四度目は……
おのれ、アーサーめ。
日記はきちんと自室に置いていたのに、なぜまた赤ペンで付け足されているのだ。僕のプライベートまで犯すな変態め。
ミネットを付け回すなと言うが、お前こそ僕を付け回しているストーカーではないか。
お前と僕の付け回しに差があるとすれば、それは愛の有無だ。お前の行動には愛がない。
僕のように溢れる愛がな。変態め。
今日は久しぶりに城下町に訪れた。
休暇ではなく、おつかいを頼まれたミネットを見守るためだ。城の中であれば言い寄る男はみな排除してきたので安心だが、城外だとそうはいかない。
より一層気を引き締めて、何かあった時のためにいつもより距離を詰めて見守るのだ。
「これはもはやストーカーの距離ではありませんね」
アーサーさえいなければ。
普段は簡単に撒いて姿を眩ませられるのに、今日に限ってアーサーの鼻が効く。城下町に出た途端に待ち構えられていたくらいだ。
その後アーサーはミネットを見守る僕に付きまとい、やれ「外出なさるならせめて護衛をつけて」だの「もう帰って仕事しましょうよ」だのぶちぶちとうるさい。
うるさいから、僕の返事も大きくなる。アーサーのせいで目立ってしまう。だいたい、なぜ変装もなしに城下町に出たのだ。迷惑千万である。
それについて文句を言うと、アーサーからは「でも殿下も変装してませんよね」と返ってきた。
当たり前だ。
ミネットを守る何よりも絶対的なものは、僕の持って生まれた王子という権力にあるのだから。
この国で唯一無二のこの力を今使わずして、いつ使うというのだ。
堅物の頭にそう教えてやると、アーサーは生暖かい目で僕を見て微笑んだ。ムカつく。
そうこうしているうちにミネットは頼まれたものを買い終え、城へと引き返し始めた。
賑やかな表通りだ。男からの声掛けくらいは警戒していたが、路地裏に入り込まなければそう危険はない。
商人の呼び込みに、無垢な子供達がかけっこをする。
平和そのものの風景の中にいるミネットはまるで、城から抜け出したお姫様のように儚く、けれど確かな存在感を持ってそこにいる。駆け寄り声をかける子供がいてもおかしくないほどに、僕以外の目にも君は輝いて見えるんだ。
聖女のように慈愛溢れた笑顔を見せるミネットは、純粋なままの子供達に手を引かれていった。
ミネット。愛らしいミネット。
僕との間に子ができたら、慈しみの眼差しを向けてその成長を僕と楽しむのだろう。
あぁ、子供は何人がいいだろうか。男の子と女の子、それぞれに二人ずつは絶対だろう。名前はなんと付けようか。
ミネット、僕らの未来は間違いなく、愛に溢れているよ。
ミネットのそばから子供達がいなくなり、すっかり路地裏に引き込まれた僕達は見覚えのある男達に囲まれていた。皆、ガタイがいい。
僕はとっさにミネットに駆け寄ろうとしたが、それよりも素早くミネットが僕の元へ近づいた。
あぁ、怖いのだろう。
僕は両手を広げてミネットを受け入れる準備をしたが、ミネットは飛び込んでくることなく僕の前でくるりと体を反転させた。
手にはいつのまにやら短剣を持っていた。
「アーサー様、いかが致しましょう?」
…………アーサー、様?
「護衛がすぐ近くにいます。僕が道をつくりますので、ミネットは殿下を頼みますよ」
ミネット、だと?
「かしこまりました」
剣を抜いたアーサーは僕達を取り囲む男に挑み、素人では敵わない圧倒的な力の差を見せつけて逃げ道をつくった。
ミネットに手を握られ、僕はアーサーのつくったその隙に男達の輪から逃げ出した。
ミネットの走るスピードは速い。
僕の手を握るのは小さな手なのに、見た目以上の力を秘めていて驚いた。
あまりの展開に、僕の胸はずっと高鳴りっぱなしだった。
何が何だかわからない。
ミネットが手に持つ短剣も、身のこなしも、アーサーとの関係も。
守られるべき囚われの姫のような存在が、今では僕を守る騎士のようになっていることも。
路地裏から表通りに出て、人目の少ない場所を選んでミネットと僕は足を止めた。
息の上がる僕に、少しも息を荒げていないミネット。僕を見上げた君は、やっぱり鈴を転がしたような声で僕を気遣う。
「殿下、大丈夫ですか?」
子猫のような丸い瞳で。
だから、現状に戸惑う僕だが、それだけは確信できた。
「ミネット。やはり僕達のこの出会いは……」
「ストーカーですよね?」
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え、ここで終わりですか?
まぁどんまいです。元気出しましょう、殿下。
失恋には仕事が一番ですよ。
仕事しましょう。 アーサー