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第16話 魔女エリエの逆襲!

 ゴブリンの父と魚人の母から、この上なく醜い容姿と心を持って生まれた初老魔女、エリエ。

 彼女は今、ある二人の女性に対し、そりゃあもう強い怒りと憎しみを抱いている──もっともそれは、逆恨みに他ならないのだが。


「あのクソ(アマ)……あのクソガキャ……!!」


 エリエには昔から盗み癖があった。日用品から高級品まで様々な物を、そりゃあもう数え切れないくらいに盗んできた。盗みがバレて逃走した回数も、逃走に失敗して捕まった回数も、その後牢屋にブチ込まれた回数も相当なものだが、醜い容姿や心と同じく生まれ持った悪運で生き延びてきた。


「あの市場は絶好の穴場だったのにさ……!」 


 数年前に衣料品店で大量の下着を盗むのに成功して以来、〈シャドウ&ライトマーケット〉はエリエのお気に入りの場所となっていた。どの店も客が多いためか店員に気付かれにくいし、怪しまれている空気を察したらすぐに店を出て人混みに紛れてしまえば、こっちのものだった。

 本当に上手くやっていたのだ。あの二人──リリーとかいう魔術師のガキと、お高くとまった月白色の肌の女に出くわすまでは。


「あたしが()()()姿()()変えられた原因を作ったあ奴ら……生かしちゃおけないよ!!」


 エリエはニヤリと笑った。雇った探偵の調査により、とりあえず高飛車女の居場所だけは掴んでいる。


「待ってな……今からあんたの店まで行って、そりゃあもう死んだ方がマシだってくらいの酷い目に遭わせてやっからさあ!!」


 エリエの大きな()()()が、彼女の小さな家の中で響き渡った。




 第7地区、北の小さな町。


「蟻のぉ~、ママはぁ~、肝っ玉母ちゃ~ん~」


「それは何て曲?」


 ご機嫌に歌う咲良に、その隣を並んで歩くレイモンドが尋ねた。


「『アント・イット・ゴー』。『蟻と成り行きの女王』っていうバトルものの映画の主題歌よん。今頃続編出てたりするのかな~……」


 レイモンドは声を落とし、


「人間界に戻りたくなった?」


「まさか!」咲良は小さく笑った。「あんな世界、死んでも戻らないもんねっ」


 ──何があったんだか。


 いくら変わり者で魔術の腕も優れているとはいえ、自分が生まれ育った世界そのものを捨て、人間以外がメインの不慣れな世界へ移住するのは余程の事だろう。


 ──まあ、おれから聞き出さなくとも、いつか自分の口から語ってくれるだろう。


「あ、レモン君! もしかしてあの店? ほら、レンガ造りの壁の」


「おう、あれだ」


 二人の視線の先にあるのは、老舗レストラン〈ハザマ〉。店名の由来は、昔々、自身の強大な魔力と明晰な頭脳で魔界の支配を企んだという、人間の美少年の名前らしい。

 咲良が店の存在を知ったのは、一週間前の仕事中、セルミアとの会話でだ。一人で訪れても良かったのだが、せっかくだから誰か誘おうと思い、スマホの抽選アプリに友人らの名前を登録してガラポンしたら、レイモンドとウィルが当選した。


「ウィル君も来られれば良かったな~」


「だな。まあ用事があるなら仕方ない」


「今度また三人で行く予定立てるよ! そしたらわたし当日に急な用事が出来てパスするから二人きりで行っといで!」


「いや何でだよ」


「細かい事は気にしない! ……あれ、ていうか待ってレモン君」咲良は足を止めた。「お昼時なのに、周りにお客さんの気配なくなーい? 何かさあ、嫌な予感がするんだけど」


「言われてみれば。しかも店内暗そうだし」


 店の前まで駆け寄った二人の目に入ったのは、ドアの貼り紙と、そこに書かれた二行の文章だった。


〝臨時休業〟


〝コンロがブッ壊れました!〟


「うわマジかぁ~!!」レイモンドは両手で頭を抱えた。


「南無三!!」咲良は膝から崩れ落ちた。




「ヒヒッ、ヒヒヒヒッ! よ、ようやくここまで来たよ……!」


 エリエが〈シルフィーネ〉の近くまでやって来たのは、家を出た翌日の昼頃だった。


「道中で何度も死にかけたし……くっ、こんな姿にさえなっていなけりゃ!!」


 前方から鬼族の子供がやって来た。エリエに気付くと笑顔で指差し、


「あ、ニワトリだ~!」


「うるせえこのクソガキャ! とっとと消えなきゃ(つつ)き殺すぞ!!」


「あはは、コケコケ鳴いてら!」


「死にたいようだねえ!?」


 エリエが顔に飛び掛かると、子供は悲鳴を上げて逃げていった。


「ケッ!」


 あの日、咲良(リリー)とセルミアに敗れたエリエは〈シャドウ&ライトマーケット〉に連れ戻され、店を営む者たち──エリエの万引きの被害者だ──から半殺しにされた挙げ句、文房具屋の女主人の呪いにより、全長七〇センチ程のニワトリに変えられてしまったのだった。

 今までの自分の罪と向き合い、悔い改める事が出来たなら自然と元の姿に戻れる──文房具屋の女主人はそう説明したが、一向に呪いが解ける気配はなかった。何せ、エリエは未だ一ミリも反省していないからだ。


「さて、気を取り直して……」エリエは〈シルフィーネ〉の方に向き直った。「まずは店の中で暴れ回って、糞もしまくって、大損害を出してやろうじゃないのさ! ヒヒッ!」


 エリエは疲れを忘れ、駆け出した。


「そしてその後、この鋭い嘴で目ん玉を……おっといけない、残酷表現が過ぎるとR18に設定し直さなきゃならないからね! ……いや、あたしゃ何言ってんだ?」


 あと数メートルの所まで来た時、エリエはある事に気付いた。


「……あれは……」


 店のドアのど真ん中に、何かが書かれた白い紙が貼られている。

 

「ま、まさか……!!」


 エリエはもう少し進むと一旦足を止め、限界まで首を伸ばし、小さな目を見開いた。

 

〝臨時休業〟


〝レジの鍵がブッ壊れました★〟


「南無三!!」


 ニワトリの悲痛な鳴き声が、辺り一帯に響き渡った。

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