の黒猫がちょこんと座っていた。勝手に全力疾走して勝手に息を切らして勝手にブツブツ文句を言っている魔術師を、琥珀色の目でじっと見据えている。


「あららぁ~ん可愛い猫ちゃんでちゅね~! こんにちにゃ~ん!」


「ニャア」黒猫は愛らしい鳴き声で応えた。


「挨拶も出来るんでちゅね~! お利口でちゅね~! あ、もしかして何か食べたいのかな? ごめんねー、何も持ってないの」


「いや、そうではない」打って変わって、黒猫は落ち着いた男の声を発した。


「うぉあっっ!?」驚きのあまり、咲良は後ろにひっくり返った。


「そんなに驚くとは」


「お、おっさん! いきなりおっさんボイスに! 何でよもう!」

 

「大丈夫かー?」


 レイモンドが相変わらずマイペースに歩きつつ声を張り上げた。


「重傷でーす!」


 咲良も起き上がって髪と服を(はた)きながら、負けじと声を張り上げた。土汚れに顔をしかめ、黒猫を睨み付ける。


「あんた誰?」


「私はトーヤンラン。君から特別強い魔力を感じ取ったので声を掛けた」


「あら、わかってるじゃんトム・ソーヤー」


「トーヤンランだ」


「で、この超一流魔術師に何の用? 仕事依頼?」


 プベツ山へと向かう通行人たちが、チラチラと咲良を見やる。


「そうだな……仕事依頼という事で、是非力を借りたい。最近、面倒な魔女に目を付けられて困っていてな。徹底的に脅かして追い払ってほしい」


「りょーかい。じゃ、料金説明を──」


「ゴーリーだ」


「え?」


「報酬はゴーリーだ。生きたゴーリーの居場所を教える」


「……マジ?」


「ああ、本当だ。こんなに愛らしい猫が嘘を吐くとでも?」


「自分で言っちゃうんだ……そもそも猫は喋らないんだよなあ……」


 ようやく追い着いたレイモンドが、トーヤンランのすぐ後ろで足を止めた。スニーカーのつま先が長い尻尾の先端に当たったが、互いに気にした様子はない。


「レモン君遅ーい!」


「君が速いんだよ……」 


「いきなりだけどレモン君、ちょっと予定変更しよう!」


「え?」


 咲良はレイモンドからトーヤンランへと再び視線を移した。


「その依頼、引き受けちゃる」


「よし、交渉成立だな」トーヤンランはニヤリと笑った。


「はい先生質問です」


 レイモンドが小さく手を挙げた。おどけたような口振りだが、表情はどことなく硬い。


「はいサイホユート君、何でしょう」


「気分を害したら申し訳ないが……さっきから君は誰と喋ってるんだ?」

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