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第3話 窃盗ダメ。ゼッタイ。

 様々な理由から人間界にすっかり嫌気が差し、無計画に勢いだけで魔界に引っ越してきた魔術師の少女、咲良。

 幸いな事に、転移した直後にレイモンドという親切な青年と出逢い、立派な家を貸してもらえた。更にその数時間後、バイト先を探していると、ファヴニルという親切な青年に古書店〈シルフィーネ〉を紹介され、美人な女性店主と面接をした結果、採用となった。


「わたしってばほんっとに強運の持ち主! 日頃の行いがいいからかな?」


 帰り道、ついテンションが上がり、魔法で発動した炎を両腕に纏って歌い踊りながら歩いていたら、うっかり〈歌魔女の森〉で火事を起こしかけてしまったが、幸い、水魔法ですぐに鎮火出来た。目撃者がいたらどうにかしちゃわないといけなかったが、これまた幸いにその必要はなかった。


「いやもう、わたしってば強運過ぎる! 前世で徳積みまくってたのかな!?」




 それから一〇日後、古書店〈シルフィーネ〉。


「うぇ~い超ヒマ~……」


 咲良はレジカウンターに両手を置き、その上に顎を乗せた。


「お客さん……来いやっ!」


 アルバイトを募集していたくらいなのだから、それなりに忙しいのだろうと思っていた。しかし、初日から今日までの間にやって来た客は三〇人もいないし、その内商品を購入したのは五、六人程だった。


 ──時給いいけど、ホントに大丈夫なのかなあこの店。


 店内の掃除は店長と一緒に終えているし、休憩までまだまだ時間がある。


「いっそ、何かハプニングでも起きないかなあ……」


「セルミア(ねえ)さんいるかい!?」


 店のガラスのドアが勢いよく開かれ、恰幅のいい狼頭の男性が現れた。〈シルフィーネ〉の五軒隣の酒屋の主人だ。


「あ、こんにちは。店長なら今休憩中ですよ」


「いつ終わる?」


 二人の会話が聞こえたのか、レジの奥の小部屋から暖簾(のれん)をくぐって一人の女性が姿を現した。〈シルフィーネ〉の店主、セルミアだ。月白(げっぱく)色の肌に真っ青な目が印象的で、ウェーブの掛かった銀髪を腰まで伸ばしている。


「どうしたの慌てて」


「おう、姐さん! 例の万引き犯がタムの店で捕まったよ! (ツラ)を拝むかい?」


 セルミアの目がキラリと光った。


「勿論よ! 悪いわね咲良、店番頼むわ」


「はーい、いってらっしゃーい」


 セルミアと酒屋の主人は小走りで店を去っていった。

 咲良が〈シルフィーネ〉で働き始める少し前まで、隣の第6地区の各商店では同じゴブリンによる窃盗が相次いでおり、最近ではこの第7地区でも被害が出ていた。五軒隣の酒屋に至っては、三回も被害に遭ったらしい。

〈シルフィーネ〉でも一度、窃盗未遂が起こった。商品は奪われなかったが、逃亡の際に乱暴に投げ捨てられたせいで十数ページが折れ、ハードカバーに目立つ傷が付いてしまったという。

 他にも被害に遭った店は多い。犯人のゴブリンは、絶対に無傷ではいられないだろう。


「店長てば『犯人が捕まったら、下半身を使い物にならなくさせてやる』って息巻いてたもんな。一体どんな罰を与えるつもりなんだろ……ンフフヘッ」


 ドアが開いた。セルミアが戻って来たのかと思いきや、別人だった。白地に金色の様々な模様が入ったパーカーを着ており、店内に入ると、すっぽりと頭を覆っていたフードを脱ぎ、容姿を露わにした。鮮やかな緑色の髪と、同じ色をした奥二重の切れ長の目が特徴的だ。


 ──あ、この前も来た人だ。


 客数が少ないうえに、魔界人は個性的な容姿の者が多いので、比較的覚えやすい。そして何よりも。


 ──背が高くて筋肉質な感じで……ムフフッ、わたしのイケメンレーダーが反応するんだよねっ! 


 青年と目が合うと、咲良は慌てて背筋を伸ばした。


「いらっしゃいませっ!」


 とびきりの笑顔で挨拶したが、青年は無反応で店の一番左奥へ姿を消した。


 ──この前もそうだった……この前もそうだったっっ! うーん、無・愛・想!


 数分後、再びドアが開いた。


「いらっしゃ──あ!」


 次に訪れたのは、咲良が初めて遭遇した魔界人であり、恩人でもある青年だ。


「レモン君、いらっしゃいませ!」


「おう、どうだ仕事は。店長にこき使われてないか?」


 レイモンドは〈シルフィーネ〉の常連というわけではないが、セルミアとは顔見知りらしい。


「おかげさまで、少しずつ慣れてきたよ。まあ結構ヒマだけど」


「一人で店番か?」


 咲良は店長が店を留守にしている経緯を説明した。


「へえ、そんな事が。そのゴブリン、命はないだろうな」

 

「ヤダァ~怖ぁ~い!」


「全然怖がってる風には聞こえないぞ」


 緑髪の青年が店の奥から戻って来た。咲良とほぼ同時に振り向いたレイモンドの顔に、驚きが混じった笑顔が浮かんだ。


「ティト!」


「やはりお前だったか」


 ティトと呼ばれた緑髪の青年の表情が、僅かに柔らかくなった。


 ──おっ、笑った? 


「いつからいたんだ?」


「五分前くらいだ」


「え、ていうか」咲良は二人を交互に見やった。「レモン君とお客さん、知り合いだったの?」


「ああ。何十年の付き合いだったかな。なあティト」


「ほえ~!」咲良はティトに向き直り、もう一度笑顔を見せた。「咲良です! レモン君には家探しでお世話になりましたー。本業は魔術師だけど、そっちは今のところ仕事ないからここでバイトしてまーす」


「……ティト・グレイア」


 ──!


 小さく頭を下げるくらいの反応しか期待していなかった咲良は、少々驚いた。


 ──ティト君、か。


 思わずニヤけそうになった口元を、小さな咳払いで誤魔化す。


 ──種族何だろ。まあいいやそれは。何か嬉しいんですけどー! やっほう!


「魔術師の方もやってるのか」


「うん。街中の掲示板に貼り紙したけど、今のところ依頼なし」


「こっちのバイトの方が安全だから、いいんじゃないか?」


「えー、せっかくだからこの超一流の腕前、存分に振いたいしー……」


 ドアが開き、今度こそセルミアが戻って来た。


「あ、お帰りなさい」


「あら、サイホユートにグレイアじゃない。いらっしゃい」


「どうも」レイモンドは小さく手を挙げた。


「もう咲良と仲良くなったの?」


「おれは元々顔見知りだ。つっても、最近知り合ったばかりだけど」


「あら、そうだったの」


「店長、ゴブリンはどうなりました?」


 セルミアはキュッと口角を上げた。よく見ると、その青い目は笑っていない。気のせいだろうか、室温も下がったように感じられた。


「詳しく知りたい?」


「……えーっと……」


 レイモンドが目で何かを訴えている。読心能力のない咲良でも、彼が言わんとしている事を理解出来た──〝なあ咲良、世の中、知らなくていい事だってあるんだからな〟


「いえ、ダイジョブです」

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