表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵令嬢と育てられましたが、実は普通の家の娘でしたので地道に生きます  作者: 蔵前
第八章 我思い我考える 我が幸せのみを

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/142

籠り人の秘密の手慰みと来訪者

 月のものが来た途端に、私は病人同然となった。

 痛い辛い体が重い。

 自分が女性であることを恨むぐらいに私の下腹部は毎回痛むが、今回も同じぐらいに痛んでベッドに横になるしか無かったのだ。


 それでももう一週間目となれば、体内から出てくるものも殆どなくなり体だって普段と変わりはない。


「でも、良かったって思うの。一週間早かったらヤスミンの家でこの苦行よ?」


 自分に言い聞かせながら、身を起こした。

 もう人前に完全に出られる体調でありながらも部屋に籠っている訳は、自分の気が紛れる事をしようと製作に取り掛かったものに私が夢中になってしまったからである。


 私の手はナイトテーブルに置いてある籠を持ち上げた。

 中には殆ど完成している、金糸銀糸の刺繍糸とビーズによって刺繍されたブルーの生地と手の平に納まる大きさの小さな手鏡が入っている。


 刺繍によって豪勢な生地となった布で手鏡を包み、年配の女性が首からルーペペンダントをぶら下げているようにして、私はこの小さな手鏡を首から下げられるものにしようとしているのだ。

 すでに刺繍は完成しているからと、私は布地を手鏡に巻きつけ始めた。


「ふふ。紙を持ち歩くにはしっかりとした物入れにしなきゃだものね。」


 私の大事なもの。


 ポケットやコルセットに挟んでいたからか、ヤスミンの書いた私へのルールは傷んで折れ線がかなりついてしまっている。

 これ以上ボロボロになってしまわないようにと、私はこの大切な紙を持ち歩くための、一見アクセアリーに見える物入れを作っているのだ。


 男の決めたルールを大事にするなんてと、世の女性人権派は怒り心頭になるかもしれないが、私はいつか去ってしまうヤスミンとの思い出やよすがをどうしても手元に残しておきたいのだ。

 ヤスミンは私のインクで色々と悪戯書きして遊んだが、私の部屋にその一枚も残さずに自分の部屋に持って行って処分してしまったようなのだもの。


「私に全部あげると言いながら、出兵前には何も残してくれないのね。」


「永遠に俺を恨んで構わない。」


 あの日のヤスミンの言葉が私の脳裏から私へと囁いた。

 私は彼のその言葉を思い出すたびに、心の中や口に出して言い返して来たその通りに、今も同じ言葉を呟いていた、


「幸せになった人間が誰かを恨めて?あなたを一生恨むのは、あなたを失ったことを一生嘆くのと同じことなのよ?」


 彼は自分の言葉の意味を分かっていたのだろか。

 私を思いやっているようで、実はとてつもなく自分本位で残酷な言葉だったということに。


 私は零れかけた涙を手の甲で拭い、窓辺へと顔を向けた。


 そこには、私が自分で自分を不幸に落とし込んでいる、自分の傑作になるだろう用紙を挟み込んである板が置いてあるのだ。

 私は具合が悪いと言いながらも、侯爵とエマの大事な結婚証明書の偽造工作はしていた。

 それが今私が見つめるものであり、今は水分を含んだ紙が乾くときに余計な皺が入らないように、重石となる板で挟んであるという状態だ。


「乾いたらあれはもう終わり。あとはどうやって結婚証明書があったという周知をセンセーショナルに行うか、というだけよね。」


 私は手元の手鏡を見返した。

 まるで小さな額縁に嵌め込まれたようになった小さな手鏡はきらりと光って私の顔を小さく映し込み、私はよくできたと思いながら、胸元に入れてあったヤスミンのルールをその布地と鏡の間に作った隠しポケットに差し込んだ。


 刺繍にはガラスビーズも縫い込んであり、手鏡を裏返した時に私の手腕を褒めるようにビーズが光を反射してチカっと輝いた。

 刺繍の意匠は月夜に輝くオレンジの花と実という構図である。


「あなたと私の洗濯室のあの夜の出来事よ。」


 白いオレンジの花は純潔を象徴し、実は多産をイメージするからと、花嫁のベールを飾るリースにもオレンジの花はよく使われる。


「社交界にデビューする娘が首からぶら下げても誰にも咎められないわ。」


 すでに心に決めた人があるという、私の誓いそのものの意匠でもあるけれど。

 そう、私はヤスミン以外の男性の花嫁になるつもりはないのだ。

 花嫁には永遠になれそうもないと自分を虚しくもさせたが、その代わりのようにして、急に私にエマ達の結婚証明書を公にする方法を思いつかせた。


「あら、いやだ。もう一週間は籠っていなきゃではないですか!」


 花嫁衣装を着たエマと侯爵の肖像画を仕立てるのだ。

 愛があるからこそ秘密の結婚、それを強調する存在を公に出して、その肖像画に隠された結婚証明書を誰かに見つけさせる。


「そうよ。秘密の結婚だったを強調させることで真実味を増すことが出来る!」


 コンコン。


 私は自分のもの思いからハッと覚め、ノックのあった戸口へと顔を向けた。


「どなた?」


「あたしだよ。入っていいかな?」


「もちろんよ、ソフィ。」


 ドアは静かに開いた。

 ソフィにしてはおずおずという風にして、私の部屋に入ってきた。

 珍しいと彼女を見返せば、彼女はおっかなびっくりという風に足を運んでいるのだが、その理由が彼女がスカートを身に着けているからであった。

 彼女は私のベッドの直ぐそばまでくると、本当に恥ずかしそうにしてもじもじと身を捩った。


「どうなさったの?適当な椅子かベッドにお座りなさいな。」


「あ、ああ。でも座ったら皺がつかないかな?」


「大丈夫よ。皺が出来たら召使いを呼んでお願いすればいいのよ。すぐに皺のない状態に戻してくださるわ。」


「あ、あんたはやっぱりお嬢様なんだな。」


 ソフィは少々悲しそうな声を出し、それでも私の勧めた通りに私のベッドに腰を下ろした。


「どうかなさって?ドレスはお似合いよ。」


「嘘吐き。似合っていないのはよくわかるよ。ヤスミンが選んでくれたあのピンクのお仕着せはあたしを凄く可愛くしてくれた。だからさ、バルバラの薦めるそのままにドレスを着てみたんだけど、似合わなくて。」


 私は頭を下げてしまったソフィの頼りなさが可愛いと思いながら、彼女の姿を上から下まで見直した。

 今流行のハイウエストドレスのデザインは彼女に似合っている。

 普段は男の子のような短い髪だろうが、今や小間使いの手腕によってふわっと整えられて、小さなビーズのついたピンも飾られているという可愛らしい髪型となっていた。

 顔の作りは誰か見ても整っている可愛らしさだ。


 でも、でも?


 彼女の言う通りにドレスが彼女にはしっくり来ていない。


 そうか、わかったわ。

 ドレスの花びらみたいな淡いピンク色の生地が、ソフィの焼き過ぎた日焼け肌の色を輝かせるどころかくすませてしまったのね。


「それ、ドレスの色味が悪いのよ。あなたが悪いわけじゃない。」


 ソフィは驚いた顔を私にして見せてから、顔を真っ赤に染め上げた。


「でも、だって、これはヒヨコとヤスミンがあたしのために選んでくれたドレスなんだろ?」


 ソフィはヤスミンの箇所だけ強調した様に言って見せた気がしたが、ソフィのヤスミンへの乙女心はわかるのでそこは別に構わない。

 それよりも、自分一人で勝手にドレスを選んだヤスミンが、私までも失敗の仲間に入れてくるとはと、そちらの方が気になった。


 いや、でも、あの彼が服選びを失敗するかしら?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ