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第12話 ラッキースケベ大作戦

「レイ君、先に休憩入っちまいな」


「そうですか? それじゃお言葉に甘えて」


 レイモンドは貴重品を持つと薬屋を出た。


 ──何にするかな。


 種類豊富な丼ものを中心に提供している定食屋〈ピダカ屋〉と、ハンバーガーやフライドポテトがメインのファストフード店〈ボムボムバーガー〉── どちらも魔界では人気のチェーン店だ──で迷いながら、近所の飲食店街へと向かう。


 ──とにかく、味の濃いものが食べたいんだよな……。


〈ピダカ屋〉の前まで来たレイモンドは、前方から友人が歩いて来る事に気付いた。


「ウィル」


「レイ……!」


 ウィルは駆け寄って来て、はにかんだような笑みを浮かべた。


「仕事休憩ですか?」


「ああ」


「お疲れ様です」


「ウィルは? 今日は学校休みか?」


「ええ。今日はお手伝いです」


「お手伝い?」


 ウィルはクスッと笑い、元来た方を見やった。歩道のど真ん中をのんびり歩くトロールの巨体の陰から、リュックを背負った、これといった特徴のない顔立ちとミルクティーブラウンに染めたショートヘアーの少女が、ひょっこり姿を現した。


「お、咲良」


「あれ、レモン君! 偶然!」


「咲良の手伝いって……」レイモンドはウィルに笑いかけた。「どんな悪業手伝わされたんだ?」


「ぬなっ! 失礼な。買い物だよ買い物。でもお腹空いたから、先に何か食べてからにしようって話になったの。レモン君もまだ?」


「ああ。何処に入るかも決めてない」


「じゃ、皆でこの〈ピダカ屋〉にしない? 今ならまだ混んでないよ。わたしここのハルマゲ丼を食べてみたかったんだ」


 レイモンドとウィルが同意を口にしようとした時だった。〈ピダカ屋〉から、小さい二本の角と蝙蝠のような翼、先端がスペード型の太い尻尾を生やした体格のいい男が飛び出して来た。


「痛っ!」


 男がぶつかり、咲良は尻餅を突いた。


「食い逃げよ! 捕まえて!!」


 店内から店員らしき女性の声が聞こえると、男は慌てて空へと舞い上がり、飛び去った。


「待て!」


「レモン君こそ待って!」


 後を追おうとしたレイモンドを、咲良が引き留めた。


「わたしが捕まえるから! 時間ないでしょ、ウィル君とお昼食べてて。もし先に食べ終わったら、ウィル君はレモン君を薬局まで送ってあげてね!」


「咲良──」


「待ちやがれ~いっ!!」


 駆け出した咲良の背中が見えなくなると、レイモンドとウィルは顔を見合わせた。


「あー……どうすっか」


「咲良に言われた通りにしましょう。彼女ならきっと大丈夫ですよ。むしろ相手の方が心配です」


「ハハッ、確かにそうだな」




「追い詰めたわよん……腐れ食い逃げ野郎!」


 第6地区のとある路地裏の行き止まり。

 

「な、何でだよ……」食い逃げ犯は声と体を震わせている。「第7から第6まで何キロも飛んで来たっつーのに、何で追い着くんだよ!」


「そりゃあスピードフォースにアクセスして超高速移動して来たからねっ!」咲良は息を切らしながらも笑顔で答えた。「わたしの名前は弓削咲良! 魔界最速の女さ!」


「くっ……この(アマ)、ナメんなよ!」


 食い逃げ犯が右手を突き出した。すると、指先がグニャリと溶けたように崩れてくっ付き、鋭い刃物に変化した。


「ホラよぉ、痛い目に遭いたくなけりゃあそこどきな!」


「いやぁん怖ぁ~い!」


 咲良も右手を突き出し、指でピストルの形を作ると撃つような動作をした。


 ピシッ!


「……え?」


 左頬に冷たいもので引っ掻かれたような感触を覚えた食い逃げ犯は、左手でそっと触れた。


 ──ヌルッとする……?


「げっ!?」


 食い逃げ犯の指先には血が付いていた。


「かまいたち。風魔法よん」咲良はニヤリと笑い、指ピストルを構え直した。「こんや、12じ、だれかがねる」




「咲良、もう解決しましたかね」


「どうだろうな……」


 レイモンドとウィルは、薬屋へと戻る道を並んで歩いていた。


「食い逃げ犯が何処まで飛んで行ったかにもよるな……あのまま走って追い掛けたんだろうか」


「普通だったら追い着くのは難しいでしょうけど、咲良なら何とかしちゃいそうですね」


「普通じゃねえもんな」


 ウィルは、呆れつつも楽しんでいるように笑うレイモンドの横顔をじっと見つめた。


「……ん? どうした」


「いえ……ああ、咲良にはもう少ししたら連絡入れてみます」


〝ラッキースケベ大作戦だよ、ウィル君〟


 レイモンドと偶然出くわす前、ウィルは咲良と雑談をしていたのだが、その流れから恋愛相談に変わった。なかなかレイモンドとの距離が縮められないとぼやくと、咲良は笑顔で何かとんでもない事を言い出したのだった。


()()()()転んだ拍子にレモン君の雄っぱいに飛び込んじゃったり、掴んだズボンを下ろしちゃうんだよ! ヒェッヒェッヒェ!〟


 後者は色々な意味で完全にアウトだが、前者はいいかもしれないと本気で考えてしまった。もっとも、実行する勇気など微塵も持ち合わせてはいないのだが。


 ──一緒に出掛けられたり、今日みたいに偶然会えただけでも幸せだし……。


「見送りありがとな」


 ウィルがはたと顔を上げると、薬屋は目と鼻の先だった。


「この後で買い物に付き合わされるんだろ? 疲れさせちまったら悪かったな」


「いえ全然。ぼく、こう見えても体力ありますから」


「また今度、二人でどっか行こうぜ」


 ──!!


「そうですね」


 ウィルは努めて平静を装った。レイモンドは、あくまでも友人として誘ってくれたに過ぎないのだから。


「じゃあまたな。そのうち連絡する」


「はい、また……」


 レイモンドが店の中に姿を消した途端、ウィルの青白い顔は真っ赤になった。




「あー疲れた……お腹空いた……!」


 咲良は若干おぼつかない足取りで〈ピダカ屋〉まで向かっていた。魔法で慣れない超高速移動をしたうえに、食い逃げ犯にあんな事やこんな事をして懲らしめたため、体力を消耗していた。

 

「今何時かな……」


 リュックの外ポケットからスマホを取り出すと、ウィルからメッセージが届いていた。


「……うん、さっき無事片付けたよ、っと」


 一旦立ち止まって返信するとスマホをしまい、再び歩き出した咲良だったが、足元の段差に気付かず躓いた。


「にゃっ!!」


 バランスが取れず、そのままつんのめり──何か絶妙な弾力性のあるものに飛び込んでいた。


「おっと」


「……はっ!?」


 咲良の目の前には、黒いシャツ越しにもわかる分厚い胸板。顔を上げるとそこには、褐色肌で金髪頭に角を一本生やした、筋肉モリモリのイケオジが。


「大丈夫かい、お嬢ちゃん」


「う、うん……ドモ、アリガトデース」


 イケオジはニコリと微笑むと去っていった。


 ──今のって……ラッキースケベじゃん!?


「うおお、力がみなぎる……っっ!!」


 咲良は駆け出した──魔法を使わずとも、超高速で。


「待ってろハルマゲどぉぉぉぉぉぉん!!」

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