三度目は必然
女神のようなミネットを下層のメイドにしておくなど天罰が下る。
そう考えた私はミネットを私付きの侍女に迎えようと直接メイド長に掛け合ったが、その件についてはすでにアーサーに手を回された後だった。
断固拒否。却下。曰く、アーサー様の命ですので、と。なんなんだ。
アーサー、なぜお前が決めるのだ。そして決まるのだ。お前は何の権限を持って私を管理するのか。
問いただしたところで返ってくる答えは私の納得のいくものではなく、二言目には「仕事しろ」と繰り返される。最近では「付きまといは犯罪です」まで付け加えて。
おい、僕は王子だぞ。
僕の権限はどこにいったというのだ。
あまつさえ忘れていった日記まで盗み読みされて。赤ペンで付け足すな、やめろ。
アーサーめ。僕の脱走は止められないくせに。
そんなわけで、アーサーへの怒りをバネに今日も僕はミネットを見守っていた。
ミネット。あぁ、なんと麗しいのだろう。窓を拭くその姿を青空に架かる虹すらも祝福している。降り注ぐ陽は天使を導く架け橋のようで、飛び交いさえずる小鳥達がミネットの通りを今か今かと待ち侘びているようだ。
ミネット。愛しい僕の天使よ。君のことならすべてを知り尽くしているよ。
僕は彫像の陰で君の尊さに平伏していた。
そこに、ミネットと同じくメイド服の数名がやってきた。
先に挨拶をしたミネットを見ると先輩のようだった。メイド達は足を止めて目配せをすると、たちまちにミネットを取り囲んだ。
「あなた、――」
「……くでなし殿下が――」
さすがに距離があるのですべてを聞き取ることはできなかったが、どうやら僕の話をしているらしかった。ミネットの戸惑った顔も愛らしい。
おそらく僕らの両想いがバレたのだろう。王子である僕からの寵愛を受けるミネットを妬んだ嫌がらせに違いない。
僕はその場で立ち上がった。
ミネットを助けるべく、メイド達に歩み寄った。嫉妬の憎悪なら僕に向けるがいい。
どんな障害があろうとも、僕がミネットを守ってみせよう。
「何をしている?」
僕に気づいたメイド達は顔色を変えて言い訳もできずにどもった。じりじりと後退り、去り際にミネットに捨て台詞を吐いていった。
「嫌ならちゃんと言うのよ!」とは、なんと意味不明な捨て台詞か。
ふん、と鼻を鳴らしてミネットに「大丈夫か?」と微笑みかけると、子猫のような丸い瞳が瞬時に細められ冷たい眼差しになった。
「ロクレンツ殿下、ちゃんとお仕事をしてください」
掃除道具を手に持つと、そのままミネットも立ち去ってしまった。
あぁ、ミネット……。
僕らの愛は湖底を透かす水よりも純粋で清らかだ。
恥ずかしがることなど何もないが、照れることで素気なくなるミネットもまた魅力的だ。そんな表情は初めて見たよ。名前を呼ばれたことも、喋りかけられたことも。
……っはああああああああああああん!!!!
ツンとあしらわれて高鳴る胸のまま、僕は拭きあげられた窓を見つめた。
ミネットの新しい一面を見ることができて、今日は素晴らしい記念日となった。
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国王陛下より殿下の監視を任命されておりますので、今はあなたよりも権限を持っています。
ところで誤解があるようですが、私は殿下の行動をすべて把握していますよ。監視の目は予期せぬところにあるものです。
仕事してください。 アーサー