ラブチャイルド
「こういった事は、センセーショナルであればあるほど真実味を増すのですよ。貴族の方々が本物だと口を揃えて言ったものを誰が偽物と断じられましょう。」
「盗まれたものと鑑定が入れば同じだろ。そっちの方が確実、じゃないか?」
「違いますよ。鑑定人には金で転ぶ者もおります。」
ヤスミンはそこで異を唱えるのは止めた。
エヴァンはヤスミンよりもずっと年上であるが、エヴァンはそれだけでは片付けられない知識と経験が備わっているとヤスミンは認めざるを得なかったからだ。
それでも悔し紛れに彼は言い返していた。
「では、どのようにしてマルファの作品を世に出すおつもりなのだろうか?」
「パーティなどで回し見られる場所で発覚はいかがでしょうか。パーティ参加者に回し見させ、十二年前の結婚を誰もが認めた頃に証明書が消えてしまうのはいかがでしょうか。そこでオーギュスト様は証明書を無くした人間を破滅させるほどのお怒りになれば良いのです。」
「偽物の証明書は消えるが私とエマの結婚成立という既成事実は残るという事か。」
「オーギュスト様。ラブレー伯爵様のお従兄様は法務省の方では無いですか。教会庁の偉い方に掛け合う事も出来る方です。我々が無くしてしまった証明書の再発行をしてくれないか、と、きっと御自ら動いてくださることでしょう。」
オーギュストはエヴァンの提案に諸手を上げて賛成した。
エヴァンは自分のこの策であれば、オーギュストの望むもの全てが手に入るとオーギュストを唆したのである。
「おおおう!今度こそ、正式な証明書を、とな。失った偽造証明書の代りに、私と妻は改めて神に誓い、さらに、十二年前の日付の記載された本物の証明書を手に入れられるのか。素晴らしいぞ!エヴァン!君にキスさせてくれ!」
ヤスミンはオーギュストの台詞を冗談めかして再現した後、片手で目元を覆ってぼやき声もあげた。
「ヒヨコ。エヴァンを引き取れ。兄はどうでも、俺の可愛いフェリクスがあの男に悪辣に作り替えられるのは心が痛い。」
「まあ!悪辣だなんて!」
「悪辣だよ。エヴァンに育てられた君はとっても悪辣だ。あの日から一週間は経っているのに、俺に大事なお話を語ってくれない。俺は君が心配なんだよ?」
ヤスミンは手を伸ばして私の右手を握った。
一週間前のあの日は、私が王様と対面したあのことを指し示している。
私は握られた右手を見つめながら、あの夜に王様にこの手が握られた事を思い出してもいた。
老齢な王様が姿をお隠しになったのは、解消されるまで胸の奥深くから抜ける事のない胸の痛みを身に受け続けていらっしゃるからだ。
「マルファ?」
「大丈夫よ。心配する事など何もない。可哀想なのは婚約発表があなたの出現で話題を奪われて出来なかった第二王子様だわ。」
「ハハハ。彼はバランスの良い人だね。でもって、彼には発表の機会が沢山あるんだから可哀想じゃない。俺は君についてが全部大ごとなんだよ?」
「たい、大したことじゃないわ。王様は夢を見られただけなの。赤ん坊と一緒に亡くなられてしまった恋した人が戻ってきた夢。もしかしたら、死んだはずの赤ちゃんが生きていたんじゃないかって、そんな夢ですわ。」
「君はその夢を聞かされてなんて答えたんだい?」
「まあ!バルバラから何もお聞きになってらっしゃらないの?」
「こういう話題はべらべら勝手にしゃべるものではないし、あなたが大事な人間は、あなたの口から聞きたいものよ。」
あの日と変わらず、バルバラが私にむける笑みは私が望む母の笑みだった。
静かで控えめだが、必ず手を差し伸べてくれる無償の愛を約束する笑み。
私は彼女にありがとうと口だけ動かしてから、ヤスミンに再び顔を向けた。
そうして彼が私に聞きたいと望む答え、私が王様の告白に対して答えた言葉を繰り返した。
「私はマルファ・ルクブルールですわ。伯爵令嬢で満足しておりますから、一度だってお姫様になろうなんて考えた事なぞございません。それに、この人生だからこそ出会えた素晴らしき人がたくさんおりますの!」
私の頬にヤスミンの優しい手が当たった。
その指先は私の右目のすぐ下を軽く拭った。
「その時もこんな風に泣きながらかい?」
あの日の王様は私の返答をお聞きになるや、嬉しそうに、けれども少し寂しそうに笑みを浮かべて囁きにしかならない声を絞り出された。
「君は幸せだったんだね。」
ヤスミンは全部わかっているような笑みを見せながら、私の右手をさらにきゅっと握りしめた。
「だって、私は愛された子供だったのよ。王様とコートドール夫人に望まれて、望まれて生まれてきた赤ちゃんだったの。そ、それに、捨て子でも無かったのよ?いらないって、育てたくないって誰にも思われていた子供じゃないの。」
再び私の涙をヤスミンは拭った。
彼は私に微笑みだけをずっと向けている。
何だって話してごらん?
俺は君の話はいつだって何だってどれだけだっても聞いてあげるよ。
彼の瞳はそう語っていた。
「な、なく、亡くなったコートドール夫人は、今度こそ自分で赤ん坊を育てたいからと王様の外遊の際に王城を出て、私を生んで亡くなってしまわれたのですって。そ、それに。」
「それに?」
コートドール夫人は私を生み育てる場所について、養子に出された息子の傍にいたいとアフリア子爵家の領地に決めた。
そしてその領地にある女子修道院に身を寄せたのである。
でも彼女は出産時に亡くなったそうだ。
王は修道院からその旨の手紙を受け取っている。
きっと私という赤ん坊はそこで孤児となり修道院に併設されている孤児院に収容されたが、母の小間使いによってイモーテルと取り換えられたのであろう。
赤ん坊が消えて新たな赤ん坊が増えたとしか修道院は思わなかったのだ。
そして、消えた赤ん坊がコートドール夫人の子供であるならば、それはトップシークレットとして隠されるに違いない。
「コートドール夫人が王様のもとから逃げ出したのは、最初の子供が養子に出された事が許せなかったからですって。男の子だったらまた養子に出されるからって。ねえ、ヤスミン。どうやらユベールは私のお兄さんみたいなのよ?」
「そりゃ泣くな。」
私は笑いながら泣き、ヤスミンは席を立って私の真横に座り直し、私の顔を彼の胸に押し付けてくれた。
優しく撫でてもくれた。
私は撫でられ宥められながら、この手を失った私は、きっとやりきれなさに彼が望むように彼を一生恨むのだろうと考えた。
そしてその日は近いのだろうと。
この日の翌日に、イストエールが軍を動かし始めたとの知らせが走った。
ヤスミンは軍に返り咲き、六月二十五日、彼は前線への配属が決まった。
私に別れの挨拶をしてくれるどころか、生前の彼の思い出など私に絶対に手渡したくないという風に、私の手鏡のネックレスを盗んでいってしまった。
でも、代わりのものとして、濃いピンク色のバラ一輪も置いて行った。
赤いバラだったら「愛している」という意味なのに、ピンクのバラでは「可愛い人」や「幸福」に「感謝」という意味にしかならないでは無いですか。
「ヤスミン!酷いわ!」
彼は私の寝室に忍び込み、私の寝顔を見て去っていったのか。
父親みたいにして!
私はあなたを父親みたいだなどと一度も思ったことなどありませんのに!




