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咲良ちゃんの楽しい魔界生活  作者: 園村マリノ
第21話〜30話

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第21話 出て来いや世紀末吸血鬼

(あね)さぁん! 助けてくれぇ!!」


 自宅周辺の草毟りに勤しんでいた咲良の元に、突然の来訪者が走って現れた。金髪モヒカンで、左右の耳には複数のシルバーピアス。レザージャケットと薄い青色のジーンズ、茶色いブーツという服装の、青白い肌をした筋肉質な体付きの男だ。


「その世紀末感溢れる姿……ミッケル君?」


「そうっす、ミッケルっす!」


 ミッケルは第13地区に住む吸血鬼の青年だ。以前、うっかり肉食の凶暴な蜂の巣を刺激してしまい、怒り狂った大群に追い掛け回されていたところを、通りすがりの咲良に助けられた事がある。


「姐さん頼んます! 匿ってください!」


「え、どうしたの」


「後で説明するんでどうか早く!!」


「う、うんわかった。中入って」


 咲良は足がフラフラのミッケルをテーブルまで連れてゆくと、一番手前の椅子に座らせた。


「コーヒーと紅茶とレモンジュース、どれがいい?」


「浴びるように酒が呑みたいっす~」


「一昨日降った雨が家の裏で大きな水溜りになってんだよね」


「レモンジュースお願いしやす!」


 ミッケルはコップになみなみと注がれたレモンジュースを一気に飲み干すと、満足そうに空気を吐き出した。


「で、どうしたの」


 ミッケルの正面の椅子に腰を下ろすと、咲良は尋ねた。


「実は……追われてるんっす」


「追われてる? 誰に」


「えと、それは──」


 玄関ドアが叩かれた。ミッケルはビクリと体を竦ませ、怯えた表情を見せた。


「き、来た!! 隠れさせてくれっっ!!」


「待って、相手は誰なの。何で追われてるの」


 答えるよりも先に再びドアが叩かれると、ミッケルは慌てて席を立ち、勝手にトイレの中に逃げ込んだ。


「ちょっ……まったくもう」


 咲良はゆっくりドアに近付いた。三回目のノックは今までよりも強めだった。


 ──天才美少女魔術師の勘が、これはちょっと面倒な事になりそうだって告げてる……。


「あー……どちら様?」


「吸血鬼の男をこちらに引き渡してほしい」低い女の声が答えた。


「コチャラニ・ヒキワタシーノさん? こんにちは!」


「……遊んでいる暇はない」


「わたしも暇ないんですけどー! 草毟りの途中なんですけどー!」


「今すぐ引き渡してくれれば万事解決だ。私は仕事が進められるし、あなたは草毟りを再開出来る」


「それはそうだけど……そもそも何があったの? 何でミッケル君を追って来たの? それくらい教えてよ」


「その男は──」


 別の誰かの走る足音が近付いて来た。


「出て来いやぁクソ吸血鬼っ!! 中にいるのはわかってんだぞ!!」


 ドアが乱暴に叩かれ、息を切らしながらも怒れる男の声が響き渡った。


「え、何、ヒキワタシーノさんのお仲間?」


「いや……」


「って事は別の面倒ごと?」 


「出て来いやぁ!! 穏便に済まそうやぁ!!」


「いや既に穏便じゃなくなーい?」


 ──これは詳しく話を聞いた方がいいな。


 咲良はそっとドアを開けた。

 まず最初に視界に入ったのは、奥二重で切れ長の目をした褐色肌の女性だ。長い黒髪を後ろで一つに纏め、カーキ色のタンクトップと焦茶色のショートパンツ、黒色のブーツという服装で、腰のベルトには何やら武器らしき物が入ったホルスターが付いている。


「……ヒキワタシーノさん、冒険家なの?」


「リュールグレース・デスチェイン。追跡者だ」


「へえ、追跡者? のリュールさん。で、その隣が……」


 リュールグレースの右隣には、彼女や咲良よりもずっと背は低いが筋肉モリモリで、焦茶色の髪と髭がモジャモジャの男性──恐らくドワーフだろう──が、肩を怒らせ、額に青筋を立てた険しい表情で立っている。サイズが小さいのか、若草色のシャツと黒い半ズボンはピチピチで、茶色いサンダルはボロボロだ。


「ブチギレンコさん?」


「ああ? おれぁ、ギタルデオってもんだが」


「ああ、どうも……」咲良は外に出ると、後ろ手にドアを閉めた。「で、二人共、何があったのか説明してほしいんだけど。まずはリュールさんから」


「一週間前の事だ。私の依頼人が経営するバーで、あの吸血鬼の男が、他の客と酒の飲み比べ対決をして負けた。酒代は負けた方が全額支払うというルールを設けていたが、どさくさに紛れて支払いをせずに店から逃亡した」


 リュールグレースは淡々と説明した。


「それ本当? ミッケル君で間違いないの?」


「間違いないぞ!」ギタルデオが割り込んだ。「間違いなくあの吸血鬼の野郎だ!」


「あー、えーと、ギタおじさんは──」


「何故なら、その勝負で勝ったのはこのおれだからだ!」


「え、マジ?」

 

「おうよ!」


 ギタルデオはドヤ顔で胸を張った。褒めないと怒り出すのではないかという気がしたので、咲良は拍手しておいた。


「じゃあ、ギタおじさんが追って来た理由は、その飲み比べに関係してるの?」


「そうだ、まさしくその飲み比べだ! あの野郎が金を払わず逃げたせいで、残ったおれが二人分全額支払う羽目になったんだ!!」


「あなたが払った?」


 これまで表情を変えず黙って聞いていたリュールグレースが、問いを口にした。


「おう、店主には飲み比べの事を説明したんだが、聞き入れちゃくれなくってな。用心棒みてぇな奴らも顔を出してきやがったから、仕方ねえ。しかもどうやらぼったくり店だったみたいでよ、お陰ですっかり金欠だぜ畜生。だからさっさとあの吸血鬼野郎に返済して貰わんとな! 早く出て来いやぁっっ!!」


 咲良は、ドアに向かって拳を振り上げたギタルデオをやんわり制した。


「ギタルデオ、あなたは間違いなく支払った?」


「何だい追跡者のねえちゃん、オレを疑うのか?」


「私が依頼人から聞いた話では、勝者側も自分に支払う義務はないと言って帰ってしまったそうだ」


「何だってぇ!? 冗談じゃねえぞ!!」


「ありゃりゃ? この話、何かおかしいぞっ」


 玄関ドアが内側から控えめに叩かれた。


「あ、ミッケル君」


「あの、今の話聞いてたんすけど! オレ、無実っすよぉ!!」


 咲良たち三人は顔を見合わせた。


「無実たぁどういう事だ? 出て来て説明しな」


「ギタおじさん、手を出さないって先に約束しといて」


「何もしねえからよ!」


 ミッケルはそっとドアを開き、恐る恐るといった様子で顔を覗かせた。


「た、確かに飲み勝負はオレの負けでしたよ? けど金はちゃんと払いましたよ、全額! 馬鹿高くて納得いかなかったっすけど、ちょっと抗議しただけでスゲーおっかない顔されて」


「ミッケル君、それ本当?」


「嘘じゃないっすよ! 魔王ルシファーに誓って!」


 森の奥から、鳥か獣かわからない生き物の、嘲笑うような鳴き声が響き渡った。


「……おれぁ今からあの店主の所へ行く」


「同じく」


 ギタルデオとリュールグレースの声は落ち着いていたが、咲良とミッケルにはそれがかえって恐ろしく感じられた。


「邪魔したな、家主のねえちゃん。それと吸血鬼のにいちゃん、あんたには謝らなきゃならんみたいだな」


「い、いや……気にしないでくれっす」




 クールな追跡者と怒れるドワーフが去ると、咲良とミッケルは再びテーブルに着いた。


「はぁ~、危うく犯罪者にされるとこだった! おまけにあのドワーフのオッサン、超怖かったっす!」


 ミッケルはテーブルに突っ伏した。


「濡れ衣晴れて良かったね。今後はお店選びは慎重にね」


「っす!」


「何か疲れた。草毟りはちょっと休んでからにしよ。ジュース飲む?」


「お願いしやすっ!」


 二人分のジュースを用意しようと咲良が立ち上がった時、玄関ドアが叩かれた。


「あれ、さっきの二人? いや違うか」


「こっ、今度こそ来た……!」


「え?」


 咲良は怯えるミッケルを見やった。


「ねえ、ちょっと待って。さっきの二人に追われてたからここまで来たんじゃなかったの?」


「違うっす! あの二人は予想外っした!」


「はあ?」


 再びドアが叩かれると、ミッケルはビクリと体を竦ませた。


「えっと……じゃあ君は元々何から逃げてたの?」


「ま、前にちょっとだけ付き合ってた女の子っす。優しくて穏やかな子だと思ってたのに、付き合い始めたら嫉妬深くて束縛激しめで」


 咲良の口から変な声が漏れた。


「すぐ別れ話を切り出したんっすけど、絶対嫌だ、別れたくないってゴネられて──」


 三回目のノックは、ドアが破壊されるのではないかという程の激しさで、二人は飛び上がりかけた。


「ミッケルゥゥゥ!! 中にいるのはわかってんだからねぇぇぇぇぇっっ!? 出て来いやっっ!!」


 ミッケルは悲鳴を上げると再びトイレに逃げ込んだ。


「……草毟りの続き、手伝って貰うからね」


 咲良は溜め息を吐くと、玄関へと向かっていった。

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