第30話 コーヒーと聞き耳とライバルと
久し振りの魔術師稼業をさっさと終わらせた咲良は、初めて立ち寄った喫茶店のカウンター席で一息吐いていた。店長のおすすめだという、程良く熱いブラックコーヒーが身体中に染み渡る。
──ちょっと疲れたけど、簡単だったな。
第6地区内の、第7地区寄りに位置する小さな町に出没しては悪戯を繰り返していた、三匹のゴブリンの討伐依頼。泊まり込みの長期戦すら覚悟していたが、町に到着するなり運良く三匹全てと遭遇し、たまたま所持していた菓子で釣れたので、そのまま纏めて衝撃波でぶちのめした。
──もっと難易度の高い依頼が来ないかなぁ……暴走した巨大生物の制圧とか、半裸のマッチョなイケメン同士の喧嘩の仲裁とか……なんてね! グヘヘヘ!
「そういえばこの間、彼とデートだったんでしょ。どうだった?」
「実はプロポーズされたんだけど、ムカついたから断ったの。で、後で大喧嘩」
通路を挟んで後ろのボックス席に座る、女性二人の会話が聞こえてきた。一人は大きな赤い一つ目が顔の上半分を占めていて、もう一人はエメラルドグリーン色の肌をしている。
「マジ!? え、何で、どうしたのよ」
一つ目の女性が、ただでさえ大きな目を更に見開き、身を乗り出した。プロポーズされたのはエメラルドグリーンの方らしい。
「だってさ、通行人もいる、ごく普通の歩道のど真ん中でだよ? ムードもへったくれもない!」
「え、確か第6にある遊園地に行ったんだよね? 観覧車の中とか、レストランで夜景見ながらとかじゃなくて?」
「うん、ディナーの後の帰り道で。しかもすぐ後ろはゴミ捨て場」
「えええ……」
「丁度通り掛かった吸血鬼の若い子たちが囃し立ててさ。まあ、あたしが舌打ちしてから断ったら静かになったけど」
「うわ、そりゃ確かに嫌だわ。今後どうするの?」
「未だに謝ってこないし、結婚どころか別れる事になるかも」
──大変だねえ……。
咲良は聞き耳を立てつつ、メニューブックを開いた。パフェでもアイスクリームでも、何かしら甘い物を口に入れたくなってきた。
「そうだったのね……。愚痴ならバンバン聞くし、相談にもガンガン乗るからね!」
「有難う、親友。そういえば、あんたの方はどうなったのよ。ほら、前に合コンで知り合った狼頭のイケメン君」
「ああ、あいつ? マジでカス。私はキープ兼金蔓の一人だったの。いいように利用され続けて、一度拒否したらポイよ」
「嘘! 酷い……!」
──うん、酷いね。血祭りに上げてやらなきゃだよ!
自分だったらどうするか、咲良は脳内で勝手にシミュレーションを始めた。
「まあ、このまま泣き寝入りするつもりはないわよ。今度あいつの職場まで行って、私が受けた仕打ちとあいつの恥ずかしい一面を全部暴露して、社会的にブチ殺してやるつもりでいるから」
「本当に!?」
──マジで!?
パンツ一丁で逆さ吊りにされた狼頭の男は、咲良の脳内で霧散した。
「マジよマジ。私は有言実行の単眼女子だかんね」
──うわぁ見学してぇ~! むしろ参加してぇ~!
「やっぱりリリーだ」
ふいに横から話し掛けられ、咲良ははっと我に返った。
「久し振り。元気してた?」
「わ、カレン姐さん! 久し振りかつ偶然!」
友人かつ密かにライバル視している相手の登場に、咲良は驚きと嬉しさの入り混じった笑顔を浮かべた。
「歩いてたらあんたの姿が見えたからさ。隣、いい?」
「勿論。あれ、今日は紫のローブは着てないんだね」
「あれはクリーニングに出したばっかり。ていうか、毎日着ているわけじゃないからね?」
小柄な店員が来ると、カレンはミックスベリージュースを、咲良は追加でミニサイズのチョコレートパフェを注文した。
「話変わるけど、この間〈ゴモリー広場〉で鬼車がご臨終だったの、あれって姐さんが?」
「ん? ああ~あれか。そうだよ。あのままじゃ犠牲者が出ていただろうから」
「流石! ねえ、いつになったらわたしと魔術勝負してくれるの?」
「ああ、そういえば約束していたね。でも本当にいいの? 私結構強いし、接待モードは備わってないからね」
「それはわたしもだよーん」
先程とは異なる店員がミックスベリージュースを持って来ると、カレンは早速喉を潤した。
「姐さん、また話は変わるけどさ。わたしたちが初めて会ったのって、割と最近だよね?」
「まあ、そうだね。〈歌魔女の森〉の、今はあんたの家に私が訪ねて」
「うーん……」咲良は小首を傾げた。「実はさ、あの時が初めてじゃない気がして」
「何処かで会っているって? まあその可能性はゼロじゃないけだろうけど、こんな巨乳美女を忘れるわけないでしょ~!」
「だよね~! 姐さんだってこんな可憐な美少女忘れるわけないだろうし~!」
咲良とカレンは、これ以上面白い話はないと言わんばかりにケラケラと笑い合った。
当人たちは全く意識していないが、その心底楽しそうな表情は、周辺から見るとよく似ていた。




