一度目は偶然
ミネットとの出会いは城下町だった。
その日、僕は城下町を視察していた。立場上、国民の生活ぶりを知る必要があるので、僕はよく城下を視察しているのだ。断じてサボりではない。
活気と人情溢れる表通りを僕は歩いていた。
食べ物を売る露店からは食欲をそそる香りが漂い、宝石などの装飾品を売る露店では購買欲を誘う面白い物が置かれていた。
あぁ、楽しい。城を抜け出……視察に来るたびに、僕はそう思うのだった。
だがしかし、僕がまっとうに仕事をしているにも関わらず、せっかく撒いた護衛騎士を連れて僕を連れ戻しにくる奴がいる。
宰相の息子、アーサーだ。アーサーは僕の視察の邪魔をしては毎度執務室に縛り付けようとする。
書類に判を押すだけではこの国は成り立たないと何度言っても聞かず、石のように堅い頭でバカの一つ覚えのように「仕事をしてください」と繰り返す。鬱陶しいことこの上ない。
そんなアーサーと護衛騎士が前方に見えたものだから、僕は身を翻して路地裏に駆け込んだ。
そこでミネットと出会った。
ミネットは数人のガタイのいい男に囲まれ、壁際に追い込まれていた。
外套のフードを目深に被り、掴まれた腕を必死に振り解こうとしていた。か細い声が僕の耳に届いた。
いつもならアーサーと護衛騎士を誘導してその場を収める僕だが、外套の下からわずかにのぞいた瞳が僕の目線と交わり、つい足が動いた。
男とミネットの間に割って入った僕は、思いきり叫んだ。
「ぎぃやぁああああああ!! 殺されるうううううううう!!」
騎士団仕込みの肺活量で叫びきった。
活気溢れる表通りまで響いたことだろう、ざまあみろ。
男達は突然の僕の登場、そして叫び声に驚き狼狽した。理性と威勢が戻ってくる前にアーサーの「殿下!」という声が聞こえ、ぎょっとした男達は逃げていく。
追う護衛騎士に、めずらしく焦った表情を見せるアーサーは僕の元に留まった。「大丈夫だ」と伝えると、呆れのため息を吐かれた。なんなんだ。
次にアーサーは僕の背にいるミネットに声をかけた。ミネットは「大丈夫です」と鈴の鳴るような声で答え、そしてフードを外した。
可憐だった。花が咲いたようだった。僕の中に陽だまりが溢れた。
そして、教会の鐘が鳴り響いた。僕らの結婚式が瞬く間に目の前に広がった。
僕はその時、あまりの衝撃にうまく言葉を出せなかった。というかほとんど意識がなかった。だからミネットはアーサーにお礼を言ったのだろう。
助けたのは僕だが、そう、あれは仕方のないことだった。僕は目の前の天使に笑顔すら向けてもらえなかったけれど、仕方なかった。
おのれアーサーめ。なぜお前がミネットの視界に入っているのだ。万死に値するぞ。
ミネットはお礼のあとにすぐその場を去ろうとしたので、僕は花畑の中からなけなしの自我をかき集めて名前を尋ねた。
答えたミネットの、僕の耳を蕩かすあの声色が今でも忘れられない。
「ミネットです」
っはあああああああああああん!!!!
僕はロクレンツといいますうううううう!!!!
こちらは自己紹介していないことを思い出し、今は自己嫌悪に陥っている。
また明日、城下町で彼女を探そうと思う。