第11話 願い事叶うといいな
「いっけなぁーい、遅刻遅刻ぅ~!」
咲良は魔術で玄関ドアに鍵を掛けると、慌てて森を駆け抜けた。
「わたし、弓削咲良! 何処にでもいるわけじゃない超一流魔術師! 今日は友達のファヴィー君と出掛ける約束してたのに三度寝しちゃって遅刻寸前! 一体どうなっちゃうのぉ~!?」
咲良は二分遅れで、待ち合わせ場所の巨大幽霊柳に到着した。
「ごめんファヴィー君、お待たせ!」
「咲良ちゃん! ううん、ボクも今来たばかりだから」
幽霊柳が騒めき、皮肉っぽい笑い声を上げた。
「な、何だよう! い、行こう咲良ちゃん!」
実際には、張り切り過ぎて一時間近く前に到着していたという事実をバラされたくなかったので、ファヴニルは咲良の手を取り、そそくさとその場を離れた。
「さっきの笑い声って柳の? それとも柳に何かいた?」
「柳だよ。アイツ、ちょっと意地悪なところがあるからさ。さ、行こう〝伝説の丘〟に!」
「願いが叶うって言われてるんだよね? よしきた!」
ファヴニルが咲良を誘った〝伝説の丘〟こと〈ヘカトンケイルの丘〉は、第2地区寄りにある大きな公園だ。この公園内の一番高い場所で片足立ちになり、昼の赤い月に向かって願い事を口にすると叶うという伝説がある。
「咲良ちゃんはどんなお願い事をするの?」
「へへっ、そりゃあもう、この魔界で最強の魔術師として名を馳せ、金をがっぽり稼いで贅沢三昧よ」
「野心的な一面……素敵だ……!」
「ファヴィー君は?」
「ボ、ボクは……」
──咲良ちゃんと両想いになれますように!
「さ……さ……」
「さ?」
「さ……殺伐としたこの世を希望の光で照らしたい」
「壮大!」
電車に揺られて約二〇分、徒歩で約一〇分。
二人の目の前に、だだっ広いカラフルな丘が姿を現した。
「へえ、あれが?」
「うん、着いたよ!」
「なーんか、カップル多くなーい?」
「そうだね」
──きっと、ボクたちも周りから見たらそうだよね……!
ファヴニルはニヤけそうになるのを堪えた。
「よっしゃ、さっさと一番高い所に行くわよん!」
「途中にお店もあるけど──」
「そんなの後だよ後! 一気に駆け抜けるんだから準備体操!」咲良はその場で屈伸運動を始めた。「ほらファヴィー君も」
「う、うん──あ、レイだ!」
「え?」
「ほら、入口の近く」
ファヴニルの言う通り、数十メートル前方の公園の正門付近にレイモンドの姿があった。更にその隣には長い黒髪の連れがいて、何やら会話しながら微笑み合っている。
「ね、ねえ、あの人レイの彼女かな?」
「あー……ムフフ、あの子は男の子だよ」
「え、そうなの?」
──ウィル君、デートに漕ぎ着けたのかな?
何であれ、恋する吸血鬼の邪魔をするのは悪いので、何か理由を付けて一旦その場から離れようと思った咲良だったが、レイモンドが振り向きざまにこちらに気付いて手を上げた。
「レイ~!」
ファヴニルが無邪気に駆け出したので、咲良も続いた。
「よお! 偶然だな」
「アハハ、待ち合わせしたみたい!」
「ウィル君、この間はご馳走様!」
「いえいえ」
ファヴニルと黒髪の青年の目が合った。
──うひゃあ、綺麗……!
「はじめまして。ウィルフィール・ルフソーマです」
「あっ、はじめまして! ボクはファヴニル・レーン……あれ?」
「どしたのファヴィー君」
「ルフソーマって……もしかして、あのコリン・ルフソーマの親戚だったり?」
「はい」
「やっぱり!」ファヴニルは目を輝かせた。
「伯父をご存知ですか?」
「勿論だよ! 有名だもん、第13地区の吸血鬼の街で一番偉くて、一番美しいって。それにコリンは、ボクの命の恩人なんだ」
「命の恩人?」
「そうなんだ」ファヴニルは頷いた。「まだボクがちっちゃい頃──」
「なあ、どうせなら中に入って、何処かで座って話さねえ?」
「あ、そうだね。じゃあ行こう」
「続き、楽しみにしてますね」
──命の恩人かあ……。
咲良は脳内で物語を創り出した。
──舞台は一〇〇年以上前、混沌とした第13地区……。
大量の不細工な屍鬼から逃走する途中で転んでしまった、ちびっ子妖魔ファヴニル。
「ふええ……おひざケガしちゃったよぉ……」
そんなの関係ねえと言わんばかりに迫り来る不細工な屍鬼の群れ! 絶体絶命!!
そこに颯爽と現れたのは、超絶美しい吸血鬼の男、コリン・ルフソーマ。
コリンはファヴニルを抱き上げると、目からビームを発射して屍鬼の群を一層!!
「坊や、もう大丈夫だよ」
コリンは美しく、そして妖しく微笑むと、ファヴニルの額にキスを落とした。
トゥンク……ちびっ子ファヴニルの胸は高鳴った。
それから一〇〇年以上、ファヴニルはコリンを想い続けながら暮らしてきた。
「一度でいいから、また会えないかな……」
そしてある日、第7地区の片隅の小さなカフェで運命の再会を果たした二人は、禁断の愛を育んでゆき……。
──こりゃあ薄い本が描けるでねえの! デヘヘヘヘッ!
「おーい、咲良ちゃんどうしたの」
「どうせ変な妄想でもしてるんだろ。ほっといて行くぞ」
噴水広場の出店でドリンクとスイーツを購入した四人は、やたらと長いベンチに座って飲み食いしながら会話に花を咲かせた。
「ボクがちっちゃい頃、家族で第13地区まで出掛けた時に、変質者の吸血鬼に誘拐されそうになったんだ。その時に助けてくれたのがコリン」
ファヴニルと目が合うと、ウィルは微笑んだ。
「しかも、お姫様抱っこで家族の元まで連れて行ってくれて。とにかく綺麗で格好良くってさ。直前まで怖い思いをしていたのも忘れて、ドキドキしてたなあ……」
「え~っ、いいなあファヴィー君」
「おいおい、誘拐なんて笑えないぞ」
「それはそうだけどぉ、イケメン吸血鬼との出逢い自体は素敵じゃん。乙女のロマンだよロマン。わたしも今度、第13地区を散歩でもしようかなーっと」
「お、男は顔じゃないよ咲良ちゃん!」ファヴニルは慌てたように反論した。
「わかってる。筋力と財力だよね」
「ひええっ、そんな……」
「まあ頑張れや」レイモンドは小声で言って小さく笑った。
「今度伯父に会ったら、話してみますね。多分、覚えているんじゃないかな」
「うん。よろしくね」
数分後、咲良は真っ先に飲食を済ませてベンチから立ち上がった。
「ほら皆、早く願い事を叶えに行こっ!」
「落ち着け、逃げやしないから」
「いんや、おらもう我慢出来ねえだ。先行っておらが野望さ叶えるだよ!」
言うや否や咲良は駆け出し、ゴミは途中でちゃんとゴミ箱に捨てつつ、あっという間に姿を消してしまった。
「ちょっ……やれやれ、集団行動の出来ない奴め」レイモンドは眉をひそめ、こめかみに指を当てた。「ていうか何なんだ野望って。叶ったらヤバい内容じゃないよな?」
「ボク、さっき聞いたよ。最強の魔術師として有名になって、お金がっぽり稼いで贅沢三昧だって」
「阻止したいのおれだけ?」
「ファヴニルさんはどんな?」
「ボク? ひ、秘密! ウィルは?」
「ぼくも……秘密です」
ウィルはレイモンドを一瞬だけ見やり、目を伏せた。
「そういや咲良、一番高い場所わかってんのか?」
ファヴニルは、ハッとしたように咲良が去っていった方を見やった。
「多分知らないと思う……」
「きっと大丈夫ですよ。周りに聞くでしょう」
「だな。一切人見知りも遠慮もしないだろうし……」
道の途中で尋ねた妖精のおじいさんの言う通り、公園内で一番高い場所には、見る角度によって色の変わる草が生い茂っていた。
数人が願い事の順番待ちの列を作っていたので、咲良も並んだ。
数分後、身長が最低でもあと五センチ伸びますようにと願った小鬼の少年が去ると、咲良の順番が回ってきた。
──よーし。
咲良は片足立ちになると、バランスを崩さないよう慎重に顔を上げ、赤い月を見据えた。
──わたしの野望は……わたしの願いは……。
「ティト君と仲良くなれますよう……に?」
──あ、あれ? 何言って──……
「どわわっ!?」
咲良はバランスを崩し、横に倒れ込んだ。
「おねーさん大丈夫ぅ?」
咲良の次の番の、黒い翼を生やしたカップルが助け起こしに来てくれた。
「ど、どうも~……」
「まあ、転ぶ前に願い事言えてたみたいだから、セーフっすよ」
「だね。叶うといーね、おねーさん」
「……うっす」咲良は小さな声で答えた。