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伯爵でなくなった男と

 侯爵は圧し掛からんばかりにジョージアを見下ろしている。


「どうしてくれる?」


「私がもう一度申請しよう。無くされた証明書の代りに再発行できるように私が教会にかけあうと約束しよう。」


 場を収めようと静かな声を出してくれたのは、ジャン・クリストフ様の従兄でいらっしゃるジャン・コーネリアスという名の法務省の偉い方である。

 髪色も目の色も全く違うのに、外見が双子のように似ているのが凄い所だ。

 それとも、年を重ねてお太りになられると、人はみんな似てしまうのか?


 さて、ジャン・コーネリアスの素晴らしき申し出に対して、オーギュストは何も答えずにを見返しただけだった。


 我が怒りがそれで収まるのか?


 口に出さずともそう物語っていた。

 ジャン・コーネリアスは、さらに良い事を思いついた!という風に声をあげた。


「そうだ!せっかくならば、エマさんともう一度教会式をやったらどうだ。私も君の証明書を回し読んだ一人で無くしてしまった罪を持つ。君達への贖罪として出来る事をさせて欲しい。」


 オーギュストはようやく、うむ、と頷き、だが、ジョージアに対しては声だけで心臓を止められるぐらいの冷たいものを吐いた。


「貴様は二度と我が家に近づくな。我が家には金でどぶ鼠の始末を請け負う名も無きごろつきがいるからな。」


 オーギュストは視線だけ動かし、その視線を誰もが追えば、腕を組んで笑みを浮かべる豹の化身のような男が壁に寄りかかっているではないか。

 彼は爵位を失おうと、軍部で有名なデジール大佐なのである。


「ひ、ひい。」


 ジョージアは小さな悲鳴を上げると、ホールに入って来た時と同じぐらいに唐突に、ホールから飛び出して逃げて行ってしまったではないか。

 そこでワルツメロディがホールに響いた。

 演奏者たちに指示を与えたばかりのバルバラはしたり顔だ。


「邪魔は入りましたが、楽しみましょう。間抜けで不器用な甥を肴に、今夜は飲んで騒ぎましょう。」


 オーギュストは鼻に皺を寄せた顔をバルバラにして見せた後、バルバラの元に行き、ダンスを乞う仕草をした。


「あなたの大事な会を台無しにしてしまい申し訳ありません。無粋な男ですが、私と踊って頂けますか?」


「よろしくてよ。次は奥様もお連れ下さるのならば。」


「約束しましょう。」


 ラブレー家のパーティは何事も無かったように、いえ、何事が無かった前よりも盛況を極めた。


 めでたしめでたし、のはずだったが、私はやはり納得できなかった。


「本当に悪い人!あの日だって私はあなたとワルツを踊れなかったわ!」


 私の真向かいで幸せそうに紅茶を飲む男は、緩んとした瞳で私を見返した。

 今日の私は、ラブレー伯爵家に昼過ぎに押しかけて来たバルバラの甥を含めての、とっても私的なお茶会中なのである。


「仕方が無いだろ。あそこで女の子とキャッキャウフフと踊り始めたら俺が単なる間抜けになってしまう。君こそ自分の部屋に戻って俺を部屋に誘い込もうとした毒婦だったじゃないか!」


 私は今回の社交シーズンにおいて、母と一緒にラブレー伯爵家のタウンハウスに居候している。

 ちなみに、私の父はオーギュストのタウンハウスに居ついており、エヴァンや侯爵に再教育を受けているらしい、ヤスミンの話では。


「私は踊って貰えない自分が悲しくなっただけで。別に誘う気なんか。」


 それは事実だ。

 ただし、自分を追いかけてくれたヤスミンの行為が嬉しくて、彼に抱きついてしまったのも事実である。


 キスをする前に彼を追いかけてきたバルバラによって、彼が私の部屋どころか二階のベランダから蹴り出されてしまったけれど。


 あれから三日も彼に会えなくなっていたと急に思い出し、だが、ヤスミンの顎を忌々しい気持ちで睨みながら尋ねていた。


「けがはなかった?二階のベランダから逃げ去ってしまった、あなたは?」


「心配してもいない口ぶりだな。わかったよ。今すぐ踊ろうか?バルバラ、伴奏してくれ。」


「いやよ!そういうのじゃない。パーティで伯爵のあなたと踊りたかったの!」


「君は伯爵な俺が良かったのかい?」


「ええそう!リリアーヌもあなたと踊れたのに!私だって伯爵なあなたと踊りたかったわ!伯爵の時はお髭は剃られていたじゃない!」


 伯爵じゃなくなってから彼はまた無精ひげを伸ばし始めたようで、懐かしい顔に戻りつつあることが嬉しいと思いながらも、髭が濃くなっていくごとに彼が去っていく時間が近づきつつあるように感じてもいるのだ。


「ハハハ。君は髭だけか!いいじゃないの。これで俺はお役御免だ。人気の無くなった俺はこれから君に集中できるよ?」


「ん、まあああ!」


 私を揶揄ってばかりの悪い男と、彼の脛を蹴ってやりたかったが、その代わりにバルバラが彼女の甥である彼を窘めてくれた。


「マルファのためにと急いで下さったのは感謝しますわ。マルファと踊らなかったのもマルファへのやっかみを押さえる為でもあるのでしょう?」


 あら?窘めてなどころか褒めてらっしゃる。

 たった三日で伯爵を返上されたのは私の為?

 バルバラはヤスミンに微笑むと、よくやったわね、という風にして彼の手の甲をトントンと指先で叩いた。


 私も彼を労うべきだろうが、私はやっぱり髭のないヤスミンと踊りたかった。


「バルバラ。ヤスミンはそれをされると五歳児に戻った気になるのですって。」


「あら。私にはいつだって可愛い赤ちゃんだから良いのよ。」


 赤ちゃんと言われた男は、思いっきり端正な顔に皺を寄せて抗議の気持ちを表に出したが、バルバラはさらに言い募った。


「いくら嫌いな子だっても、陰険すぎやしなくて?あなた?」


 ジョージア伯爵はオレリーの学友であり、オレリーに金を貸す代わりに侯爵家の宝物をオレリーに盗ませてもいたらしい。

 ヤスミンったら人が悪い。

 発見された結婚証明書が偽造されたものだと見破られたらジョージア伯爵に罪を着せて社交界から追い払い、認定されたらなぜその絵画がジョージアの所にあるのかを追及して潰してやろうと画策していたようなのである。


「バルバラ。これはお兄ちゃんとお兄ちゃんを誑かした執事の仕業だよ?」


「オーギュストが?」


 バルバラには初耳だったらしく、驚き声で聞き返した。


「ピエロを誰にするのか決めたのは、あの二人だって。」


 ヤスミンはオーギュストとエヴァンという三人での会合を再び語り始めた。

 侯爵家のタウンハウスでは、エマとフェリクスをいつでも呼び出せるどころか、すでに二人を呼び寄せて家族として生活しているそうである。


 よって、オーギュストは悪巧みを聡明な愛妻に知られないようにと、書斎に籠って声を落としての相談だったらしい。

 ついでに私の小うるさい父避け、も?


 そして、この幸せを崩壊させたくない侯爵は、まずヤスミンが出した案に反対を唱えたエヴァンに対し、初めて脅えた声を出して呟いた。


「やはり無理だったのか。」


 ヤスミンは自分の案で大丈夫だと兄に声を掛けようとしたが、エヴァンという執事は、代替案はございます、と言ってのけたそうである。


「すべてが手に入る案ですよ?わたくしめのものは。」

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