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第13話 人間の魔女

「いらっしゃいませー」


 いつも通りに朝から客足の乏しい〈シルフィーネ〉に、古書店には似付かわしくない雰囲気の女性客がやって来たのは、昼を過ぎた頃だった。


 ──わお。


 青白い肌に真紅の切れ長の目、目と同じ色の口紅を塗った、ふっくらして潤いのある唇、腰元まで長く伸ばした金髪。詰襟で、両脇に太腿付近から深いスリットの入っている、白い花が描かれたチャイナドレスのような青いワンピースは、出る所は出て引っ込む所は引っ込んだスタイルのいい体にフィットしている。


 ──いやこの店に全然合ってねえ~……!


「あら、初めて見るお顔ね」


 女性はレジの咲良に気付くと、にこやかに言った。


「最近入った子?」


「そうです」


「ここの店主、意地悪でおっかないでしょ~?」


「えっ?」


「だぁーれが意地悪な鬼ババアですって?」


 レジの奥の小部屋から、セルミアが姿を現した。声にはドスが効いていたが、その顔には笑みが浮かんでいる。


「鬼ババアとまでは言っちゃいないでしょ!」女性も笑っていた。「久し振りね、セルミア」


「ほんと久し振りね、ミリール!」


 セルミアと女性は、カウンター越しに抱き合った。


「かれこれ二〇年くらい?」


「そのくらいよ」


「あんた、仕事は上手くいってんの?」


「まあ、そこそこね。そっちは?」


「五年前、第1地区で新しい仕事を始めたのよ。最近、何とか軌道に乗ってきたわよ」


 セルミアとミリールが雑談に花を咲かせている間、咲良はドア付近の本棚の掃除や書籍の整頓に集中していたが、ミリールの口から〝人間の魔女〟という単語が出て来たので思わず聞き耳を立てた。


「最近話を聞かないけど、どうしたのかしらね」


「そういえば、一時期噂になってたっけ。ほとんど忘れかけてた。あ、咲良、掃除はまた今度でもいいわよ」


「真面目な子ね。雇い主とは大違い」


「私休憩中だしぃ~」


「あのー、今チラッと聞こえたんですけどー……」咲良は、何気ない風を装って会話に割って入った。「人間の魔女の噂って?」




「なあティト、一度でいいから帰ってやりなよ」


「これで何度目だ。断る」


 ティトは、隣を歩く緑色の肌のリザードマンに目をやる事なく答えた。


「そういう頑固なところ、お前の親父さんにそっくりなんじゃないか」


「一緒にするな」


「いや、似てるな絶対」


「似ていない」


「はいはい」リザードマンは苦笑した。


「用件はそれだけか」


 ティトは自宅アパートの門前まで来ると立ち止まり、リザードマンをチラリと横目で見やった。


「そんなわけないだろ。おれはただ久し振りに、無愛想な従弟に会いたかったんだよ」


 無愛想な従弟(ティト)は僅かに眉をひそめた。


「わかった、わかった。とりあえず親父さんには、お前が元気そうだったとだけ伝えておくよ」


「勝手にしろ」


「んじゃあな」


 従兄の後ろ姿が角を曲がって見えなくなると、ティトは小さく溜め息を吐いた。

 失礼な態度を取ったという自覚はある。お節介な従兄が悪いのではない。わざわざ自分の様子を見に、自宅のある第6地区から第7地区(こちら)まで足を運んで来てくれたのだから、もう少し(ねぎら)っても良かったのだ。


〝一度でいいから帰ってやりなよ〟


 ──帰らない。


 ティトの実家は、第11地区の一画、グリーンリザードマンの村にある。

 空気が澄んでいる風光明媚な土地で、観光地として人気を集めてもおかしくないくらいなのだが、昔から閉鎖的で、なかなか余所者を寄せ付けない。そんな環境に嫌気が差して出て行き戻らない若者は、ティトが最初ではなかったし、最後でもないだろう。


 ──あんな村、とっととなくなればいい。


「お、グレイア君じゃないの」

 

 ティトが振り向くと、両手に買い物袋を下げた女性が歩いて来るところだった。


「昨日振り~! 元気してた?」


 ティトは小さく頭を下げた。

 女性──カレンは、最近ティトの隣の部屋に引っ越して来た。種族も年齢も不明だが、白髪混じりの黒髪や顔の小皺、そして喋り方などから年上と推測している。


「こんな所でどしたのさ。全裸で走るおじさんでも見付けた?」


 どう反応していいのかわからず、ティトは無言のままアパートの門を開けてやり、横に避けた。


「どうもありがとっ」


 カレンの後に続いてティトも階段を上る。


「何かあったの?」カレンは振り返らず、独り言のように口にした。「暗い顔してると、いい男が台無しよん」


「いや……別に」


「そう? ならいいけど」


 ティトが自室のドアの前で止まると、カレンはチラリと振り向いた。


「何か困った事があったら、おばさんに相談してくれて構わないからね。せっかくお隣さんになったんだし」


 ティトは再び小さく頭を下げると、鍵を開けて中に入った。


「やれやれ、やっぱり無・愛・想!」


 カレンはそう呟くと、ニッと笑った。




「去年か一昨年くらいだったかしら……魔界に人間の魔女がいるらしい、ここ最近人間界から転移して来たんじゃないか、って話が出て来てね。実際に会った、見たって人もいるって割には、容姿や居住地など詳細は不明のまま」


 ミリールが説明すると、セルミアは少々冷めた口調で、


「本当にいるのかどうか、怪しいもんよね。私は、誰かがテキトーに流した作り話じゃないかと思ってるけど」


「へえ~……」


 ──超気になる……!


 咲良は平静を装ってはいたが、内心かなりテンションが上がっていた。


 ──本当にいるなら絶対会って、魔術バトル挑むべさ……!!


 咲良は、より一層魔術の腕を磨こうと決意したのだった。


「見てミリール。咲良の目に炎が見えるわ」


「あらほんとね。もしかして野球とかやってる?」

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