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「 ただいまって言っていいのかな?」
「 何を言っている、自分の家だ」
家の前で、長男の智樹がそうつぶやくと、父親は苦い顔でそう言った。
彼がこの家に帰ってくるのは5年ぶりの事だった。姉の智佐が最後に彼と会ったのは2年前のことだった。 タクシーの留まる音が聞こえると 小さな庭先に駆け出してで迎えた。 母と弟が今日帰ってきたのだ。
両親の離婚幼い姉弟は傷ついたが、受け入れざるを得なかった 両親の諍いを見るのも辛かった。 高校生ともなれば、珍しいことではない。クラスメイトでも両親が離婚して友人は多くいる。智佐自身も特別父母にべったりと依存する子供ではなかったが、 幼い少女にとっては世界や価値観がひっくり返るような大きな衝撃的な出来事であった。今まで当たり前と思っていた生活ががらりと変わってしまった。そこにいて当たり前の人間がもうあえなくなってしまうのだ。数日間の出張や単身赴任とは訳が違う。
弟は家を出ていく母に連れられて行った。姉は父のもとに残った。 姉弟は自由に会う事を許されていた。離婚直後は どちらも都内に暮らしていたこともあり、母に連れられて弟とちょくちょく会うことができたのだが、 母の転勤もあって距離が離れてしまうと、 会える機会も少なくなっていた。
「 どうして2人とも母親についていかなかったのか?」
言う時にもよく尋ねられる。両親が離婚すると、幼い子供は姉妹とも母親と 暮らすことが多い。父親とは定期的に面会をする程度。それが普通だと言うが、 家を出るのであれば子供は2人とも置いていって欲しい、それができないならばせめて智佐だけでもというのが、父方の祖父母の強い希望でもあった。
昔ながらの跡取りを求める感覚であれば、弟を手元に残したいと思うのが父親の実家の考え方ではないかと思うが、そういう意図ではなかった。
母は傷つかなかったのだろうか。彼女は、弟によく尋ねたらしい。お前が望むなら、姉と一緒に父のもとに送っても良いと。弟も優しいところがあるので、母親を一人ぼっちにしないためについていった。
智佐は 自分と母親を引き裂くようなことを言う、祖父母に対して憤りを感じたが、父親と母親それぞれからそんなふうに考えてはいけないとさとされた。大人になればわかると。 祖父母はちさのことを両親の離婚以上に大事に考えていた。 息子たちの離婚そのものを非難し、孫2人とも引き取ると言い出したほどだった。
智佐は 美しく成長した。祖父母の心配していたことも今ならばわかる。