二度目は奇跡
次にミネットと会ったのは、思いもよらない城の中でだった。
どれだけ護衛騎士とアーサーの目を掻い潜って城下町を探しても見つからないはずだ。僕と偶然出会った日は休暇中だったらしく、それ以外は常に城にいるというのだから。
立場はメイドで、主な仕事は城内の掃除に洗濯。たまに厨房の手伝い。
僕の生活区域には絶対に入ってこない、平民枠で雇われた下働きだったのだ。
僕はその日、たまたま洗濯場を通りかかった。城下町へ視察に向かおうとしていたのだ。
アーサーの追跡を洗濯場にてやり過ごそうと忍び込むと、そこには眩い美しさを持つ妖精が柔らかな水音を立てて布と戯れていた。
葉や花の楽器が演奏するような、そんな錯覚を起こす透き通る鼻歌に、僕は思わず耳を傾けた。
あぁミネット。どれだけ恋焦がれたか。
君の(アーサーに向けた)笑顔を思い出し、脳裏に焼き付け、何度も描いた結婚式は幸せに溢れていた。
鈴を転がしたような声で僕の名を呼び、愛していると囁く。はにかんだ頬に桃色をのせて。
あぁミネット。僕も愛しているよ。
今すぐにでも君の前に姿を現し、その愛を受け止めてあげたいのに。
あぁミネット。
忌まわしき邪魔者さえこちらに向かっていなければ、僕たちの愛は完璧だというのに。
ふと鼻歌がやんだ。
うっとりと物陰から眺めていた僕は、水遊びを終えた妖精の行動を見守っていた。
洗い終えた布を空盥に移し、それまで使っていた水がたっぷり張られた盥をしなやかな腕で抱える。
僕の小指ほどの腕のどこにそんな力があるのかと心の内で褒め称えていたら、ミネットの足元には大きな水溜まりができていた。ミネットに水溜りは見えていない。
いかん、と僕は咄嗟に飛び出した。このままでは足を滑らせてしまう。
僕の姿に驚いたミネットは驚いて足を止め、その隙に僕は綿菓子のように甘く軽やかな身体を抱きしめた。
すっぽりと腕に収まる子猫のようなミネットをしっかりと覆うと、宙に浮いた妖精の水は僕の背中めがけて降り注いだ。
盥の落ちる音、ミネットの小さく短い悲鳴に、アーサーはすぐに「殿下!」と飛んできた。
「――なっ、これは! 女性に不埒な……! ろくでなしが!」
スパァンッと頭を叩かれ、ミネットから引き剥がされた。僕から離れたミネットはそれこそ子猫のように目を丸くしていた。
幸い水を被ったのは僕の背中だけで、ふんわりとまとめられたミネットの毛先さえにも水滴は飛ばなかったようだ。
僕は安堵して微笑んだ。
アーサーは怒りのままに僕を引きずって執務室へと閉じ込めた。着替えさえさせてくれない。
「そんなだから、ろくでなしのロクレンツ殿下って言われるんですよ」と息巻いた。
それを言ってるのはお前だろうと思いながら鬼のような形相のアーサーに、だけれど僕は、胸の奥に広がるひだまりにほんわりと酔いしれていた。
ミネットと再び出会えたのは、奇跡に違いなかった。
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執務室に日記を置きっぱなしはどうかと思いますが、内容を拝見していろいろと察しました。
今後の見張りを強化します。
仕事してください。 アーサー