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転落と悪巧み

「みんな、見てくれ!さあさ、高慢ちきなセレスト家、その本家本元のフォレプロフォンドレ侯爵家の秘密の暴露だ!」


 ジョージアは額縁を抱え上げた。


「侯爵様が愛しい女に贈り物にしようとしていた絵だ。そして、その女がただの愛人で無かったと、この絵が証明していたんだ!」


 子供に与えるスケッチブック程度のサイズの絵が嵌る額縁だが、その額縁に入っている絵は私が知りすぎている絵である。


 私が幼い頃に描いた天使の絵。

 子供だから写実的に描けずにデフォルメされたものだったが、翼つきのニコニコ顔のジャン・クリストフ様という肖像画でしかない。


「なぜあれを選択されたの?」


 あの絵を描いたのは十一年前。

 エマとオーギュストの結婚証明書の正当化に利用する絵としては、これは選択間違いこの上ないでは無いですか!


「贋作を本物以上にするのは舞台装置こそなのよ。あれは十一年前のものですわよ?それも、バルバラが主催した、天使さんの絵いらっしゃい、の応募作です。」


「ハハハ、設定は、というか、あいつが再会したエマにフェリクスという自分の息子がいる事を知って贈り物を考えたらしいのは実際にあった事なんだよ。ただし、残念ながらあいつはエマに贈り物が出来なかった。」


「盗まれた、のね。」


「そう。ついでに言うと、常識も絵心もない男は、バルバラが一番大事にしていた天使画が彼女の夫の似顔絵だとはわからなかったんだよ。好きなものを持って行っていいわよと言われたからと、バルバラがいない時に一番気にいったあの絵を持ち帰っちゃったんだそうだ。」


「彼も……盗んだの?」


「どれでも良いって言われたからってさ、単なる間抜けだよ。ついでに言うと、盗まれたからもう一枚ってバルバラに頼みに行ったら、バルバラがお前の絵が無くなったって騒いでいるだろ?それであいつはオレリーの盗みを言い出せなくなったんだよ。オレリーはオレリーで、あれを売り飛ばすことも出来ないし処分も出来ないとずーっと隠し持っていた。本気ですんごい間抜けだろ?」


「そう、でも、ええええ?正当な結婚証明書だったら、生まれる前の絵にしない?」


「しぃ。台本を書いたのはエヴァンだ。だから心配する事は無いはずだ。」


「エヴァンが?」


 私はジョージアを見返した。

 彼はもったいぶった仕草でラブレー家の召使を呼ぶと、額縁から絵を取り出させるように命じた。

 召使いはしぶしぶと言う風に従い始め、作業が始まったのならばと、ジョージアは懐から古い封筒を取り出して見守る人達に見せつけた。


「これは六歳になる子供への贈り物だった。包みにはオーギュストの手紙が差し込まれていた。私達の子供に神のご加護がありますように!隠し子がいたんだよ!それからね、追記もある。私達の結婚が正当なものである証として絵の中に証拠の品を入れておいた。この絵を大事にするように息子に伝えて欲しい。明らかにできない私を許しておくれ、まる、だ。」


 ジョージアの口上が終わったのは、丁度召使いが額縁から絵を外し終わったところで、召使いがそこであげた小さな悲鳴は演出として最高のものとなった。


「おお!手紙通りに秘密が存在していたとは!」


 ジョージアが大声をホールに響き渡らせた。


 なんと、額縁と絵の間に差し込んで隠されていたものと思われる、侯爵が秘密にしていた結婚の証明書が出てきたのである。


 うん、私の心の中は棒読みしかしなかったわ。

 しかし、私は白けていても、ラブレーのパーティの参加者達には目新しくセンセーショナルな出し物であったようだ。

 ジョージアはさらに声を張り上げた。


「ハハ、二代続けて庶民の女好きとは!そして、そこの有名なるププリエ様は今日からただの三男に転落だ。爵位が無くなれば借金持ちの単なる雑種だ!」


 ヤスミンは(私が見るにとてもわざとらしく)鼻を鳴らし、それを悔しくてだと思い違いしたらしい一人がヤスミンを揶揄った。


「ハハハ、単なる雑種に逆戻りか!ざまあ見ろだな、デジール!」


 どうやらヤスミンに不満を抱いていた男の人は多かったらしい。

 ジョージアに呼応する声がそこかしこで起き、出てきた結婚証明書を確認したいと一斉に手が伸び、一人が奪えばその次の人間がその証明書を奪いと、次々と回し読みが始まったのだ。


「わお。では、その庶民の女の子供が本当の伯爵か!お、おお!相手の女はエマ・デジールとあるぞ?デジール商会の縁者か?」


「あの高慢ちきな侯爵が商人の女に這いつくばったのか!」


「金かもよ。デジール商会は大富豪だ。」


 下卑た嘲笑もどこかで起きた。

 私はそれは許せなかった。

 エマのどこに下卑たところがあるって言うのよ!


「ヤスミン!この出し物は最低だわ!いくら何でも、こんなのエマやオーギュストには失礼よ!」


「いいや。ヒヨコの作品に失礼だよ。俺はオークションの鑑定士達にお前の証明書を確認させようと思ったのにねえ。」


「ま、まああ!ええ!美術鑑定で真贋を見てもらいたかったわ!絶対に騙せたはずだもの!」


「――ヒヨコがあんなにも証明書を偽造したがったのは、もしかして、人助けよりも趣味だっただけか?」


 私はヤスミンから目を逸らし、ヤスミンは口元に微笑を浮かべた。

 それだけでなく、私の頬をツンツンと指先で突き始めた。

 私は彼の手を払おうと手をあげたそこで、狂乱を鎮めようとする雷鳴がホール中に響き渡ったのである。


「私から、いや、妻の手に渡る前に盗まれたその絵がどうしてそこにある!そしてお前達は、我が神聖なる結婚証明書に何をしておる!」


 オーギュストその方が、神々しい金髪が逆毛だっていると見える程に、怒りに満ちたご様子でホール入り口に仁王立ちされていらっしゃるのである。


 これは演技?

 エヴァンの台本だと言っていなかった?

 ヤスミンを見返せば、ついさっきまで私を突いていたはずの彼の姿が無い。


「え?」


「我が妻を揶揄したのはどこの誰であるか!あれはどこの誰にも引けを取らない教養と美しさを持った最上の女だ。我が怒りをその身に受ける覚悟あっての物言いだったのだな?」


 誰もが侯爵のお怒りに沈黙せざるを得なくなり、誰もが侯爵が妻を守るために妻の存在を隠していただけとしか見えなくなった。

 彼は妻の身分が低いから恥ずかしいと隠していたのでは無くて、妻をこのような揶揄いから守りたかっただけなのか?と。


「そうだよ。子供に正当だって教えていたって事は、自分が死んだ後は後を継がせるつもりだったのは間違いない。」


「まあ!でも、秘密の恋だったのは間違いないわね。」


「あの方は出不精ですもの。妻が出来たと公表すればパーティ巡りもしなければいけなくなる。それが煩わしかっただけでしょうよ。」


 周囲で勝手な憶測が流れ始め、世界はオーギュストとエマが結婚していた事は周知の事実のようになった。

 けれどもオーギュストは怒りの表情を崩してはいない。

 怒りの表情を会場に向けたまま、いや、ジョージアに向けたまま、ジョージアに大事なものを返せと傲慢そうに右手を差し出しているのである。


「あの、ほら、ええと。」


「妻を侮辱した貴様に鉛玉をぶち込みたい思いで一杯だよ。」


「い、いや!すまなかった!ほんの出来心で!あの!ああ、誰が持っている!侯爵様の手紙と証明書を誰か!持っている奴はもってこい!」


 ジョージアは周囲を見回したが、誰も自分の手にあるとは言い出さない。

 誰もがジョージアから顔を背け、退路を断たれたと気が付いたジョージアは、見るも哀れな程に顔を真っ青に染め上げた。

 それもそうだろう。

 オーギュストは本気で殺気ばかりを放っている。


「無くしたな。」


 ジョージアに向けて侯爵は、低い低い地獄の底からのような声を出した。

 ジョージアはひぃと叫んで尻餅をついた。

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