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伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
第八章 我思い我考える 我が幸せのみを
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生贄のようなデビュタントドレス

 夜の遅い時間、もう十時を過ぎていたが私は眠れなかった。

 そこで私は部屋を抜け出すと、ダンスホールの片隅に作られた、社交界デビューに備えた私のための衣装スペースに入り込んだ。


 ダンスホールの灯りは私が持ってきたランプだけだが、天井近くにある窓からは月の明りも入るので意外にも明るい。

 また、台に置いたランプの灯りがゆらゆら揺れて、そこいらじゅうにグニャグニャ動く陰影を作り出し、まるで幽霊たちの隠れ家のようだ。


 私は一週間後の王城で行われるパーティの事を思いながら、最初の一枚となる真っ白で飾り気のない自分のドレスの前に立ちドレスを眺めた。


 一週間後に私は本当に社交界デビューをさせられるらしい。


「う~ん。どうしてデビュタントドレスって、こうも生贄の乙女ドレス風につまらないものなのかしら。」


 イモーテルはデビューが出来なくなった。

 三日前につわりが始まった事で、心配性のユベールによって国宝ぐらいに守られながらユベールの家に連れ帰られてしまったのである。


 さて、本当の娘との時間が欲しいと言っていたはずの母は、実の娘の初めての妊娠に付き添うよりも社交を選んだ。


 そこを誰も彼女を薄情だと責めなかった。

 イモーテルは育ての両親が傍にいる環境こそ求めていらっしゃったし、ユベールは新婚だからこそイモーテルを独占したい気持ちしか無かったのですもの。


 よって母は罪悪感など何も抱かずに、この私を社交界に送り出す前線基地のようになったププリエ伯爵家のマナーハウスに留まっている。


 嬉々として!


 父はタウンハウスを使えるようにするために先に首都に行っている。

 そこでエヴァンの代りとなる執事をエヴァンと探すのだそうだ。

 なぜか侯爵もその父とエヴァンの行軍に付いて行った。


 辞めた執事とその執事の現雇い主が、執事の前雇い主のために執事を探すなど前代未聞だが、ヤスミンが言うには、エヴァンがルクブルール伯爵家に戻ることを何としても阻止したい侯爵の思惑によってそんな歪なものになったらしい。


「オーギュストはサドでマゾだからな。エヴァンがどんな風にルクブルールを調教するのか見たいし、自分への調教はどんなふうにしてくれるのかって、かなりワクワクしているんじゃないか?」


「そんな変な人はあなたぐらいのものでしょう。」


「いやいや。君もなかなかのものですよ。自分のデビューの事なのに、ドレスの採寸だけでデザインも何もバルバラと母親に任せきりなんて!」


「デビュードレスはみんな同じ。そして、バルバラは社交界のご意見番なの。彼女が選んだドレスこそ最良となるのですのよ?」


 ヤスミンはそこで思わせぶりな視線を私に寄こしたと思い出した。

 そう、私は彼の視線でドレスが気になり、眠れないからとここに来るはめになったのだと思い返した。


 私だって少しは気になっていますわよ。

 デビューする生贄として、どんな恰好をさせられるのかしら?

 そのぐらいには。


 だけど、私には大事な使命がある。

 部屋に閉じこもってこの使命の為の自分の悪事が人にバレないように見張っていなければいけないし、こうして部屋に時々現れるヤスミンと私的で親密な時間など、部屋の外では出来ないでしょう?


「デビュタントドレスってつまらないよな。」


 私の真後ろで低い声が私に囁いた。

 え?ヤスミンが?

 彼は私の腰に両手を回し、私を抱き寄せて私を彼の胸に寄りかからせた。


「ヤスミン!」


「知っているか?昔の領主は処女権なんてものがあったってこと。」


「何ですか?それは。」


「気に入った乙女を喰ってしまうって権利だな。どうしよう?逃げなくていいのかな?俺はまだこの領地の伯爵様だよ?」


「もう!あなたは酔ってらっしゃるの?」


「酔っているのかもな。俺から逃げるはずの乙女にこそ俺が襲われそうだ。君は全く、そんなに無防備に俺に寄りかかっていいのかな?」


「ふふ。抱きしめてきたのはあなたじゃないの。」


「こんな夜中にフラフラ出歩く女の子を脅かして、安全なベッドに追い立てようと考えただけだよ?それが都合の良い寄りかかり台にされるとは思わなかった。」


 私はさらに彼に寄りかかり、彼の腕は彼の言葉に反するようにして私を捕えるようにして私の胸の前で交差して私を彼にさらに押し付けた。

 寝間着姿の私と、同じくガウンも無いパジャマ姿のヤスミン。

 いつもより親密に感じた。


「気が遠くなるね。王城でのパーティを皮切りに、毎晩毎夜そこいらじゅうでパーティが開催され、招待状が届く限り君はそのパーティに参加するのか。」


「招待状が届く限り?私はバルバラとクリスティーヌ、そして、我が家のものと、あ、アランの家のものと、あらあらあら。」


 私は指折り数えながらほんの少しだけ背筋が凍った。

 友人の家で催されるパーティには絶対出席せねばならないが、そうするとヤスミンが言った通りに毎晩毎夜となってしまうのだ。


「ま、まああ!」


「でた。ヒヨコなのに年配女性みたいな悲鳴!」


「ま、まあ!失礼ね。でもお陰で冷静になれましたわ。今回の私が孤児だったという出来事で、どれだけの友人が残っているかですわね。」


「全員が残っているでしょう。君が孤児だったなんて噂はどこからも出ていない。知っているのはバルバラとルクブルール伯爵家とマールブランシュ侯爵家だけになるな。って、どうした?落ち込んで?」


「だって、イモーテルが存在しないことにされたのかしらって。」


 ヤスミンは笑い声を立てると私から腕を外した。

 そしてすぐに私は彼の方に向き直されて抱き直されて、彼は抱き直した私の頭を子供みたいに撫でた。


 キスをして欲しいのに。


「アランも屋敷にいないじゃないか。ストップを掛けられる奴がいない。」


 アランは婚約破棄が確かになると、シャンディによってマールブランシュ侯爵家に連れ戻されてしまった。

 マルファ様のデビューに万全な体制で迎え撃ちましょう。

 そうアランに囁いたシャンディだが、彼はアランに何をさせるおつもりなのか。

 そして、アランとくっつけたがっている私の想い人こそどんなお考えなのか!


「私は時々イモーテルが羨ましくなるわ。」


「じゃあ、頑張ってユベールみたいな男を探そう。」


 私はヤスミンの胸を右腕で叩いていた。

 叩かれた彼は笑うばかりだ。


「私が望むのはイモーテルが経験したそのことよって、もう。」


 すかさずヤスミンが指先で私の口を閉じさせたのだ。

 私はヤスミンを上目遣いで睨みつけ、まあ!ヤスミンの唇が私の方へと下がって来たでは無いですか。

 私の右手は彼の胸元でシャツを握りしめ、左手は私を抱き締める腕を掴んだ。


 そうして彼の唇を待ったのに、彼の唇は一向にどこにも降りてこない。


 薄眼を開けてみて見ると、ヤスミンはニッと笑みを作って、チュッと大きな音を立ててキスをするふりだけをした。


「もう!」


「知っているか?何もしない男こそ最高の男なんだそうだ。」


「何ですの?それは。」


 ヤスミンは彼に向かい合っている私の向きを変えた。

 私の肩は彼によって友人のように腕を回されているが、親密ではなくなった私達は私のドレスを一緒に眺めるだけとなった。


「生贄のドレスか!言い得て妙かもね。男と女の行為は女性には負担でまったく楽しくはないらしいからな。」


「ヤスミン?」


 彼はまっすぐにドレスを見つめていた。

 あの家の洗濯室でオレンジの木を眺めている時の彼の表情で、彼は私のデビュタントドレスを通してブランの記憶を思い出しているのだと気が付いた。

 私は下唇を軽くかむと、彼が見つめているものを見返した。


「男になれと娼館に担ぎ込まれたが、初めての戦闘と恐怖を前にして俺は立つものが立たなかったばかりか、ブランにしがみ付いて泣いたんだ。怖いってね。あいつは俺を馬鹿にするどころか抱き締めて、何もしない男が最高なんだって俺を慰めてくれたのさ。」


「本当にあなたはブラン様を愛していらっしゃったのね。」


「あたしに恋した魔法はあたしを抱いたそこで消えてしまうよ。」


 それはブランがあなたに言った台詞?

 私はヤスミンを見上げ、ヤスミンは私に微笑んで見せた。

 そして私の額にいつもするように軽いキスを落とした。


「俺達は魔法にかかった。俺は君の永遠の魔法の中にいたい。」

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