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咲良ちゃんの楽しい魔界生活  作者: 園村マリノ
第21話〜30話

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第23話 無法者

「少なくとも一時間は待つな」


「うひゃあ……」


 まんまるな金色の月がギラギラと輝く夜。

 自分へのご褒美として、スペシャルディナーセットを満喫しようと〈ハルピュイア亭〉へ足を運んだ咲良だったが、店の外には順番待ちの客たちがズラリと並んでいて、牛頭の店主が声掛けをしているところだった。


「じゃあ今日はいいや……また来るね、てんちょさん」


「ああ、また来てな」


 ──こりゃ、早くしないと他の店もヤバいかも!


 咲良は急いで近隣の飲食店を回ってみた。麺類中心の店、怪獣・珍獣料理の店、軽食喫茶チェーン店……。何処もかしこも混み合っていて、そう簡単に食事にあり付けそうにはなかった。


 ──ほとんどいつも家で食べるから知らなかったけど、この辺結構混むんだ!?


 咲良の腹が盛大に鳴った。


「お……お腹空いた!!」


 諦めて帰ろうかとも思ったが、この空腹状態で森の中を歩くなんて想像しただけでも辛い。転移魔法は使えるが魔力を多く消耗するし、魔力の消耗は体力の消耗にも繋がる。無事に転移出来たとしても、食事を支度するだけの力は残らないかもしれない。


 ──この際全然豪勢じゃなくていいから、とにかく何か食べたいっっ!!


 咲良は必死の形相で、少しでも早く席に着けそうな店を探し回った。野菜・果物料理の店、ファミレス、居酒屋、ファミレスその2……。


「だ、駄目だ……全部混んでる! 絵に描いたような長蛇の列!!」


 咲良はよろめきながら道の端に寄ると、小さなビルの壁に背を付けてズルズルとしゃがみ込んだ。空腹の限界が近付いている。


「や、やっぱり大人しく転移魔法で帰る方がいいのかな……」


 諦めかけたその時、目の前をゆっくり通り過ぎてゆくカップルらしき男女の会話が、咲良の耳に入ってきた。

 

「そういやこの辺だったかな、あの店が隠れてるってのは」


「あの店って?」


「〈Outlaws(アウトローズ)〉っていう、ダイニングバーだよ」


 ──おっ?


「ダイニングバーが隠れてるってどゆコト、ハニー」


「特殊な魔法が掛かってるから、高い魔力を持った奴じゃないと存在を認識出来ないんだよ。僕が聞いた話だと、この辺の路地裏にあるらしいんだが」


「えー、そのお店行ってみたーい!」


「いやあ、見付かるかなぁ……」


 ──おっしゃ。


 咲良は立ち上がった。


 ──わたしは見付けちゃうもんね~!




「魔法で隠されたダイニングバー?」


 咲良がカップルの会話を耳にしていた頃。

 ウィルと共に〈ハルピュイア亭〉でスペシャルディナーセットを満喫中のレイモンドは、皿の上の豚肉をナイフで切りながら、吸血鬼の友人が口にした言葉を鸚鵡返しにした。


「ええ。この先の繁華街の何処かに存在しているけど、並の魔力の者じゃ認識出来ない特殊な店、だそうです」ウィルは、一口サイズにちぎった焼き立ての白パンにバターを塗っている。「伯父は何度か行った事があるみたいですが」


「流石はコリン・ルフソーマ。苦手な事なんてないんじゃないか?」


「この間旅行した時、滞在したホテルの中で迷って従業員に助けて貰ったらしいです」


「あー……それはホテルが広くて、ちょっと複雑な構造をしてたとか」


「本人もそう言ってましたけど……どうでしょうね」


 ウィルは小さく笑うと、パンを口に運んだ。レイモンドは豚肉を刺したフォークを口元に近付けたところで、ふと思い出したように手を止めた。


「そのダイニングバー、今度一緒に探しに行かないか」


「一緒に?」


「ああ。そんな面白い話を聞いたんじゃ、探してみたくなるだろ。でもおれ一人じゃ自信ないからさ」


「いいですよ」


 ウィルは平静を装っていたつもりだったが、新たにちぎったパンにバターを塗る時、無意識に鼻歌を歌っていた。


「それともう一つ」


 ウィルは顔を上げた。


「もうそろそろ敬語は使わないでくれよ。咲良にだって使ってないだろ」


「……うん」


 レイモンドが安堵したように微笑むと、ウィルの頬も自然と緩んだ。


 


「やあっと見付けたぁ~っ!!」


 とある路地裏の一角。

 咲良は大きく息を吐き出しながら、堪え切れずに苦笑した。

 頭上のスポットライトでぼんやりと照らされた青色の扉。コンクリートの壁面に取り付けられた黒色のアクリル看板には、金文字で〝Outlaws〟と記されている。

 目の前を何度も何度も通り過ぎていたにも関わらず、咲良がそれらの存在を認識するのに、かれこれ三〇分近くは掛かってしまった。


 ──この超一流魔術師をそんなに長く欺くなんて……やるわねこの店!


 空腹のピークは過ぎていたが、どんな料理が揃っているのかと想像したら、すぐに食欲が戻ってきた。


「ウラアッ!!」


 咲良は勢い良く扉を開いた。

 店内は想像していたよりも明るく、広さもあった。向かって右側には一〇席程のカウンターと、反対側には二人掛けのテーブル席が数卓。どちらも客がいっぱいで、手前の何人かがこちらに振り向いた。


 ──あー……ここでもまさかの満席?


「あら、新顔だね」


 髪を複数の色に染め、濃いアイメイクをバッチリ決めた細身の女性店員がやって来た。背中の小さな黒い翼が、挨拶でもしているかのように小刻みにパタパタ動いている。


「一人?」


「うっす」


「カウンターの一番奥が空いてるよ」


「ラッキー!」


 咲良がヴィンテージ調のハイチェアに腰を下ろすと、右隣の小柄な男性──座高は咲良より少し高いくらいだ──が、左手で弄んでいた空のゴブレットから顔を上げた。


「えー、どれどれ?」


 薄紫色の肌の女性店員がメニュー表を持って来ると、咲良は早速メインディッシュの一覧に目を通した。バイコーンのステーキ、クラーケンの唐揚げ、豚とドラゴンのクリームパスタ……。


 ──うーん、どれも迷う!!


「コカトリストマトリゾットなんてどうだ、おねえちゃん」


 咲良はメニュー表から隣のアドバイスの主に視線を移した。


「肉に齧り付きたきゃバイコーンやドラゴンでもいいが、ここは肉よりも米や麺の方が美味いぞ」


「何回も来てるの?」


「飽きる程にはね」


 男性がニカッと笑うと、大きな前歯が目立った。まだ若く、咲良と大して変わらないくらいの年齢に見えるが、魔界人は判断し難い。黒地に白色の刺繍が入ったウェスタンシャツと、濃紺色のジーンズは小綺麗だが、被っている黒いボーラーハットは年季が入っている。


「それじゃ、勧めてくれたのを食べてみるね、常連さん」


「ハリーって呼んでくれ、一見のおねえちゃん」


「わたしはリリーって呼んで」咲良もニッと笑ってみせた。「超一流魔術師よん」

 



「へえ、ハリーちゃん魔界一周の旅してるんだ。どれくらい進んだの?」


「世界地図見た感じじゃ、まだまだ五分の一程度ってとこだな。この世界は広過ぎる」


 コカトリストマトリゾットとお喋り(そう)のサラダセットを胃に収めた咲良は、食後のホットコーヒーをゆっくり味わいながら、すっかり意気投合したハリーとの会話を楽しんでいた。

 ハリーはカラフルなカクテルに少しずつ口を付けている。咲良が来る前から既に数杯呑んでいるらしいが、全く酔った様子を見せていない。


「それに、この街がすっかり気に入っちまってさ。もうしばらく滞在するつもりだ」


「いいんじゃない、気の済むまでいれば。急ぐ旅じゃないんでしょ?」


「まあな」


「元々何処に住んでたの?」


「遠くだ……ずっと遠く」


「ふーん……」


 会話が途切れると、咲良は店内を見回した。カウンターの客はだいぶ減り、ハリーの隣から三つくらいまでは空いているが、テーブル席の方はまだほとんどが残っていて賑やかにしている。


「ここにいる皆、なかなかの魔力の持ち主って事だよね」


「うん? まあそうみたいだな」


「魔術対決してみたいなあ」


 ハリーは一瞬目を見開いたが、すぐに納得したように笑った。


「魔術師の血が騒ぐって?」


「そりゃもうね!」


「よっぽど自信があるようだな」


「言ったでしょ、超一流だって。目指すは魔界最強!」


「魔界最強、か。そりゃいいね」


「ハリーちゃん、一度勝負してよ」


「いやいや、魔術はさっぱりだ。だが……」ハリーは左手で拳銃の形を作り、ゴブレットを撃つ真似をした。「射撃なら負けないね」


「ガンマンなの? 確かに服装がそれっぽいとは思ったけど」


「超一流のな」


「それじゃ、ビリー・ザ・キッドみたいな? 無法者(アウトロー)と一緒にされちゃ嫌か──」


 そこまで言って、咲良はギクリとした。


 ──ヤバい、ついうっかり。


「あー、ビリーってのは、前に読んだ本に出て来たキャラクター」


 嘘を誤魔化すように、咲良はほとんど冷めたコーヒーの残りをグイグイと飲んだ。


「どんな奴?」


「えっ」


 自分が知っているだけの知識──といっても大して詳しくないが──を披露するか、口から出任せを言うか、咲良は迷った。

 

「あー……えーとね──」


「俺は知ってる」


「え?」


「そいつは射撃だけじゃなくて、ピアノとファンダンゴも上手いぞ」


 ハリーはポカンとしている咲良にウィンクしてみせると、残りのカクテルを一気に呑み干し、立ち上がった。


「用があるから俺はもう行くが、帰り道は気を付けるんだぞ。じゃあな、一流魔術師リリー」


「……咲良」


「うん?」


「咲良って言うんだ、本当の名前」


 二人はどちらからともなく微笑んだ。

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