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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
第八章 我思い我考える 我が幸せのみを
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私が欲しいのは永遠の幻の恋人ではない

 チラチラと揺らめくランプの灯りはゆらゆらと揺らめき、そこかしこに妖精か小悪魔が隠れているような陰影を作っている。

 そんな幻想的な世界には私とあなたは二人きりだ。

 ああ、チョコレートみたいに魅力的なあなたは、ただひたすらに甘く私に微笑みかける。


「俺達は魔法にかかった。俺は君の永遠の魔法の中にいたい。」


 彼の囁きは彼の真実だったかもしれない。

 これから戦場に行くだろう彼が、今の時点で私に差し出せた気持そのものだったのかもしれない。


 永遠の魔法の中だなんて、永遠の愛を囁いてくれたのね!


 恋する乙女の私はそこでそのように感動して、はいと彼に答えるべきであっただろう。

 だけど実際の私は、両手でヤスミンの胸板を叩くようにして、ヤスミンを自分から押しのけていた。

 ヤスミンは私がそんな風にするとは思っていなかったようで、簡単に私の体から離れて、私に驚いた顔を向けた。


 ハイと答えれば、ヤスミンの思惑通り私達はプラトニックのまま終わる。

 いいえと答えれば、ヤスミンが自分には応えられないからと逃げ出すだけ。


 だったら、思い違いをしてしまえばよい。


 私は間違いばかりのヒヨコだわ、そうでしょう!


「魔法にかかったから?魔法が無ければ私は誰にも恋されませんの?私の恋心を魔法なんてあやかしに裏付けられた底の浅いものと思われていらっしゃるの?バカになさるのもいい加減になさいな!」


 ヤスミンの口元に微笑みが浮かんだ。

 眼つきはきらりと煌き、顔付がいつもの悪戯っこのようなものに変わった。


「それで、どうする?」


 私は右手の人差し指でヤスミンの胸を突いた。

 期待している瞳に打ち勝ってやるぞという瞳を向けて、だ。

 彼は自分の胸を突いている私の指を彼の右手でそっと包んだ。

 だがその手は私の手を遠ざけるどころか、私の右手を自分の胸にさらに押し付けたのである。


「マルファ?俺は聞いているんだよ?」


 さあ、どうしますの?

 どう答えますの?

 ここで間違えば、今夜ヤスミンが意図した通り、私達は互いを思う気持ちを大事にして互いの道を歩みましょう、そうなるに決まっている。

 どうやってヤスミンの気持を……気持を?


「お母ちゃんが男の言いなりになるなって。」


「さすが親友!」


「うおっ、どうした突然!」


 私の大声でヤスミンは本気で驚き、素になった状態でたじろいだ。

 お陰で私は魔法が解けた。

 世慣れている大人の彼の術中に嵌ることから助けて貰えた。


 ええ、世慣れている大人の女性ならば、ヤスミンの思惑を読んで身を引く事を選ばれるでしょうね。

 ヤスミンが今も思慕するブランディーヌのようなお方ならば!


 そして私は世慣れていない子供だからこそ、彼に嫌われたくない一心で、彼が望む理想的な大人の女性の様にして彼に応えようとするところでしたわ!


 私はヤスミンに対して偉そうに顎を上げて見せた。

 その頃にはヤスミンこそ体制を整えていたのか、期待に溢れた瞳を隠す必要が無いほどに余裕のある大人の男性の顔で私を見返していた。


「君はそれでどうするのかな?」


「まずは社交界で今年一番のデビュタントを目指します。一番になれなくても話題の人になれればポーラの帽子を流行らす事が出来るわ。覚えていらっしゃいますわよね。ポーラの帽子が流行ったら最高の一つを買って下さるのでしょう?そのお帽子で飾った私と一緒に歩いてくださるんでしょう?」


 ヤスミンは笑顔のまま、右手に拳を作ったが、私の頭をぐりぐりするどころか自分の頭をそれでごっつんとしてから両手で顔を覆ってしゃがみこんだ。


「ま、まあ!どうなさったの!」


 私は慌ててヤスミンの両肩を両手で掴んで、彼をゆさゆさと揺すった。

 すると、彼ボソッと何かを呟いた。


「何か?」


「――俺を罵ってくれ。」


「ヤスミン?」


「――蹴り飛ばして罵ってくれ。」


「ヤスミン?」


 一体どうしたのかと私もしゃがみこみ、彼に両腕でしがみ付いた。

 そうして、もう一度彼をゆさゆさと揺すったのである。


「どうなさったの?」


「ああどうして!俺は斜め上も斜め下も想定していたのに、ヒヨコはストンと落下して、明後日の方へ豪速で飛んで行ってしまったじゃないか。」


「意味が解りませんわ!って、きゃあ!」


 急にヤスミンはがばっと身を起こし、彼の体に不安定な格好で抱きついていた私は彼の動作によって振り払われた。

 しゃがんでいた格好のまま仰向けに転がったのだから、私は大好きな男性の前で蛙のようなみっともない格好で転がってしまっている。


 でも、でも、恥ずかしいなんて思わなかった。


 ヤスミンが私のみっともない格好のその体に嵌るようにして、私に覆いかぶさってしまっているのだから。


 両足の間には膝をついた彼の両足が嵌り、彼の両腕は私を閉じ込める檻となって私の両肩の横にそれぞれの手をついている。

 私を見つめるその瞳は澄んでいるどころかけぶって見える輝きで、無精ひげで覆われた口元は皮肉そうに歪んでいる。


「ヤスミン?」


 彼の唇は私の左頬、それも耳のすぐ脇に落ちた。

 普段の頬へのキスと違い、私の全身に電気のようなものが走った。

 だからもっとキスをと私の私の両手はヤスミンのシャツを掴んだ。

 しかし、ヤスミンはそのまま動きを止めた。


「ヤスミン?」


「思いっきり俺から遠くに飛び立ったくせに、俺が手を伸ばせばこんなに簡単に俺の元に戻って来る。君は、ああ、俺が消えたら君はどこに飛んでいくんだ?」


 私は彼を抱き締めるように腕を回し、彼に囁いた。


「あなたのところへよ?」


 彼はびくっと体を震わせてから、ちくしょう、と呟いた。

 呟いて、私の耳に囁いた。


「決めた。」


 わかって頂けた?


「君を一番のデビュタントに仕立て上げよう。」


「え?」


 聞き返す私の腕は簡単にヤスミンによってヤスミンから剥がされ、彼は身を起こし、彼は握ったままの私の手を引っ張って私を起こした。

 私の両手首はまだ彼に捕まえられている。

 彼はフフッと微笑むと、私の鼻の頭にキスをした。


「わかった。決意した。俺達は楽しもう。思い出を作ろう。俺が消えたら君が俺を求めて虚しく飛び回ると言い張るならば、楽しく飛んでいられる記憶ぐらいは与えたい。」


「うふ、ありが、うう、うぷ。」


「どうしてそこで泣く。」


「だ、だって。その楽しい記憶には、私とあなたの恋人としての記憶は無いのでしょう。イモーテルがユベールにされたようなひと時は無いのでしょう!」


「ば、ばか!そ、そそそんなひと時を作ったら、お前に子供が出来るだろうが!腹が大きくなったお前の傍に俺はいられないんだぞ!ユベールがイモーテルにするように守ってやれないんだ。ああ、泣くな!泣くんじゃない!」


 私はぎゅうとヤスミンに抱きしめられた。

 私を抱き締めるヤスミンは、ちくしょう、とまた言った。

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