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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
第八章 我思い我考える 我が幸せのみを
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お化けなワルツと試験飛行?

「ああもう!話を変えよう。」


 ヤスミンは安っぽい声を上げて騒ぐと、抱きしめていた私から腕を外した。

 瞬間的に私は空っぽな寒さを感じて自分の膝を抱いたが、彼はそんな私の横に座り、私の肩に相棒のようにして腕を回したのである。

 彼と密着しているけれど、なんだかぜんぜん嬉しくない。


「ヤスミン?」


「落ち着こう。俺達はちょっと危険水域に立ちすぎだ。冷静になるために別の話題にしよう。ええと、ああそうだ。糞兄話題でいこう。あいつの秘密暴露に君が言っていた絵を君が描く必要は無いよ。」


 私は無言だった。

 けれどヤスミンは、私から返事が無くとも彼には別の話が必要であるためか、そのまま話し続ける事にしたようだ。


「オレリーが兄から盗んでいた絵画のいくつかを見つけたんだ。それを利用すればいいってことになった。君が華々しくデビューした三日目ぐらいに、兄の秘密の結婚が華々しく暴かれるって寸法だ。」


 私はそれに返事などせずに、不機嫌な顔だけして見せていた。

 だって、私は別の話でヤスミンに気を削いで欲しいなんてひとっつも思ってはおらず、ヤスミンには危険な一歩を踏み出して欲しいばっかりなのだもの。


 早すぎる妊娠でイモーテルが娘時代を失ったと母は嘆いてもいたが、ユベールはそんな彼女を国宝級の壊れ物扱いで大事にしていらっしゃるのだ。

 私の目には、イモーテル自身がとっても幸せそうにしか見えないもの。


「何だ?」


「あなたが私に一歩踏み出せないのは、私がお母さんになったら私の赤ちゃんになった子が可哀想だから?」


「違う。お父さんがいなくともお母さんと赤ちゃんは平気って結果になるのが悲しいだけだよ。俺がね。俺は自分が一番の人なんだよ?」


「嘘つき。」


 私は彼にしがみ付き直した。

 自分一番な人が、出会ったばかりの見ず知らずの孤児に食事を与え、空腹だった胃が痛まないのかと心配して見守るなんてするはずなど無い。


 あなたが失った戦友の為に戦場に戻ろうとしていることこそ、あなたが人に優しすぎて義理堅すぎるからではないですか!


「マルファ?」


 ヤスミンの声はとても穏やかに聞こえたが、彼にしがみ付いている私には彼の心臓の本当の音が聞こえていた。

 太鼓を打ち鳴らすぐらいに力強くて早い。

 私の頬が当たっている胸は、大きく上下し、大きく息を吸ってもいる。


「……ヤスミンもドキドキなの?」


「しぃっ。可愛い子に抱き締められてどうにかならない男はいないよ。」


「素敵な男性に抱きしめられてどうにかならない女の子もいないわよ?」


「しぃ。野獣を今檻に閉じ込めてんだから静かにしとけ。お前を傷つけたくないが俺の大前提なんだよ。お前もたまには協力しろ。」


「こ、この間みたいなキスをして下さるなら。」


「お前、俺を追い詰めてどうする?」


「でも、あのキスをしても私達は恋人にはなっていないのでしょう?私に素敵な記憶をくださるっておっしゃったじゃないですか!」


「この悪辣ヒヨコは!」


 ヤスミンは安っぽい声を上げると、私を抱き締めたまま再び私が仰向けに転がるように押し倒した。

 そのあとすぐに彼の手が私の頬に添えられて、私の顔は上へと向かせられた。

 私は期待を込めて目を瞑り、次いで、私の唇は温かで生臭い舌で舐められた。

 目を開けた私の視界は、白い犬のお化けの顔でいっぱいだった。


「ま、まあああ!ジョゼ!」


 ジョゼはボタンみたいな無機質な黒い瞳をお化けみたいに煌かせると、私を小馬鹿にしたようにしてウハっと笑った。

 それだけじゃない。

 ヤスミン大好きなこの犬は、私の顔の両脇を両の前足でどんどんと踏みつけてから、ヤスミンに向かって飛び掛かったのである。

 いい加減に大型犬の大きさに近くなった彼女のその振る舞いは、私には踏みつぶされそうに感じて少し恐怖であった。


「ハハハ。救世主だ。この馬鹿犬は!本当に救世主だよ。」


「私には地獄からの使者でしかありませんわ。地獄にお帰りなさいな!」


「いやいや、この子を大事にしてあげてよ。君の大好きなヤスミンさんは、このジョゼに命を救われたんだからさ。」


「ま、まあ?」


 ジョゼをぎゅうっと抱きしめた彼は身を起こして立ち上がり、それから私に左目を瞑って見せてから、身を屈めてジョゼを放った。

 次いで空になった左手で、私の手を引いて私を引き上げて起こしたのだ。


「わん!」


 ジョゼは自分こそ構えという風に吼え、ヤスミンは笑いながら私から手を放してジョゼをわしわしと撫で始めた。


 むう!

 この邪魔者犬!


「はいはい。このお嬢様達はかまってかまってと我儘だよ。マルファとジョゼの仲が悪いのは似た者同士だからかなあ。ソフィみたいに優しくて気遣いのある女の子は希少なのかな。」


「もう!分っていらっしゃるなら、私に続きをして欲しいですわ!」


「ハハハ。本気で我儘だ。では、此方のお嬢様、俺の足はまともには動きませんが、ご一緒に千鳥足のワルツを踊って頂けませんか?」


 私は彼が差しだした手と肩に、叩きつけるようにして自分の手を置いた。


 すると、ヤスミンは鼻歌を歌い出し、一歩ステップを踏み出した。


 私も彼の足に合わせてステップを踏み、彼の鼻歌を聞きながら彼が奏でるメロディを私も彼に合わせて口ずさむ。

 私達の足は磁石でくっついているように、彼が下げれば私の足が前に出て、彼の足が横に出れば私の足もそこに一緒に横に出る。


「だせぇステップで悪いな。」


「あなたと踊れて嬉しいばかりなのに?」


 私の体の中では、勝手に楽しいワルツ曲が流れっぱなしよ?


 ランプの灯りはチラチラ揺れて、踊る私達のゆらゆらした不気味な影をダンスホールのあちらこちらに投げかける。

 そんな私達の周りを、仲間外れにされたくない真っ白な犬のお化けが、フワフワと漂う様に纏わりつく。


「知らない召使いに見咎められたら、屋敷の幽霊と間違われそうだな。」


「ウフフ。白い寝間着ドレスを着た女と踊る、パジャマ姿の伯爵様?」


 彼の右手はずっと私の腰にあり、私の左手は彼の肩にずっとある。

 そして私の右手と彼の左手は離れる事は無い。


 未婚女性が踊ってはいけないと社交界では決められている、ワルツ。

 それは未婚女性には破廉恥な踊りだから。


 その意味が分かった気がした。

 私達はとても密接だわ。


「上手いな。アランと練習したのか?」


「女の子同士で練習しましたの。ワルツは踊っちゃ駄目と言われれば試してみたくなるものでしょう?」


「確かに。俺が駄目だ駄目だと言うから、君は俺を襲いたくなっているのかな。それとも、俺の骨を齧りたいだけなのかな?」


 骨を齧る妖女のイメージが楽しくて、私は冗談で下唇を舐めてみせた。

 おどろおどろしい魔女が骨をしゃぶるようなイメージで。


 だったのに。


 ヤスミンに抱き寄せられて、唇を貪られてしまった。


 その凄いキスは一瞬だった。


 ジョゼがワンと吼えてヤスミンがびくりと正気に戻ってしまったのだ。

 キスが終わったそこで、ヤスミンが私から飛びのく様に離れた。

 そして彼は、床で飛びはねるジョゼを抱き上げた後、なんと、一目散にダンスホールから逃げ出してしまったのである。


 私を置いて!


 ダンスホールに取り残された私は、たった一人で、ぺたんと尻餅をついた姿で床に座りこんでいる。


 一人ぼっちにされたのに、寂しいって気持が湧かなかった。

 だって、私の体は骨が全部無くなったみたいなのだもの。

 キスはたった数秒だった、のに。

 私こそ骨を奪われてしまったわ!




お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字報告して下さる方、本当にありがとうございます。

ブックマークをくださった方々、とってもとっても励みになります。

明日から九章で、ようやくヒヨコさんデビューです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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