察しが悪いにもほどがある
翌日、私とマルゴー一家はシゴーニュ女子修道院を訪ねていた。
事前に連絡していたユベールはとっても気さくで嬉しそうにして、子爵の癖に御自ら私達を出迎えただけでなく私達一行の案内を買って出てくれた。
親切と思うよりも、逃げて来たな、私はそう直感した。
「イモーテルを両親の中に置いて来て、一人だけお逃げになったのね?」
ユベールは私を魔女という目で見返したので、彼は私とイモーテルの親交を邪魔するつもりなのかしらと邪推した。
杞憂だったみたいだが。
「ネリーとディアーヌが意気投合するとは思わなかった。まだ生まれる前の赤ん坊の産着のレースや刺繍を次から次へと購入したり編み出したりだ。そのうちに派手なドレスまで着たりして!イモーテルが社交界を楽しめなかったからとパーティごっこを始めてしまった。ネリーはもっと堅実な人だと思っていたから私は驚きだよ!」
「いいじゃんねえ。女が着飾るのを嫌がる男って小せえな!そもそもイモーテルの腹が大きくなっちまったのは自分のせいじゃん。」
ユベールは顔を真っ赤にし、確かに、と律義に応えた。
それから、話題を変えたいという風にもそもそ動き出しもした。
「あの、だけど、私とイモーテルには新婚の時間というか。ファビアンは首都に行ってしまったんだからね、ディアーヌの方もそろそろ、ねえ?」
もう三か月以上も居座られているんだよ?
ユベールからそんな心の声が聞こえた。
そもそも貴族の方々は、他所のお家に居候する事を悪い事だと実はぜんぜん思っていないどころか、機会があれば居座れるだけ居座ろうと考えてもいる。
だって、自分の領地では、領主は早く起きて領地を見回らなきゃいけなかったり、領主の妻は女主人として館を管理しなければいけないのよ?
すっごい大変でしょう?
お客さんだったら好きに我儘に出来るのよ?
また使用人達は、主人が使えないのであれば、主人の不在こそ喜んでいたりもする。
マーサが母を呼び戻さないならば、ルクブルールには困った事など何も起きてはいないのであろう。
マーサは本当に素晴らしい女中頭だわ。
「ヒヨコ。ユベールはお前の母ちゃんと父ちゃんを追い出したいけど追い出せないって奴かな?」
察しが良く優しいソフィは、ユベールの気持ちを読んでしまったようだ。
でも私としてはユベールに共感などしたくはない。
だって、まだ執事が決まっていないようなのよ?
ルクブルールに主人を管理できる執事がいないのだからこそ、ユベールによって管理されて清廉でいられる環境に両親がいられるのは良い事だろう。
そう考える事にして、ユベールの状況は放置する事にした。
「私の両親は実の娘と過ごしたいだけですわ。二人の心情を思うと、イモーテルが喜んでいるならば無理に引き裂きたくはありません!」
「お前、そういえば酷い奴だったな。」
察しが良く聡明なソフィは、私が両親こそユベールに押し付けるつもりであることを察したようである。
ユベールの話だと父は首都に行ってしまったらしいが、母が正気に戻ってクラルティから私を自宅に戻そうと考え始めたら危険じゃないの。
私は王様からお小遣いを好きに使っても良いとのお墨付きを貰ってはいるが、取りあえず親の強権には逆らえない未成年でしかないのだもの。
「では、ポニーの所に連れて行って下さる?」
「本当の魔女だな君は!新婚の私達を思いやって自分の母親を連れ帰ろうかって気持になるどころか、いい塩梅だと私に押し付け続ける気持なんだな!」
「うわ!凄い!ユベールが察しが良くなっているよ!」
私にユベールは声を荒げたが、ソフィの一言に、無駄か、と呟いて頭をガクッと下げた。
「いや、察しは悪いままだよ、ソフィ。こうしてマルファ嬢に人への優しさを期待なんてしてしまっていたじゃないか。ああ私が馬鹿だった。」
なぬ?
独活の大木男は諦めた様に言い捨てると、マルゴー一家をシゴーニュ女子修道院の牧場へと案内し始めた。
シゴーニュ女子修道院の小さな牧場には、ポニー以外の家畜も飼育されているとのことで、ユベールはアダンやブリスに気さくそうに声をかけた。
「ここはね、私が大学で手に入れた外国の生き物を試験的に繁殖させてもいるんだよ。マルファ嬢のポニーも元々この国にいなかった子達だ。真っ白で頭がネギ坊主な鶏はとさかが青くて足の指が他の鶏と違うぞ。違いが分かった子にはチョコレートケーキをあげよう。」
アダンとブリスはわあっとはしゃぎ声をあげ、ユベールが指し示した柵のある方へと駆けていった。
その後をいつものようにしてソフィが見守るようにして歩き、ソフィを見守るようにしてレニとアドリナが続いた。
「ここはあなたの研究用牧場でございましたの?私的に使わせていただいてるなんて、ずいぶんと修道院と懇意ですのね。」
「ああ。ここだけの話、私はここの修道院長に育ててもらったようなものなんだ。十三歳の時に馬車の事故で両親を失って、私はそれで寄宿舎から家に戻されて子爵として振舞わなければいけなくなった。そんな時に助けになってくれたのが、今は院長になられたミラ様だよ。彼女のお陰で勉強を続けられて、領地を守りながらも大学で教鞭も取れる幸せを手に入れられたんだ。」
はい?
私はユベールの言葉に驚き、次に真後ろで草を踏んだ足音を起こした主に向けて振り向いた。
後ろには、ひと目で偉い人だとわかるローブを纏った修道女が立っていた。
彼女は頭から深くかぶっているローブを、自分の顔が私に見えるようにしてゆっくりと頭からほんの少しずらした。
短く刈られている白くなりかけた髪の色は、私ときっと同じベージュ色で、彼女の瞳の色は私が鏡を覗いた時に必ず見返す私の瞳と同じだろう。
私は何も考えずに彼女へと走っていき、彼女の体に抱きついた。
「ああ!お会いしたかったですわ。」
「あ、ああ!あなたを捨てた私を許してくださるの?」
「あなたは私が死んだと思っていらっしゃったのでしょう。だから、だから、王様の元に戻らずに修道女におなりになられたのでしょう?」
彼女は私を抱き返し、私にそうよと答えたが、彼女らしい毒のある一言を私の耳に囁いた。
「察しの悪い息子を見守らねばと使命を感じたのよ。」
「二人とも旧知の中だったのかい?本当に君は顔が広いんだな!」
ユベールは本当に察しが悪い。
一度たりとも世話になっている相談相手が、自分の実の母だと、彼は思いもしなかったのであろうか。
ほら、私達の髪色って、金髪と言えないお揃いのベージュじゃないの!
お読みくださってありがとうございます。
設定では、難産の出産から三日後に意識を取り戻したミラは、行方不明と言えない修道院の人達によって赤ん坊が死んだと聞かされます。
また、マルファの代りに捨てられたイモーテルに乳をあげる人が必要な事もあり、彼女は修道女達に請われるままイモーテルの乳母になります。
そこでイモーテルによって癒された彼女は、死んだ娘の為に神に祈りながら自分に残された息子を遠くから見守ろうと決意したのですが、同時期にユベールの養父達が馬車の事故で亡くなった事で、息子を積極的に見守らねばならないと彼女は決意せざるを得なかったのです。
駄目だ、この子をなんとかしないと!
結果、もともとできる人な彼女は息子に関われるように力が必要だと修道院内で出世し、院長にまで昇りつめたのでした。




